第21話『想いよ届け』

 6月13日、水曜日。

 今日の天気は1日中曇り。たまに晴れる時間もあれば、雨が降る可能性もあるという。できれば晴れて、夏実ちゃんに光を当ててほしいところ。

 そんなことを考えながら学校に行くと、夏実ちゃん達が既に登校していたけど、


「はあっ……」


 夏実ちゃんは大きなため息をついて、げんなりとした様子。


「当日になったらまた緊張して、朝練に集中できなかったんだって。ミスが多くて、玉城先輩に怒られちゃったんだってさ」

「そうだったんだ」

「ううっ、告白が成功する気がしない……」


 はあっ、と夏実ちゃんは再びため息をつく。普段でさえ怒られるとがっかりするのに、告白しようと決めた日だから、尚更がっかりしてしまうんだろう。髪を下ろしている美琴ちゃんのことを見て、玉城先輩に雰囲気が似ているからなのか三度ため息をつく。


「放課後になれば、きっと大丈夫ですって」

「……そう思いたい」


 夏実ちゃんはあかりちゃんの胸の中に頭を埋める。そんな彼女の頭を撫でるあかりちゃんの姿はまるで聖母のようだった。


「あぁ、あかりの大きな胸が気持ちいい。気持ちが落ち着いてくる」

「ふふっ、それなら良かったです」


 元気がなかったら成功する告白も成功しなくなる。放課後までに夏実ちゃんが少しでも元気を取り戻せればいいなと思う。



 自分にとってはいつもと変わらないけど、友達が放課後に告白をする予定になっているからか、今日は普段よりも早く感じた。

 あっという間に放課後になり、私は園芸部の活動に向かう。いつ終わるか分からないので、夏実ちゃんが告白したことの報告をあかりちゃんにしてもらうことにした。

 今日は雨が降っていないので、自分の担当する花壇の手入れと水やりをすることに。その最中もスマホを何度も確認したけど、あかりちゃんからの連絡はない。

 今日すべきことを早く終わらせ、あかりちゃんのところへと向かう。


「あっ、百合ちゃん」


 告白の場所であるコミュニティスペースの近くにはあかりちゃんがいた。


「あかりちゃん、連絡はなかったけれど告白は……」

「2人ともまだ来ていません。ミーティングが長引いているのでしょうか」

「そうかもしれないね」


 間に合わないと思っていたので予想外だ。一応、私もコミュニティスペースを見てみると誰もいなかった。あかりちゃんと一緒に夏実ちゃんの告白を見守ることにしよう。


「あっ、夏実ちゃんと玉城先輩が来ましたよ」


 玉城先輩は落ち着いた様子で微笑んでいる。それとは対照的に、夏実ちゃんは緊張しているのか、ひきつった笑みを浮かべていて体の動きもガチガチだ。この様子だと、玉城先輩に何かあると気付かれていそう。


「誰もいないね、なっちゃん。これならなっちゃんとゆっくり話せそうだ」

「そ、そうですね」


 夏実ちゃんは私達の方をチラチラと見る。


「すみません、お手洗いにいってきます」

「うん。いってらっしゃい」


 すると、夏実ちゃんは椅子にバッグを置いて、足早に私達の方に向かってくる。私達の肩を掴み、コミュニティスペースから少し離れたところまで連れて行く。


「どうしよう、すっごく緊張するんだけれど……」

「これから告白するんですもんね。その気持ち分かる気がします」

「昨日の練習したときのように言えれば大丈夫だよ。多少変な感じで言っちゃっても玉城先輩ならしっかりと受け止めてくれると思うよ」

「……そう信じてる。でも、先輩とあそこで2人きりになったとき、心臓が痛いくらいにバクバクして。正直、ゆーりんとあかりんが側にいないと告白できる自信がないんだ……」


 夏実ちゃんは顔を真っ赤にしてそう言う。ここまで弱音を口にする夏実ちゃんは初めてだ。それだけ緊張しているんだな。


「側にいることで告白できるのであれば、私は喜んで夏実ちゃんの側についていますよ。それに、目の前で告白するところを見られるなんて幸せなことですから」

「さすがだね、あかりちゃんは。あかりちゃんや私が一緒にいる方が告白しやすいなら、私も喜んで。そうだ、私達で夏実ちゃんの手を掴もう」

「それはいい考えですね」


 私は夏実ちゃんの右手を、あかりちゃんは左手を掴む。緊張からか夏実ちゃんの右手は汗ばんでいた。

 ただ、私達が手を繋ぐとすぐに夏実ちゃんの頬を赤みが和らぎ始め、普段の笑みが戻ってきた。


「……不思議。手を繋いだ瞬間に気持ちが落ち着いてきたよ。ありがとう。このまま手を繋いだまま梓先輩に告白してもいい?」

「もちろんだよ」

「百合ちゃんと私が一番近くで見守っていますから」

「……うん。じゃあ、行こうか」


 よし、と呟くと夏実ちゃんはあかりちゃんと私の手を繋いだまま、玉城先輩の待っているコミュニティスペースへと向かう。


「なっちゃん、どうしたの? 手を繋いで……」


 私達が一緒だからか、玉城先輩も驚いている。


「彼女達はあたしのクラスメイトで友人です」

「白瀬百合です」

「瀬戸あかりといいます」

「……2人は、あたしがこれから梓先輩に話すことを知っているので大丈夫です。むしろ、2人がいるからこそ何とか話せるというか。先輩と2人きりで話したいって言っていたのに、ごめんなさい」

「謝る必要なんてないよ。大事なのは、なっちゃんが私に何を話したいか。そして、そのことを伝えてくれることだから」

「……はい」


 すると、夏実ちゃんはあかりちゃんや私のことをチラッと見てくる。そんな彼女の手を今一度、ぎゅっと強く掴む。


「入部してから面倒を見てくれる人が梓先輩で本当に良かったです。今朝みたいに失敗ばかりで叱ってくれるときもあれば、小さなことでもできたときにはたくさん褒めてくれて。そんな優しい先輩も、テニスをするかっこいい先輩も、笑顔が可愛い先輩も……全部の先輩が好きです。入部してから先輩のことがずっと好きです。ですから、あたしと……あたしと……結婚してください!」

「えっ!」

「結婚になってしまいますか! これは予想外です!」

「お、想いを口にしたら好きな気持ちが膨らんで、緊張しちゃって言葉を間違えちゃった……」


 やっちゃった……と夏実ちゃんは真っ赤になった顔を両手に覆う。本当は付き合ってくださいって言おうとしたんだろうな。

 好きだっていう気持ちは言うことができたけれど。ここは私がフォローした方が――。


「あははっ! 結婚かぁ……」


 爽やかな笑みを浮かべている玉城先輩はゆっくりと椅子から立ち上がって、夏実ちゃんの目の前に立つ。


「なっちゃんは、結婚したいほどに私のことが一人の女性として好きなんだね。これほどに笑えて、キュンとくる告白は初めてだよ」


 玉城先輩は夏実ちゃんの頭を撫でる。そのことで、夏実ちゃんは両手を顔から離して玉城先輩と見つめ合う形に。


「どうして、私がなっちゃんを主に担当することになったか分かる?」

「えっ?」

「……なっちゃんのことが気になったっていう個人的な理由で、私から先生にお願いしたの」

「じゃあ……」

「……私もちっちゃくて可愛いなっちゃんのことが女性として好きだよ。だから、これからは部活の先輩としてだけじゃなくて、恋人としてもよろしくね」

「はい! よろしくお願いします!」


 夏実ちゃんは涙を流しながら笑顔を浮かべて、玉城先輩の胸の中に飛び込んだ。そんな彼女のことを先輩が抱きしめる。


「夏実ちゃん、良かったね! おめでとう!」

「おめでとうございます! 素晴らしい告白でした! 感動いたしました!」


 あかりちゃんは号泣し夏実ちゃんに拍手を贈っている。さすがに鼻血までは出なかったか。


「いい友達を持ったね、なっちゃん」

「はい! あと、もう1人……告白の練習に付き合ってくれた友達がいます」

「そっか。なっちゃんは幸せ者だね。そんななっちゃんと恋人になれた私も幸せだよ」


 夏実ちゃんも玉城先輩も幸せそうな笑顔をしているな。言葉の間違いはあったけど、最高の結果になって良かった。私も夏実ちゃんに続きたいところ。


「本当に梓先輩と付き合えるようになるとは思いませんでした。彼氏らしき男の人と仲良く歩いていたっていう噂も聞いていたので」

「ああ……それはきっとお兄ちゃんだね。3歳年上で休日にはたまに買い物に行くし、そこを友達や部活の子に見られたんだと思う」

「そうなんですね。安心しました」


 お兄ちゃんっ子なんだ、玉城先輩は。私も小学生くらいまでの間はお兄ちゃんや妹と一緒に色々なところに遊びに行ったな。


「お兄ちゃんも好きだけど、一番好きなのはなっちゃんだから」


 玉城先輩は夏実ちゃんにキスした。フィクションじゃないキスシーンを見るのはこれが初めてだから、凄くドキドキする。

 突然の出来事だったこともあってか、夏実ちゃんは頬を真っ赤にして目を見開き、


「ああ、尊いですううっ!」


 あかりちゃんはそう叫んで、両鼻から勢いよく鼻血を出した。その血は白い床に飛び散った。


「あ、あかりちゃん!」

「あかりん!」

「ティッシュで血を止めないと! 瀬戸さん、さっきよりも顔が白くなってるよ!」

「あぁ、このくらいは大丈夫ですよ。幸せな理由での出血ですし。それに、ティッシュは普段からたくさん持っていますのでお気遣いなく」


 そう言って、あかりちゃんはスカートのポケットからティッシュを取り出し、顔に付いた血や、床に飛び散った血を素早く拭う。


「はい、これで大丈夫です。ご心配とご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」


 今の動きからして、今回のようなことをこれまでに何度も経験したことがありそうだな。


「鼻血も止まっているようだね、良かった。何か、色々な意味でなっちゃんからの告白は一生忘れないと思うよ」

「私も夏実ちゃんの告白は一生忘れないと思いますね」

「瀬戸さんは今回のことを教訓として覚えておいた方がいいと思うよ。鼻血を出さないって意味で」

「分かりました。思い出し鼻血をしないように気を付けますね」


 思い出し笑いは聞いたことはあるけれど、思い出し鼻血という言葉は初めてだ。


「夏実ちゃんも玉城先輩もお幸せに」

「ありがとう。ただ、そう言われると梓先輩と結婚したみたいだよ。ゆーりんも頑張って」

「……うん」


 夏実ちゃんの告白や口づけを間近で見て、私も大好きな綾奈先輩と恋人として付き合いたいって改めて思った。

 また、4人のグループトークに、夏実ちゃんが玉城先輩と付き合うようになったとメッセージで送ると、すぐに美琴ちゃんから、


『それは良かった! おめでとう! 夏実、お幸せに!』


 という返信が届いた。昨日の夜、告白の練習に付き合ったし美琴ちゃんもとても喜んでいることだろう。

 その後、4人で校舎を出ると、雲の切れ間から青空が覗いていたのであった。

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