第2話 世代間相違

「だから、そういうことじゃなくて気持ちの問題。見せ方ってものがあるでしょ」


 今日は珍しく私たちのグループのメンバーが全員揃い、販売用や宣伝材料用などの写真を個人別、加入期別など何パターンにも渡ってひたすら撮るという、年に何回かの一斉撮影日だ。


 当然、私や結菜さんみたいなグループ外の仕事を多く抱えているメンバーも参加するし、この日ばかりは可能な限り一日、この仕事だけに専念するのがグループ結成以来の慣例となっている。


 そんな慌ただしい一日を過ごすなか私が何度目かの着替えを終えて廊下に出てみると、隣の会議室から誰かが誰かを注意しているような声が漏れてきた。


 声の主は和泉だ。


 相手は最上と、同じく三期生の瀬名せな沙希さきの二人。ともに三期生のエースとされている、今、絶賛売り出し中のフレッシュなコンビで、センターの最上だけでなく瀬名も既に選抜のフロントメンバーに抜擢されている。二人とも分かりやすく運営が次代を担う存在と位置付け、多少は贔屓してでも推していこうとしていることが透けて見える人気急上昇中のメンバーだ。


 ちなみに断っておくが運営の方で特定のメンバーを選び、ある期間はその子たちを強烈にプッシュしていくこと自体を悪く言う気はサラサラ無い。そうしてスター候補を作り上げていくのも一つの戦略だと思うし、私たちの同期にも私ではないがそれに該当していたであろう子は思い当たる。そこに入れるかどうかも一つの勝負なのだ。


 しかし和泉は何に怒っているのだろう。


「遅れたのは申し訳なかったと思ってますけど遊んでいたわけじゃないんですから、そんなに注意することはないと思うんですけど」


 瀬名が不満気に言った。


 二人は前日から私たちのグループが持つテレビのレギュラー番組のロケで地方に出ていて、そのまま現地に泊まり今朝はそこからこの場に直行してきたようだ。そして、そんなハードなスケジュールにも関わらず交通事情により当初の予定が少し押してしまったとのことで、今日の集合には数時間遅れての参加だった。おそらくその話をしているのだろう。


「遅れたことを言ってるわけじゃないの。前の仕事の都合で遅れたからって、それを当然のことのようにしてここに着いてからも普通に準備してたでしょ。お喋りとかしながら。そのことを言ってるの」


 まぁ、遅れたのは仕方ないしね。問題は自分たちが悪いわけではないとはいえ遅れて来た以上、誰かにしわ寄せを与えているのも事実。メイクさんやカメラさんみたいなスタッフさんはもちろん、他のメンバーにだって順番待ちや急遽スケジュールの入れ替えが発生している子もいるわけだし。


 和泉が言いたいのは遅れたのが誰のせいかは二の次で、現在の状況を何とかできるのが自分なんだったら、やれることを精一杯やるべきということだ。


 特に私たちのような業界では時間は決まっているようで決まっていないことが多く、ともすれば遅れる、待たせる、迷惑を掛けるといったことに鈍感になっていってしまうのも否めない。良くないことだとは思うが。


 そんな時に、自分に責任がなくてもそのリカバリーに全力を尽くす。そういう姿勢を見せることで待たせている相手から信頼を得られるのはもちろん、遅れてしまう原因を作った側の関係者にも感謝され、ひいては私たちのグループ全体の評価が向上し、それがそのまま次の仕事に繋がることだってある。


 なるほど。和泉が言っていることは正しそうだ。


 一方で瀬名の気持ちとしては自分が原因で遅れたわけではないなか、超特急ではないにしても普通に準備をして撮影に臨んだのに、それに文句を言われるのは心外だということだろう。


 瀬名の気持ちもわからなくはない。別にお菓子を食べてゲラゲラ笑っていたわけではないのだし。


「和泉さんが言っているのは、遅れて来た場合はそれが自分の責任じゃなくても皆さんに謝って回って、自分が寝坊した時みたいにバタバタと慌てて準備をするべきだってことですよね?」


 黙っていた最上も口を開いた。気持ちは瀬名と同じようだ。


「もちろん悪いことしたわけじゃないから程度はあると思うけど、その方が周りも気持ちが良いでしょ。仕事だから、できるだけ気持ち良くやりたいじゃない」


 和泉も立派になったものだ。同期ながら年下の和泉の毅然とした振る舞いを目の当たりにすると感慨深いものがある。


「和泉さんは・・・」


 最上が何かを言いかけて飲み込んだ。


「ん?どうしたの。思ってることがあれば言っていいんだよ。そういうのは我慢しないで、ウチは風通しの良いグループだからさ」


 和泉は本気でそう言っているのだろうが、最上は飲み込んだその言葉を吐き出そうとはしなかった。


 しばらく気マズそうな沈黙が続く。


 その時、遠くからマネージャーの西尾にしおさんの声が聞こえてきた。


「一期生が終わったから次、二期生の集合カットとか撮るよ!」


 私たちが呼ばれている。すっきりしないまま話を終えなければならない和泉は少し残念そうだが、傍から見ている私にしてみれば明らかに膠着状態に入っていて、解散の機会を逸しているように見えていたので絶妙なタイミングに思われた。


「とにかく、そういうことだから。これからヨロシクね」


 和泉が足早に会議室を出て行くのを物陰から見届けて、私は何事も無かったようにその後ろ姿を追い掛ける。


 その後、二期生の集合カットを撮り終えてから自分の個別撮影の順番を待っている間に、私は忘れ物に気付いて仕方がなく控室まで戻ることになった。


 部屋の中には、そこで順番を待つ子や全ての予定を終えて帰りの身支度をする子、帰り支度を済ませてもなお誰かと談笑している子など、色々な子が色々な理由でバラバラと点在している。


 私が自分の荷物のところへ向かうと、たまたま背中側にさっきの二人が座っていて何やら話しをしているようだった。


 悪いとは思いつつもつい聞き耳を立ててしまう私。今日は盗み聞きばかりだな。


「なんかウチらが悪いことしたみたいに言われるのって、ちょっと納得いかないよね」


 三期生が集合カットに呼ばれるまで二期生は戻ってこない前提だし、背中に私が居るとは思ってもいないのだろう。二人は先ほどの和泉から受けたお説教について話しているようだ。


「ダラダラと準備してたわけじゃないしね。そりゃ、脇目も振らず焦ってやっていたかって言われると違うけど、そこまでやる必要はさすがにないと思うし」


 まぁ、二人もふざけていたわけではないし、そういう気持ちになっちゃうよね。和泉も損な役回りだ。


「それに今日は朝が前の現場から直行だっただけで二ヶ所の移動だけど、三つも四つもスケジュールが入ってる日もあるんだし。その全部にそんな風にしてたら体がもたないよ」


 この子たち、そんなに仕事をもらってるんだ。凄いな、まだ三年目とかなのに。私の三年目の頃って、選抜ではなくアンダーだったのもあるけどレッスン以外の仕事なんて週に一度でもあれば御の字、二度、三度とあれば忙しく感じてたくらいなのに・・・。まぁ、それだけ大きなグループになったってことだよね。


「それに忙しい時って余裕がなくなるっていうか、目の前のことをこなしていくだけでやっとだし。こればかりはこの状況になった人にしかわからないよね」


 あれ、今のって、和泉はそんなに忙しくないから自分たちの気持ちはわからないって意味かな。


 たしかに和泉はキャプテンになる少し前から選抜メンバーに定着してはいるが、そのなかでは決して人気や知名度が高い方ではない。当然、フロントやセンターのメンバーと比べれば仕事は少ないし、今では二人の方が忙しいのは事実だろう。


「和泉さんはキャプテンだし、言いたくなるのはわかるんだけどね。もっと私たちの気持ちもわかって欲しいっていうか・・・。和泉さんに言われたくないとは言わないけど・・・。ねぇ」


 いやいや、それは関係ないだろう。和泉が忙しいかどうかと、和泉が注意した内容は別の話だ。


「しかも愛莉、それ和泉さんに言いかけたでしょ!一瞬、マジで焦ったんだから」


「ごめん、私も言う気はなかったんだけど、つい・・・。でも、さすがに言えないよね。和泉さんは忙しくないからわからないんだと思います、なんてさ。もっと怒らせちゃいそうだし」


 ・・・さすがに聞き捨てならないな。


 話に聞き入っていてすっかり何を取りにきていたのかも忘れてしまい、ひたすらカバンの中をゴソゴソと掻き回すだけの人になっていた私も、一時の感情に任せて少し度を超えた発言をする二人には何かを言わなければならないと思った。


―あんたたち、なにキャプテンのことバカにしてんのよ。


 ・・・これは違うか。バカにしてるわけではないだろうし。


―私の親友の和泉に楯突くやつは許さないよ。


 ・・・これも少し違う。楯突いてる気はないだろうし、不良グループじゃないんだから私が許さないのも何か変だ。


―注意した内容に和泉が忙しいかは関係ないんじゃない。


 うん、これだな。理に適ってるし、なんか簡潔でカッコいい。


 問題はアイドルのスイッチが入っていない時の私に、後輩が相手とはいえそれが言えるかどうか。


 自慢ではないが私は基本的に口下手で大人しく、当然、気が強いわけもなく、他人に何かを注意するなんて余程のことでも無い限り出来っこないキャラクターだ。


 アイドルをやる時だけは「自分を演じる」つもりで、理想のアイドル像を自分のなかに描き必死でそれを演じている。それすらも昔、ある人に叩き込まれたからできるようになっただけで、今でも一回一回、その重いレバーを頑張って押し上げてスイッチを入れているような状態だ。


 そんな私に、果たしてその台詞が言えるだろうか。


 私は頭のなかで何回もシミュレーションを繰り返したが、なかなか一文字目が出てこなかった。我ながら情けない・・・。


 そうして私が何も言えずにカバンの中から飴玉を見つけたりしていると、ふいに誰かが二人に声を掛けた。


「よくわからないけど、長岡さんが忙しいかどうかは注意されたこととは関係ないんじゃない」


 その台詞は私が言おうとしていたことそのままだった。

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