第29話『ワンピースはいいぞ』

 二度寝をした結果、普段の休日よりも遅い時間に目を覚ます。そこには、綾奈先輩と会長さんが私に向けてスマートフォンのレンズを向けていた。


「おはようございます。……どうして、先輩方は私にスマホを向けているんですか?」

「百合の寝顔が可愛かったからね」

「今回の思い出を残したくて」

「な、なるほど」


 悪い理由ではないので、寝顔の写真を消してもらうのは止めておこう。早朝に目を覚ましたときに片手でも自由が利いていれば、先輩方の寝顔を撮ることができたのに。


「あと、百合の寝間着が脱げていて、太ももが露わになっていたから少し触っちゃった」

「そんなことしていたんですか。綾奈先輩は女性で良かったですね。まあ、先輩ですから触ってもいいですけど」


 綾奈先輩に太ももをたっぷりと触られる夢を見たけれど、実際に触れていたせいだったんだ。

 あと、寝間着が脱げていて太ももが露わになっていたとはいえ、寝ている私の太ももを触るなんて端から見たらかなりの変態さんのような。綾奈先輩だからそこは不問にしておこう。



 部屋着に着替えて、私は美来さんの作ってくれた朝ご飯を食べる。1人暮らしを始めてからは特に、誰かに料理を作ってもらえることを有り難く思うようになった。

 また、朝ご飯を食べているときに美紀さんから、今日は清司さんとひさしぶりにデートをするとのこと。夕方までは帰ってこないという。

 今日、綾奈先輩はアルバイトが入っていないので、ずっと一緒にいることができる。天気はずっと曇りで雨の心配はないけれど、せっかく家に来ているので外出はせずに日曜日の時間を過ごすことにした。


「じゃあ、何をしようか。百合か香奈のやりたいことをやろうよ。何でもいいよ」

「あたしは百合さんのしたいことをやりたいです」


 香奈ちゃん、いい子だ。ただ、年下の子に気を遣わせてしまって申し訳ない気もする。


「そうですね……パッと思いついたのは、綾奈先輩のワンピース姿を見てみたいですね。昨日、アルバムを見てから一度は見たいと思っていたんです」

「確かに、お姉ちゃんのワンピース姿を久しぶりに見たい!」


 香奈ちゃんは楽しげな笑みを浮かべる。ただ、そんな妹さんとは対照的に、姉の綾奈先輩からは笑みが消えていた。


「……百合や香奈の気持ちは有り難いけれど、世の中にはできることとできないことがあるんだ。それを覚えておいた方がいいよ、百合。そもそも、私、ワンピースを持っていないからね」

「昨日着た私のワンピースで良ければ貸すけど。そこまで体型も変わらないし、綾奈なら着ることもできるんじゃない?」

「愛花がそう言ってくるとは思わなかったよ。でも、あまり着る気にはなれないな……」


 昨日、アルバムを見たときもワンピースは全然着たことがないから恥ずかしいって言っていたもんね。それなのに無理矢理着させるのは良くないか。


「そうですよね。興味本位で言ってしまってごめんなさい。じゃあ、別の――」

「待って、百合ちゃん。ちょっと耳を貸して」

「えっ?」


 すると、会長さんは私に寄り添ってきて、


「私も綾奈のワンピース姿を凄く見たいの。私よりも百合ちゃんからのお願いの方が聞いてくれると思うんだ。今から、私の言ったとおりのことを綾奈に言ってみて」

「……はい」


 ただ、綾奈先輩は疑いの眼で私達のことを見ている。会長さんの思惑は通用しないと思うけど。

 会長さんから教えられた言葉は……こういうことを綾奈先輩に言ってしまっていいのかどうか。とりあえず、言ってみよう。


「せ、先輩は……私が眠っている間に興味本位で太ももを勝手に触ったじゃないですかぁ。しかも、私の寝顔の写真も撮りましたよね。それなら、た、対価が必要だと思うんです」


 会長さんの言葉自体は正しい気がするけど、その対価としてワンピース姿を見せてもらうのは気が引ける。


「た、確かに……私ばかり好きなことをするのは申し訳ないな。太ももをたくさん触ったし。それなら、百合のわがままの1つくらいは聞かないと釣り合いが取れないか。そのわがままがワンピースを着ることだとしても受け入れるべきか……」


 綾奈先輩は腕を組んで真剣な様子でそう言う。思いの外、今の言葉が先輩の心を揺さぶっているようだ。そこまで見抜いて、会長さんは私に伝言したのだろうか。

 何にせよ、さっきよりはワンピースを着てもいいと考えてくれている。もちろん、先輩は恥ずかしいと思っているから、その気持ちを汲んだ上で説得しよう。


「私は綾奈先輩ならワンピース姿が似合うと思って、ワンピース姿を一度見てみたいと言ってみたんです。写真の綾奈先輩は小さかったですけど、今の綾奈先輩もきっと似合うんじゃないかって思うんです。この部屋の中で、ちょっとの時間だけでいいですから」


 これでも綾奈先輩がワンピースを着たくないと言ったら諦めよう。

 綾奈先輩はいつになく頬を赤くしながら、視線をちらつかせている。できるだけ、綾奈先輩が気負いすることのないような条件を出したつもりだけれど。

 少しの間、無言の時間が流れ、


「……百合がそう言うなら、いいよ」


 頬を赤くした綾奈先輩は私のことを見つめてそう言ってくれた。


「ありがとうございます、綾奈先輩」

「それでこそ綾奈ね!」

「百合さんの言う通り、お姉ちゃんならきっと似合うよ! すっごく楽しみ!」

「……百合よりも、愛花や香奈の方が喜んでいるのが気になるけど。まあいいよ。私はワンピースを持っていないから、愛花が昨日着たワンピースを着させて」

「分かったわ!」


 ワンピース姿を凄く見たいと言っていただけあってか会長さん、とても嬉しそうだな。今までの中で一番張り切っているように見える。


「はい、これ着て。あと、髪を下ろした方がより似合いそうな気がするの」

「うん、分かった」


 会長さんは昨日着ていた桃色のワンピースを綾奈先輩に渡す。あのワンピースを綾奈先輩が着ると、どんな感じになるのかが凄く楽しみ。


「今から着替えるから3人とも一旦、部屋から出て。着替え終わったら呼ぶから」

「分かったわ。じゃあ、百合ちゃんに香奈ちゃん、出ましょう」

「そうですね」

「楽しみにしているよ、お姉ちゃん」


 綾奈先輩の言うとおり、私達は一旦、先輩の部屋から出ることに。先輩がどんな感じになるのかワクワクする。普段、綾奈先輩の私服はパンツルックが多いし。


「百合ちゃん、よく説得してくれたね。ありがとう。期待以上だったよ」

「あれでダメだったら諦めるつもりでしたけどね」

「やっぱり、愛花ちゃんは百合さんに説得の言葉を吹き込んでいたんですね。お姉ちゃん、どんな感じになるのか楽しみです」


 ワンピース姿になるだけじゃなくて、髪も下ろした状態になるから普段とはがらりと印象が変わりそうな気がする。


「私が着た服を綾奈が着ているかと思うとドキドキしちゃうな」


 会長さん、幸せそうな笑みを浮かべている。まさか、それを狙って自分のワンピースを着させようとしたのかな。今の会長さんを見ると、綾奈先輩の着たワンピースはしばらく洗わない気がするよ。

 そういえば、部屋には綾奈先輩だけにしちゃったけど、ワンピースを着ずに窓から逃げ出すってことは……さすがにないよね。


『着替え終わったよ』


 そんなことを考えていたら、部屋の中から綾奈先輩の声が聞こえてきた。ただし、その声にあまり元気はない。似合っていないと思っているのかも。


「入るよ、綾奈」


 会長さんが扉を開くと、部屋の中には会長さんが昨日着ていた桃色のワンピースを身に纏った綾奈先輩がいた。会長さんの要望通り、髪も下ろした状態だ。


「どう、かな……」


 綾奈先輩はそう言ってはにかむ。


「凄く似合っているわ、綾奈!」

「そうですね! とても可愛いですよ!」

「お姉ちゃん、スタイルがいいからワンピースも似合うね!」


 髪型が変わったこともあってか凛としたいつもの雰囲気とは違って、美しくて可愛らしい雰囲気だ。いつになく頬が赤いところがまた可愛らしくて。こういう服装をした綾奈先輩をもっとこれからも見てみたいな。


「ありがとう。みんなそう言ってくれてまずは安心した。でも、ワンピースを着るのは多分あの写真以来だから変な感じだよ」

「それは慣れれば大丈夫よ。私の思った通りよく似合ってる」

「そこまで言ってくれるなら、これからはこういう感じの服も着てみようかな」

「それがいいと思いますよ。綾奈先輩、とても素敵ですから」


 普段とは違って可愛らしさが前面に出た綾奈先輩も凄くいいな。ますます先輩のことが好きになるよ。


「ねえ、綾奈。スマートフォンで写真を撮ってもいい?」

「えっ? まあ、あまり多くの人に見せびらかさないことと、メールやSNSで送らないことを守るって約束してくれるならいいよ。百合や香奈も」

「約束するよ。生徒会のメンバーくらいしか見せないから!」

「私も約束します。クラスメイトの友達や部活の先輩だけにするよう心がけます。では、私も撮らせていただきます!」

「あたしもお姉ちゃんの写真撮っておこっと」


 私は会長さんや香奈ちゃんと一緒に、ワンピース姿の綾奈先輩のことをスマートフォンで撮影する。

 最初は恥ずかしがっていた綾奈先輩も、段々と普段の笑みを見せるようになってきた。先輩ってこんなに可愛らしいポテンシャルを持っているんだな。



 ちょっとの時間だけでいいと言ったけど、気に入り始めたのかトランプをしたり、お昼ご飯を食べたりするときも綾奈先輩はワンピースのままだった。

 そんな綾奈先輩の姿を見て会長さんは幸せそうな笑みを何度浮かべていただろうか。しかも、似合っていて可愛いと綾奈先輩を抱きしめることもあって。そういうことができるのが親友であり幼なじみの特権なのかなと思った。羨ましい。

 会長さんが綾奈先輩のことが好きだと知ったり、綾奈先輩のワンピース服がとても似合っていたり。2人の寝顔が凄く可愛かったり。才色兼備な別世界の住人という第一印象だった先輩方が、このお泊まりを通じてとても可愛らしい女の子に思えるようになった。

 綾奈先輩と会長さん、神崎家のみなさんのおかげで、とても素敵な週末になったのであった。

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