第4部 「摩天楼の決戦編」

24話



バゴッッ!!


黒崎のキックが桐生の腰に直撃する。咄嗟に受け身を取る桐生。それに対し追撃の肘打ちがふりかかる。


ガッ


黒崎の肘打ちを左腕で受け止める桐生。


バッ


そして両者が一度距離を取る。


『桐生選手も黒崎選手もアツイ戦いを繰り広げてますね〜!どうですか、解説の牟田さん。ん?牟田さん。牟田さん?』


『グースカピー』


『牟田さーーーん!!』





「がハッ!!」


能力の過剰な使用により血を吐き出す黒崎。


「おい、そろそろやばいんじゃねえか。」


「グ・・オマエニシンパイサレル・・スジ・・ア・・ゴハッ。」


ビチャアッと、闘技場に赤黒い血を吐き出す黒崎。


「何がお前をそこまでさせるんだ!そんな辛い思いをしてまで・・」


「ウル・・サイ・・!ドノミチオレハ・・モウスグ・・シヌ。 ダガ、オマエヲタオスマデハ・・シネナイッ!!」


黒崎から全身の筋繊維がブチブチと引きちぎられてるような痛々しい音が聞こえてくる。


「もうやめろ、黒崎!!これ以上戦ってもお前の体がボロボロに破壊されていくだけだ!!」


「ダマレ!!コレハ、オレノケジメナンダッッ!!オマエヲタオシテ、オレガサイキョウダトイウコトヲ・・ガハッ!! ショウメイ・・スル。」



「お前・・」



どうして黒崎龍弥という男はここまで桐生に勝つことに固執するのだろう。その理由は彼の過去にあった。


黒崎は戦いながらもその話を桐生に聴かせた。


これは今から一年前のこと。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


とある病室があった。病室の扉の名札には『黒崎寛也』の名が書かれていた。その病室の中に二人の少年がいた。

一人の少年がベットに横たわり、腕には点滴がうたれてる。少年の顔は真っ青で唇はしわがれており、手足はひどくやつれている。 そのすぐ側にもう一人。背が高くてツーブロックで顔には刺青が刻まれている少年がベッドの少年のか細い手を優しく取りながら寄り添っていた。


「ごめんな・・寛也。ごめんな・・。何もしてやれなくて。」


「いいんだよお兄ちゃん。お兄ちゃんは悪くない。悪いのは僕の病気なんだ。泣かないで。」


黒崎の弟はある重病に侵されており、余命は残りたったの一年と八ヶ月だと告げられていた。


そんな現実を目の当たりにして黒崎は、


「俺さ、強くなるよ。もっと強くなってウイルスをぶっ飛ばしてやるから。だからさ、待っててくれよ、寛也。」


「うん・・きっとだよ。」


黒崎は無責任な一言を幼い弟に告げて病室を後にした。



これが弟の顔を見る最後の機会だったとは知らずに。


黒崎はポケットに手を突っ込み、雨雲よりも暗い顔で下を向きながら病棟を歩く。 この時は夜の八時ぐらいだったか。周りは静かだった。弟の病室を出て二十歩くらい歩くと、黒崎は何かの気配に気付き、足を止める。


ー背後に誰かがいるー



黒崎は反射的に後ろを振り向いた。


病棟の廊下のど真ん中で。そこには緑色のコートを纏い、革靴を履き、腕を組んでニヤリと笑っている少年が立っていた。 さっきまでは全く気配を感じなかったが・・。


いかにも怪しい雰囲気の少年が口を開く。


「やあ、こんばんは。」


「誰だ?」


「初対面の人間にはまず先に挨拶だって教わらなかったのかい?挨拶は人と人の関係を結びつける第一歩だよ。」


「聞こえなかったのか?俺はお前が誰なのかを聞いてんだよ。」


「・・まあいい。僕は『一ノ瀬佑太郎』。

全ての弱者の味方さ。そして君も"力"を欲しているようだね。」


「なぜそんなコトが断言できる?」


「分かるんだよ。何故なら君の心の叫びがその瞳に現れているから。」


「世迷言を・・。」


「どう思おうが構わない。だが力を求める者には手を差し伸べるというのが僕のモットーでね。僕は君に"キッカケ"を与えに来たんだよ。君にもいるんだろ?救ってあげたい人間が。」


何としても弟を助けたい。そんな必死な思いが目の前の男に対する疑念を抹消していた。


「キッカケ?それを手に入れれば俺はアイツを助けられるのか!?おい、どうなんだ!」


黒崎は一ノ瀬の胸ぐらを掴む。


一ノ瀬は黒崎の手を払いのけて語る。


「まあ落ち着けよ。君は自らが強くなりたいと願った。そして僕がその願いに応える。それだけのことだよ。そして君は自分がこれからどうするべきなのか、迷いが生じてるはずだ。そうだね?」


黒崎は何も言い返せなかった。


「君に能力を与えよう。」


いきなりの発言に黒崎は困惑した。


「能力だと!?そんなふざけたもので弟の命が救えると・・」


「思わない。だが僕にはあの子を助ける"キッカケ"を作ることはできる。」


「なんなんだ、それは!」


「・・僕の元に来い。共にこの世の理不尽と戦おうじゃないか。この世界にはあの子のように、心から救いを欲している弱者が何人もいる。 君が世界中の弱者を救う英雄の一人となるんだ。そうすれば君の弟から、いや、全ての人間から称賛の声を浴びることとなるだろう。」


「・・俺に称賛とか名声なんてものはいらない。ただ弟を救えればいい。 なあ、お前についていけば弟の命を助けられるんだな」


「約束しよう。僕は嘘はつかない。僕の手下の一人に治癒の能力者がいる。君が僕に従えばソイツにあの子の病を治させよう。ただし、一瞬でも僕に背いた場合は鉄槌が下るから覚悟しておいたほうがいい。今日から君は僕の計画の礎を築く血肉となるんだ。」


「・・かしこまりました。あなたに忠誠を誓います。一ノ瀬様。」


「理解が早くて助かるよ。」


黒崎は自らのプライドを捨てた。 弟の命に比べれば安いものだ。 この人の指示に従えばもう弟は苦しまずに済む。そう信じていた。そう信じて命令通りに動くこと一年。




一ノ瀬とは事前に『命令を守れば弟を救う。命令を守れなかったら処罰を下す。』という契約を交わしていた。なのに奴は自分をただ利用し、任務に失敗すると罰するだけ罰して挙げ句の果てには行方不明となった。奴は逃げたのだ。


「俺は・・お払い箱だったってのか?」


黒崎は気付いた。自分はただの捨て駒だったことに。利用価値がなかったから切り捨てられたことに。


胸の中で怒りがこみ上げる。


路地裏である少年に敗北した後、黒崎は仰向けになり、一ノ瀬(うらぎりもの)の呪いに苦しみもがきながらも心の中で必死に叫んだ。


(俺は死ぬわけにはいかない!この手で弟を救うまでは!!)


天は黒崎を見放さなかった。黒崎の『弟を助けたい』という強い思いが一ノ瀬の呪いに打ち勝ったのだ。


そして月日は流れ三ヶ月後のことだった。

黒崎の元に一通の封筒が届いた。中を開けてみてみると、そこには


『あなたは神の御意志により、"皇楼祭"の数少ない選手の一人に選ばれました』

と書かれていた。


闘病生活を送る弟に、『お前には世界で一番強い兄がついている。一人で苦しむことはないんだよ。』 という一言を送るために以前応募しておいた皇楼祭の選手に選ばれたのだ。


(もし自分がこの大会で優勝すれば、寛也はきっと笑顔を取り戻し、元気になってくれる。待ってろ、必ず勝って今度こそ俺は弟の心の支えになるんだ!!)


黒崎は大切な人を助けるために今まで誰かに頼っていた自分をひどく憎んだ。仮にそれで成功してもきっと弟は満足しない。寧ろ軽蔑するだろう。他人の力を頼ろうとした挙句、騙されて利用されることになった無様な兄を。


黒崎はただ頼もしい兄でいたかっただけだった。そのためには身を削ってでも自らを鍛錬することに迷いはなかった。


頑張る自分が、強い兄の存在が弟にとって生きる糧となれるなら・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



そして今。黒崎は戦いの舞台に立っている。

たった一人の弟に病と闘う勇気を与えるため。



「オレハ・・、ゼッタイニマケナイッ!!」


黒崎は全身から血を吹き出しながらも、あり余る力を振り絞って、全身全霊で桐生に飛びかかる。

桐生は黒崎の渾身のパンチを右手で捕らえる。


ズザザザザッ


だが全ての勢いを殺すことはできず、思わず後ずさりする。 それでも桐生は決して黒崎の拳を掴んだまま離さない。黒崎もそれに負けじと拳に力を込める。


「グォォォォォ!!」


「ウオォぉぉぉ!!」


『おーーッとお!両者とも、凄まじい気迫だーー!!』




桐生は黒崎の拳を必死に抑えながら言う。


「・・もう、十分だろ!これ以上はお前の体がズタボロになるのがオチだ!!そんなお前の姿を見て、病気の弟が喜ぶとでも思ってんのか!!」


「ダマレダマレダマレ!!ダマレッツッテンダロォォォ!オレハアイツトヤクソクシタンダ!!カナラズツヨクナッテ、アイツノジマンノアニニナルト!!」


黒崎の力に押されつつも、必死に踏ん張る桐生。


「思い出せ!弟にとって本当の幸せはなんだ?お前が自分の命を犠牲にしてまで強くなる事か?・・違うだろ!! 弟にとっての一番の幸せは、"たった一人の兄がいつでも自分のそばにいてくれる事"じゃねーのかよ!」


「・・!?」


黒崎が一瞬怯んだ。


ドカッ


桐生は黒崎の腹を強く蹴っ飛ばす。


「グハッ!!」


「だったらこんなところで油を売ってる場合じゃねーだろうが!!今すぐにでも弟のすぐそばに駆けつけてやるべきじゃねーのかよ!!」


「ダマレエエエエエエエ!!」


黒崎はがむしゃらに腕を振り回しながら再び突進してくる。


「目を、覚ましやがれえええええッ!!!!」



バッキィィィッッッ!!


桐生の渾身のパンチが黒崎の顔面を貫いた。



黒崎は大の字になって地面に倒れ臥す。もはや体は動かないだろう。



「勝った・・。つらい戦いだったな・・。」

桐生は拳を前に突き出したまま呟いた。



いつの間にか試合が終わっていた。



ビーーーーーーーーーーッ


『試合終了!桐生選手の勝利です!!』




「グ・・・ガハッ・・。」


黒崎の出血量は凄まじいほどだった。


そんな彼の元に桐生は足を運ぶ。そして瀕死状態の黒崎を上から見下ろす。


黒崎はゆっくり目を開け、桐生の顔を見る。

そしてほとんど動かない口を必死に開けて言った。


「・・マエニモオマエニ・・コウヤッテミオロサレタナ・・。」


「・・もうこれ以上は喋るな。」


「オレハ・・、オトウトニハジルコトノナイ、アニニ・・ナレタ・・カ?」


「ああ。お前はよく頑張った。」


「ソウカ、アリガトウ・・。コンナオレニサイゴマデアイテヲシテクレテ・・。サイゴニ・・、オマエニタノミガアル・・。」


「なんだ?」


「オトウトニツタエテクレ・・。 コンドコソ、オレハオマエガマンゾクデキルヨウナ・・アニニナル・・・・・・。」


黒崎は最後の一句まで話せないまま息を引き取った。 その目からは涙が流れていた。これが彼の最期の涙だった。


「あの世であったらまた勝負をしような、黒崎。」


桐生はしばらくその場で黙祷をした後、ゆっくりとその場を去った。

会場はしばらくの間は静寂に包まれた。







こうして、皇楼祭四回戦の幕が閉じた。

桐生は敗北者たちの想いを胸に、残された戦いに挑む。



そしてついに大会は後半戦に突入する。





"トーナメントの部" 対戦成績


* 一回戦 《勝》桐生 《負》秋山清史

* 二回戦 《勝》桐生 《負》猿男

* 三回戦 《勝》桐生 《負》石ころ

* 四回戦 《勝》桐生 《負》黒崎龍弥




To be continued..





































  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る