第14話 いいじゃない

 私の発言から少し時間を置いて、斯波さんがやれやれといった感じで大きく息を吐いた。 


「キミが真剣に考えているのはわかった。ステージの上と見紛うくらいの熱意や勢いも伝わってきたし、ここが会議室なのが惜しいくらいだよ。しかしビジネスというのは、そういった類のもので何とかなる世界ではないんだ。柏木くんからも何とか言ってやってくれよ」


 少し考えてから口を開く柏木さん。


「斯波さんの仰っていることはわかりますし、そう感じるのもごもっともだと思います。ただ阿久沢については私はけっこう知っていますが、新田の言う通り可能性を感じさせる子だし、ひょっとしたらって思うのも事実です」


 柏木さんが話しながらチラっと私を見る。一瞬ではあったが、私のプランに賭けてみるという合図のように見えた。さすがは柏木さん、わかってる。


「それに最上や瀬名の件も、普通ならしばらくは目立たないようにするものだとは思いますが、彼女たちはそれほどまでに悪いことはしていません。失敗したところは認めて謝ったわけですし、必要以上にミスを責めずに前を向かせるというのもウチのグループらしいと思うのですが」


 斯波さんは柏木さんの言葉に呆れ返っている。


「キミまでそんなことを言うのか。本当にここはタレントもスタッフも考えが甘い。長瀬さんの実績というのは本当に運任せだったんだな。この状態でここまで来れただけでも奇跡だよ」


 奇跡だって?いいじゃない。今までが奇跡なら、これからだって奇跡に期待して何が悪い。


「斯波さんは、要は百万枚のCDを売り上げて青嵐さんに勝って、利益をあげれば文句はないんですよね?たとえそれが奇跡とよばれるような方法であったとしても」


 違う?そうでしょ。


「だから、その売り上げを実現するのに、キミの条件には現実味がないって言ってるんだ。奇跡をアテにしてどうする」


 そんなの、やってみなければわからないじゃない。みんなができないって言うことをやってのけるから奇跡なんだし。古今東西、アイドルが一際輝く瞬間に奇跡は付き物なんだから。


「では約束します。必ず斯波さんの納得される結果を出してみせます。さっきの条件以外にも、私には考えがあるので」


 例によって何もないんだけどさ。さすがに二度目は通用しないか。


 そう思っていたが、意外にも斯波さんは私の「腹案がある」には一度やられているからか、すぐには否定をしてこなかった。


 その間隙をついて柏木さんが援護射撃を行う。


「私からもお願いします。新田がこんなに一生懸命にグループのことや後輩のことを訴えてくるなんて、長く一緒にやっていますが初めてのことなんです。こいつの本気を、覚悟を信じてみてやってください」


 私は柏木さんの発言に合わせて一緒に頭を下げた。


 しばらく沈黙が続いた後、斯波さんが席を立ちながら言い放った。


「そこまで言うなら、好きにすればいい。どうなっても私は知らないぞ。これはビジネスなんだ。結果には責任が付きまとうことを忘れるなよ」


 それだけを言い残して斯波さんは会議室から去っていった。


 これって、承認してもらえたって思っていいんだよね。センターの件も、最上と瀬名のことも。


 よし!これでみんなで一丸となって戦うことができるし、ファンの皆さんにも楽しんでもらえるはず。そうなったら、青嵐の勢いなんて怖くも何ともないんだから。私、頑張った!


 この間は自分の考えをしっかり持たないで、運営の方針を疑問にも感じずに受け入れて後悔した私は、今度は自らの意見を述べてウチのグループらしい決断を引き出せたことに一人で勝手な満足感を覚えていた。


 そんな私を現実に引き戻す柏木さん。


「やったな、奏。それで、三つの条件以外のプランって何なんだ?俺くらいには教えてくれよ」


 プランって何のことだ。あっ、さっき私が斯波さんに言ったハッタリのことか。柏木さんまで信じてくれてたんだ。


 柏木さんにはタネを明かしてしまおう。


「そんなのないです。さっきは、ああでも言わないと認めてもらえなそうだったので。大丈夫です、これから考えます!」


 柏木さんが唖然とした表情をしている。そうだよね、下手したら自分の行く末まで掛かってるんだし。いや、きっと失敗したら高い確率でクビだな。もちろん、そうならないように頑張るけど。


 気を取り直してもう一つの懸案事項を確認する柏木さん。


「それと、阿久沢って実際のところ大丈夫なのか?勢いで俺も奏に乗っかったけど、阿久沢は選抜とかセンターとかにあまり興味を示さないし、アイドル活動にモチベーションがあるのかもはっきりしないだろう。自分でオーディションを受けて、小さいながらも女優の仕事を取ってきたりしてるから、そのまま女優になれるならアイドルとして活躍したいとは特段思っていないようにも見えるんだが」


 うっ、痛いところを突かれた。たしかに私が勝手に期待してるだけで、本人にその気があるかはわからない。いや、どっちかって言うと無いように見受けられる。


 いきなり選抜に入るくらいならともかく、選抜のセンターだしな。戸惑うとか通り越して、いきなりアイドル辞めますとか言い出したらどうしよう。


 普通の子なら泣きながらでもやってくれるだろうけど、相手はあの楓子だ。正直、反応が全く見えてこない。


 実際に初めてのセンターで何もできなくて、そのうちに仕事に穴を空けてしまうことだって考えられる。そうなったら完全に裏目だな。


 私が言葉を返さないことに不安を感じたのか、柏木さんが心配そうな顔と声で再び問い掛けてくる。


「おっ、おい。本当にいいんだな、阿久沢で。あんなに苦労して斯波さんからも承認を取って、今さら無理でしたとか勘弁してくれよ」


 大丈夫、なはず。だよね。きっと。


「大丈夫です。心配しなくても楓子ならこのチャンスを活かして、私たちが思う以上に輝いてくれると思います。私たちがそれを信じなくてどうするんですか!」


 そう答えたものの心配になった私は、選抜が発表される前に、それもできるだけ早いうちに楓子が選抜とかセンターについてどう考えているかを、それとなく確認しておこうと思っていた。


 時間はあまり無いな。和泉にでもお願いして楓子と話す機会を作ってもらおう。


 帰宅した私は夜更けにも関わらず、さっそく和泉に電話を入れた。


 和泉は迷惑そうな声で電話に出る。明日早かったら悪かったな。でも、こっちの用事だって和泉にとっても大事なことなのだ。


「ごめん、遅くに。寝てた?」


「うーん、ギリギリかな。完全に寝てたら出なかっただろうし。どうしたの?」


 和泉は良い子だな、ホント。こんな時でも怒ってはこない。少し不機嫌そうな感じなのはむしろ可愛げがあるくらいだ。


「前にさ、阿久沢さんと話したりしたことあるって言ってたじゃん。連絡とったりって気軽にできる感じ?もっと言えば食事に誘ったりとか」


 唐突かな。でも仕方がない。少しずつ仲良くなるとか悠長なことをしている暇はどこにもないのだ。


「阿久沢さんって楓子ちゃんだよね。うん、連絡はできるよ。頻繁に取り合う仲とまではいかないけど、何か困ったことがあると向こうから連絡してくることもあるし。アンダーの頃、仕事帰りに何人かで一緒に食事して帰ったこともあるよ」


 さすが和泉だ、頼りになる。やっぱりキャプテンが和泉で良かった。


「なに、まさか楓子ちゃんと食事に行きたいとか言わないよね?」


 申し訳ないが、そのまさかだ。今日二回目だな、この言い回し。


「うん、食事にっていうか、ゆっくり話してみたくて。和泉さ、出来るだけ早く、明日でもいいくらいなんだけど、阿久沢さんを誘ってみてもらえない?」


 和泉は段々と目が覚めてきたのだろう。その驚く声が大きくなってきている。


「えっ、本当に本気なんだ。別に誘うのは構わないんだけど、どうしちゃったの急に。そもそもメンバーと食事に行くこと自体そんなに無いのに、ほとんど話したこともない楓子ちゃんとなんて」


「えっと、詳しいことはまた会った時にでも話す。とにかくヨロシクね。とりあえず寝る前に連絡を入れてみるだけ入れておいてよ」


 厚かましいことを言ってるのはわかっているけど、それもこれもウチのグループのためだ。ごめん、和泉。


「わかった、できるだけ早くね。でも、かなちゃんの予定は大丈夫なの?」


 そうだ、一番なんとかならないのは私の予定じゃん。明日は大丈夫だな。明後日はダメか。その次はラジオだし、その次は・・・。もういいや、明日限定で誘ってもらおう。本当に厚かましいけど。


「ごめん、やっぱり明日の夜って決め打ちして誘ってくれない?先約があるなら、その後でも、何時になっても構わないし。いくらでも合わせるから」


 和泉は少し驚いたようだが、私の都合もわかっているし、切羽詰まっているのも伝わっているようだ。何も言わずに応じてくれた。


「了解です。明日の夜、何時になってもいいからってことで誘ってみる。返事があったら連絡するね」


「ありがと、事情はちゃんと話すから」


 和泉には感謝しなきゃいけないな。しかし、まさかとは思うけど断られたらどうしよう。嫌われた覚えはないけど、好かれた覚えもないし。正直、どう思われているか全くわからない。


 どうなんだろう。まぁ、考えても仕方がない。なるようになるだろう。しかし眠いな、今何時よ・・・。あっ、コンタクトレンズを外さないと・・・。


 すっかり遅い時間になっていたこともあり、私はそのまま寝てしまった。


 次の日の朝起きてみると和泉から連絡が入っていて、夜、三人で食事をすることが正式に決まっていた。

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