pétale.04 繰り返されるのは、過去か必然か

「なんだぁ? このチビ。……お、よく見たら、なんかいいモン持ってんじゃねぇか」


 ユミトが手にしている紙袋を大男が取り上げる。


「なんだ。ただのパンじゃねぇか」


 大男は紙袋の中をもう一人の男と一緒にのぞき込んだ。


「何すんだよ! 返せ!」

「言われなくとも、こんなもん、すぐに返してやるよ。ほーらよっと」


 そう言って男はパッと手を離すと紙袋をひっくり返した。続いて、床に落ちたパンを踏みつける。念入りに靴ですり潰すようにぐりぐりとパンを床に押し付け、最後に唾を吐き捨てる。


「おや、随分とひでえ商品を人にあげる奴もいたもんだ。こーんなモンを食うぐらいなら犬の飯でも食ってた方がよっぽどマシってもんよ」

「違いねぇっ!」


 げらげらと笑いだす細長い男。

 すると、両手を握りしめたまま、ぶるぶると震えていたユミトが大男へと飛びついた。


「姉ちゃんのパンを馬鹿にするな!」

「なんだてめぇ」

「リズ姉ちゃんのパンはおいしいんだ! だから馬鹿にすんな!」

「――いってぇっ!」


 悲鳴が上がる。

 ユミトは男の巨木のように太くたくましい足にがぶりと噛みついていた。

 リゼットは焦燥に駆られて叫んでいた。


「やめなさいユミト!」

「何しやがる、てめえ!」


 男は足を大きく振り、足に食いついていたユミトを引きはがす。

 床に転がるようにして倒れるユミトを見たリゼットが悲鳴じみた声を上げる。


「ユミト!」

「うっとうしぃんだよ!」


 男はそう叫びながら腰に下げていた鞘付きの剣を大きく持ち上げると、ユミト目がけて振り下ろした。

 それを見たリゼットはとっさに動いていた。ユミトを守るように抱きしめるとギュッと体に力を込めて身を硬くする。

 次の瞬間、息のつまるような衝撃と共に肩のあたりを激しい痛みが襲う。


「ガキが!」


 叫んだ男がもう一度鞘付きの剣を振り上げた瞬間。


「こら! なにしとるんじゃ!」


 軍隊を叱りつけるような鋭く激しい一括が店の中を震わせる。

 いつの間にか扉の外に立っていたのは白髪の混じった初老の男だった。


「ノワ爺様!」

「ノワじいちゃん!」

「ノワおじいちゃん!」


 鞘付きの剣を振り上げた男は、現れた老人を上からぎろりと見下ろし、威嚇する。


「ああ? んだ、てめぇは」


 対して、うろたえたのは細長い男だった。


「お、おい。そろそろいいだろ。行こうぜ」


 彼は焦った風にノワをにらんだ男の脇腹を肘でつつくと、男の腕を引っ張って店から出て行こうとする。


「……ふん、まったく」


 出て行った男たち二人と入れ替わるような形で、老人が店の中に入ってくる。

 ユミトは心配そうな顔でリゼットを見つめる。


「姉ちゃん。姉ちゃん大丈夫? ごめんなさい、ぼくのせいで……」

「平気平気。私は大丈夫だから。ほら、そんな顔しないの」


 そう言ってリゼットは今にも泣きそうなユミトの頭をなでてやる。

 ユミトの台詞を引き継ぐように声を上げたのはフィリアだった。


「でも……。それに、パンが……」


 しゅん、と肩を落としたフィリアが、ぐちゃぐちゃになったパンの破片を拾おうと手を伸ばしている。

 湿っぽい空気を振り払うように、リゼットは笑顔を作った。


「もう、二人とも何どんよりした顔してるのよ。元気出しなさいって。あ、そうだ。実は今日ね、後で新作のパンを作ろうと思ってたの。あなたたちには新作パンを一番に食べさせてあげるわ。だから、午後になったらもう一度来てちょうだい」


 リゼットは立ち上がると、安心させるように二人の肩を抱き寄せる。


「ほら、だから今は一度お家に帰りなさい。帰りが遅いとレティシャさんも心配するわよ」

「うん……」


 表情が晴れない顔の二人の背中をそっと押して、店の外に送り出す。


「悪いんだけど、あなたたちの方からレティシャさんに謝っておいてちょうだい。じゃ、また後でね」


 そう言ってリゼットは笑顔のままユミトとフィリアに手を振った。

 ひとまず子供たちが出て行ったところで安堵にも似たため息を落とす。

 同時、殴られた肩が熱をぶり返したようにずきずきと痛んだ。痛みにリゼットの表情が歪む。手加減はしてくれているだろうが、痛いものは痛い。

 リゼットは申し訳なさそうな苦笑を作ると、店に残っているノワへと向き直った。


「ノワ爺様も、ごめんなさいね」

「リズや、肩は大丈夫かね?」

「大丈夫よ。それより、ノワ爺様の方こそ、今日は店はお休みなのにどうしたの?」

「花の水やりをしてたら、妙に図体のでかい男がお前の店の方に行くのが見えてのう。これはまた町長の奴の仕業かと思って気になったんじゃよ」

「ごめんなさいね。気にさせちゃって。あ、そうだ。昨日の男の子、夕方、目を覚ましたのよ」


 言いながらリゼットは調理場の方を見やる。

 そこには、先ほどの出来事の一部始終を見ていたらしいモモが、驚愕とも恐怖とも取れるような様子で水色の瞳を見開いていた。その顔は、ひどく恐ろしいものを見たように青ざめている。

 リゼットは首をかしげた。


「どうしたの?」

「……いえ、なんでもありません」


 そう言いながらモモはぎゅっと拳を握りしめていた。心なしか体が震えているような気がする。

 もしかして、今の騒動を見て恐怖に震えあがってしまったのだろうか。貧弱とは言わないが、モモは肝っ玉が強いように見えない。個人的には、男の子ならもう少し精神的にたくましくあって欲しいものだが。

 なにはともあれ、恥ずかしい場面を見られてしまったのには違いない。


「驚かせてしまってごめんなさいね。モモ、こちらノワ爺様。昨日、あなたを町まで運ぶのを手伝ってくれたの」

「はじめまして。昨日は、ありがとうございました」

「いいってことよ。元気になったようで何よりじゃ」

「ノワ爺様。良かったら、お茶でも一杯飲んでいってちょうだい」

「では、お言葉に甘えるとしようかね」


 ノワがそう言った後、三人は二階へと上がっていった。

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