第2話 …そして大部屋

「森緒さん!…起きて下さい!検温の時間よ!」

 …いつの間にか朝になっていたようで、僕は若い看護師さんに起こされました。

 …疲労感はまだどっぷり身体に残っていましたが、呼吸はだいぶ楽になり、ようやくながら話をするのも何とか普通に出来るようになりました。

「…さっき放送で検温の時間なので熱を計って下さいって流したんだけど… ! 」

 看護師さんの言葉に、

「…すいません、ぐったり熟睡してたから…全く気付かなかった!…それに、僕は体温計持ってないですよ」

 と応えると、

「あぁっ…そうよね!」

 看護師さんはそう言って白衣のポケットから体温計を一本取り出して僕に差し出しました。

「これ、入院中預けとくから検温の放送がかかったら計って下さいね!今度からで良いから…」

 そう説明して看護師さんは病室から出て行こうとしましたが、ドアのところで急に振り返って、

「あ、それから森緒さん!…後で6人部屋に移ってもらうからね!…ここは個室なんで室料高いから!…それと、病院食が昼食から出ますので…よろしく!」

 最後にニコッと笑顔で言うと、彼女は廊下へ去りました。

「…6人部屋?」

 僕は病気を抱えた男ばかりのその部屋を想像するとちょっとゲッソリしましたが、よく考えてみれば自分も病人には違いないので、そこの入院患者たちも新入り病人の僕をゲンナリした目で見るんだろうな…と思って一人苦笑いしたのでした。

 そしてこの時はまだその6人部屋が想像以上のワンダーランドであることを知らなかったのです。


 僕はその後また少しウトウトと眠りこけましたが、実際のところは激しい発作の後の疲労しきった身体に、朦朧とした状態から意識を失って行ったという感じでした。

 アレルギー性喘息の発作とは、アレルゲン (アレルギー物質) に反応して呼吸気道が収縮してしまうため呼吸不全に陥る状態になることです。

 そのため発作時の処置薬には弛緩成分が含まれています。…要するに多少の麻薬成分があり、それによって収縮した気道を弛緩させて広げ、呼吸を楽にさせる訳なので、ちょっとした副作用で頭がモヤモヤしたり痛くなったりすることもあるのです。


「…森緒さん、お部屋を移動しますよ~!」

 僕は再び看護師さんに言われて目が覚めました。

 枕元に外しておいた腕時計を取って見ると、時刻は朝9時を少し回っていました。

 ベッドの脇に立つと、まだちょっとフラフラしましたが、 呼吸はほぼ普通の状態に回復したのでさすがにもう車椅子には乗らず、看護師のお姉さんと一緒に廊下を歩いて大部屋の入院病室に行きました。

 …廊下の突き当たり手前左側のその部屋に入ると、中はセンター通路の左右に横向きに3台づつのベッドが並んだ6人病室で、正面奥に窓がありました。

 僕に用意されたのは左側まん中のベッドで、とりあえず腰を降ろそうとしたら、他のベッドの患者たちからの好奇の視線を感じたので何となく会釈を3方向にペコペコとしたのでした。

「じゃあ森緒さん、こちらでゆっくり休んでね!…午後からまた点滴しますから!…あっ、あと飲み薬も出るからね!」

 看護師さんはそう言ってナースステーションに帰りました。

 …僕がベッドに仰向けに寝て上を見ると、天井にカーテンレールが吊ってあり、各ベッドごとにカーテンで囲って仕切れるようになっているのが分かりました。

 ベッド台の頭の鉄枠のところには名札が付けられ、僕の名前に年齢、内科と文字が入っていました。

 周りの患者さんたちのベッドをサッと見れば、やはり同様の名札が付いていて、とりあえず同室の人らの名前と年齢はお互いに確認出来てしまうのでした。

 …さっきまでグタグタとうすら睡眠を取っていた僕はもう眠気も無くなり、考えたら入院患者になったのに洗面用具もタオルもティッシュも無いことに気が付きました。

 僕はベッドから起きて廊下から階段を降り、一階の病院内売店に行きました。

 歯磨きセットにフェイスタオル、箱ティッシュを買うと売店のおばさんが、

「コップは要らないの?…お薬飲む時に必要でしょう?」

 と言うので、結局プラスチックのコップも購入しました。

「若者だし身体もしっかりして見えるのに、入院だなんて不自由ねぇ…お大事に!」

 おばさんは僕からお金を受け取りながらそう言って笑いました。

「はい、まぁこう見えても重病人ですから僕…」

 こっちも笑って応えて病室に戻りました。

(…やれやれ、何日くらいで退院出来るんだろ… !? )

 大部屋の中の患者たちをサラッと見ながら僕は心の中で呟いていました。…

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