黎光視点

私は紫国の第五王子だ。

国一番と謳われた娼妓の母を持ち、その母は事故で私が二歳の時に死んだ。

成長するにしたがって、それが事故ではないことがわかる。


生きる目的もないが、死にたいという衝動もない。

だから、私は第五王子という立場の範疇で楽しんだ。遊学もそのひとつだったが、実際の理由は馬鹿らしい王位継承争いに巻き込まれたくない、それだった。


母に似た容姿を持つ私は、ともかく美しかった。

男女に関係なく好意を持たれ、それは皇帝陛下も他ならなかったらしい。

五十人の女性を侍らせる後宮の色爺、いや、若いから爺ではないか。ともかく、そんな色ボケ皇帝にも請われ、私は皇帝領へ入った。


ちなみに、皇帝とは、この大陸を統べる輝火(きか)帝国の頂点である存在で、私の国、紫国は辺境の属国に過ぎない。

皇帝領では、我が国は蛮族の国として扱われおり、色々苛立つ質問をされた。だが、問題を起こさないため、ある程度は聞き流した。ただ人食いついては否定させてもらった。いったい紫国をなんだと思ってるんだ。まったく。

こんな様に、この遊学は苛立つことが多かった。そして最大の苛立ちは皇帝陛下だ。


黒髪、黒目、まあ、顔立ちも整い、色男には違いない。

だが、こいつは私にまで色目を使ってきて、皇帝でなければ殴り倒していたくらいだ。


「黎光(れいこう)。紫国を出て、余に仕えぬか。第五王子としても身分も面倒だろう」


 彼はそう言って何度も誘う。

 後宮に五十人も抱えているのだから、十分だろう。

 しかも私は男だ!


「皇帝陛下にはそのような趣味はないと聞いておりますが、不思議ですね」


 憤慨する私に答えるのは、従兄弟の揚(よう) だ。

 母の妹の子で、身の回りの世話をしてもらっている。

 まだ十四歳、声変わりも始まったばかり。少女のような外見だ。女装は嫌いではないらしく、女官達に女装をさせられても嫌な顔すらしたこともない、少し変わった奴だ。

 

「まあ、いいんじゃないですか? 黎光(れいこう)がこの国に定住したいというのであれば、私も反対いたしません。王子同士の馬鹿な争いに巻き込まれて死ぬよりずっとましな気もします」


 揚(よう) は私の着替えを手伝いながら、辛らつだ。

 父の容態が悪化しており、争いはますます過熱するだろう。

 この国にいたほうが、安全。しかも皇帝陛下の庇護下だ。 

 考えなくもないが、男娼として過ごすのはさすがに気が引ける。


「とりあえず騒ぎが収まるまでは皇帝領、王宮に滞在していたほうがよろしいかと思います」

「そうだな」


 私は頷き、恒例となりつつある皇帝陛下との茶会へ足を運んだ。

 

 それから記憶がない。


 茶会へ行く途中で何者かに襲われた。そして気がついたら、私は少女の前に立っていた。


 黒髪は皇帝領では一般的だ。でもその瞳と顔立ちはまったく異なっていた。青い瞳は、宝石のようで、彫りの深い顔立ちには気品があった。

 少女なのに、すでに大人のように落ち着いて、私を見ていた。


「迷ったの?」


 少女がそう尋ねてきた。

 周りを見渡し、まったく見覚えもない景色であることを認識する。しかもここに至るまでの記憶が抜けていた。

 ひらひらと雪が舞い降りてきて、ぶるっと寒気がする。茶会に行く途中だったので外套など羽織るはずもなく、外気が肌を刺し寒さに震えた。


「着いてくる?」

 

 少女に言われ、私はなぜか素直に頷き、その背中を追って彼女の部屋に入る。


 誰かに襲われたようだった。

 そうでなければ、こんな街中に一人でいるはずがない。

 揚(よう)は無事だろうか。

 そんなことを考えていると、少女が温かいお茶を私の前に置いた。


「飲んで。寒いでしょ?」


 毒味をされていないものを口にするのは、始めてだったかもしれない。私は勧められるまま、お茶を飲み、その温かさに浸る。


「お腹も空いている?」


 聞かれて、空腹であることに気がつき、頷く。


「これあげる。ちょっと冷えているけど」


 包子を差し出され、これも素直にもらった。

 こんなに素直な自分を見たら、揚(よう)が驚いて口をバカみたいに開けるにちがいない。それくらい、私は素直に彼女の言うことを聞いていた。


 少女なのに大人の色香をもった、美しい人。

 大きな青い瞳に見つめられると吸い込まれるようだった。


「私は、凛っていうの。あなたは?家まで送ってあげようか?」


 凛、彼女にぴったりの名前だ。

 私は……。


 名前を名乗ろうとして、口をつぐむ。

 私のことに聞かせないほうがいい。巻き込みたくない。


「どうしたの?」



 何も答えない私に彼女はぐいっと顔を寄せてきた。

 驚くほど可憐な顔がすぐそばにあって、私は動揺してしまう。

 女も男も、私に近づいてくる者は嫌というほどいた。

 だけど、こんなに心を揺さぶられたのは初めてだ。


「……覚えてないんだ。何も」


 彼女を巻き込みたくない。 

 彼女に構ってもらいたい。

 

 相反する想いがあって、気がつけばそう答えていた。


「そう。じゃあ、しばらくこの部屋にいる?女将さんに許可とらないといけないけど。多分大丈夫。安心して」


 満面の笑顔を見せられて、もう、完敗だった。

 少女、私よりもかなり年下。

 なのに、私は彼女に惚れてしまっていた。


 宿屋の女中をしている彼女の帰りを待つ日々。慣れない部屋の掃除とか意外に楽しかった。彼女の部屋、いたるところに彼女の痕跡がある。

 そんな部屋で彼女の帰りを待つ。

 とても幸せで、王宮のこと、紫国のことなどどうでもよくなっていた。


 だが、現実は現実で、ある日私は夢から目覚めさせられる。

 宮の役人と揚(よう)が突然やってきて、王宮に連れ戻された。私の痕跡を残さないように、使っていたもの全てを処分、買い替えたりして、私は王宮へ戻った。


 王を失った紫国は混乱を極め、王子達は国民のことを考えずに王位を争う。そうして、民衆が不満を持ち始め、国は崩壊寸前だった。

 そんな時に皇帝陛下が私を連れ戻して、王になるように命じたのだ。

 いや、命令であったが、断ることもできただろう。

 むしろ、皇帝陛下はそれを望んでいたのか?紫国は次なる王も立たず国ではなくなることを。



 私は紫国で生まれ育った。

 国を失くしたくない。


 だから、皇帝陛下の命令を受けた。

 王子達が死に絶え、私だけが生き残った。 

 そうして紫国の王になる。


 王になって、その仕事の大変さがわかった。父を侮っていた。頭の片隅にはあの少女ーー凛のことを思っていたが、忙しさに忙殺された。

 やっと国として安定し、対抗勢力を根絶やした頃、私は二十二歳になっていた。

 落ち着いてくると、上がってくるのが次の後継者の話だ。

 直系の王族は私しか残っていないため、後継の話が出てくる。

 もちろん、私が欲するのはただ一人、凛だけだ。


 四年も経ち、少女から娘になり、さぞかし美しく成長しているだろうと思った。結婚している可能性もあったが、私は彼女を探させた。

 宿を当たらせたが、すでに彼女は辞めており、角家という家に貰われたということだった。名のある家名だったので、私は心を躍らせた。

 王妃として迎えるのに障害が少なくなると考えたからだ。

 だが、角家を調べさて、その主が凛に加えた数々の躾という名の暴力をしり、怒りに震えた。早く解放してやると息巻いていたら、角家当主は彼女を後宮にねじ込み、私の目から隠した。


 我が紫国は、輝火(きか)帝国の中でも辺境の属国。

 だが、私は皇帝陛下が私に興味を持っていたという、事実を思い出し、謁見を取り付けた。

 会うことはできたが、後宮には入ることができない。 

 探ってみたが、皇帝陛下ははぐらかし、答えなかった。一度だめなら、二度、三度と謁見を申し出て、許可される。

 陛下は面白そうに茶化してきて、私ははっきりいって殺意を覚えたこともある。

 そうして得た情報は、彼女が美凛(めいりん)と名乗っていること。娼妓のように振舞っていること。

 あの彼女が、と思ったが、皇帝陛下が語る外見は凛(りん)は一致しており、愕然とするしかなかった。


「あれは、余の側室だ。よくできた娼妓だ。時折見せる少女のような可憐さも魅力でな」


 殺してやりたい。


「紫国の王よ。美凛(めいりん)など忘れてしまえばよいのだ。お前には熟れた果実より、仄かに香り始めた果実のほうがあっているぞ。それとも無理にでも果実を余から奪い、紫国を再び戦火に巻き込むか?」


 それは脅しだ。 皇帝陛下に逆らえば、紫国に兵が送られ、国民はまた戦いに巻き込まれる。我が国は簡単に屈しない。それだけの兵力もある。だが、最後は負ける。負け戦などするだけ無駄だ。


 結局、私は王としての身分にとらわれ、自分の気持ちを押し殺すしかなかった。

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