ROUND 1:SNK meets girl ②


 少し薄暗い世界を彩る、およそ30インチ画面の筐体たちが描く光と音の群像。ゲーセンはいつだってゲーマーの血を沸き立たせてくれるパラダイスだ。僕と柏芽さんは二人でその店内の様子が伺えるガラス張りの自動ドアの前に立っていた。


 柏芽さんの衝撃の告白に気を失いかけるも、寸前で全身全霊の百円玉を心に投入してコンティニュー。心配してくれた柏芽さんには「黒子大乱舞の途中みたいなものだよ」と、適当にごまかして乗り切った。


 少し考えれば分かることじゃないか。柏芽さんは誰にでも明るく接する優しい女子だ。そんな人が理由もなく僕だけを見てくれるわけがない。


 茫然自失としながらも、彼女の案内で自転車で30分ほどかけて隣の市にある『佐臼さうす商店街』という所にやってきた。


 なんだかギース・ハワードが支配する治安の悪そうな名称だが、いたって普通の賑わいと綺麗な様子で安心する。商店街を進んだ一角にその店はあった。


 『LEVER GACHA』


 レベル……ガチャ? いや違う。レバーガチャと読むのだろう。ちょっと変わった名前だけど、そんなことはどうでもよかった。


 早く店内に入りたい。通い慣れた店はもちろんだけど、初めて訪れる店はもっとワクワクする。一人で遊ぶゲームでも、名も知らぬ相手に挑み挑まれる対戦ゲームでも。それはまるで道場破りや修業の旅にでも出たような、もしくは電子世界への第一歩だ。


 店内に入った瞬間、電子音が混じった空気が肌に触れる。

 水を得た魚ならぬ、硬貨を吸い込んだ筐体のように僕の全身がプレイモードへと切り替わる。


 軽く見渡した店内と、耳に届く聞き慣れたBGMや効果音の範囲だが、ラインナップは良さそうだ。さて、どのゲームから遊ぼうかと思ったその時だった。


「江陶君! あの人、あの人だよ!」


 一歩を踏み出すも、柏芽さんに服の後ろ衿を掴まれた。【得点王】じゃないけど、オーバーヘッドキックのようなアクションを取りそうになる。


 柏芽さんの視線の先を見ると、一人の男性店員がこちらに歩み寄って来た。


「今日は友達を連れて来てくれたの?」

「こ、こんにちは歩陸あゆむさん。彼は江陶君です。彼もSNKやネオジオの大ファンなんですよ」


 僕のことを元気よく悪意なき残酷な紹介をする柏芽さんの態度と表情は、明らかに僕に向けられたものとは次元が違う、恋する乙女そのものだった。どうやら彼が柏芽さんの好きな相手らしい。


「お二人とも、どうぞごゆっくりと楽しんでくださいね」


 歩陸あゆむと呼ばれた男は、僕を見ると、微笑みながら丁寧に挨拶してくれた。その端正な顔立ちと落ち着きある風貌は、男の僕から見ても少し意識してしまうかもしれない。


 僕らに軽く挨拶した新塩さんは仕事に戻るべく店の奥へと消えた。


新塩 歩陸あらしお あゆむさん。ここのアルバイト店員で近くの大学に通う一年生で19歳」 


 聞いてもいないが、興味あった彼のプロフィールを教えてくれる柏芽さん。その憧れの語り口は僕にではなく、自分への反芻のように思える。


「あの新塩って人が、柏芽さんの好きな人……?」  

「やだもう、江陶君ったら。恥ずかしいこと言わせないでよ!」


 一応は確認する僕の肩を、柏芽さんは照れながらバシバシと叩いてコンボを重ねる。かなり痛いけれど、女子に体を触られる喜びの方が大きいのは内緒だ。

 

「あゆむさんはネオジオとか、特にSNKのゲームが好きで凄く詳しいんだよ。だけど……」


 柏芽さんの口調が徐々に冷静かつ悲しそうになる。


「私は、あゆむさんの話に付いていけなくてよくわからないの。本当はもっと詳しくなって、ゲームが上手くなったら告白したいんだけど、それじゃいつまで経っても叶わないかなって」 


 なるほど。それで僕に声をかけたというわけか。

 少し時間はかかるだろうけどできる限り力にはなろう。何より女子との貴重なコミュニケーションと青春の1ページのためにも(涙)


「それでね。今度の土曜日に告白しようと思うの」


 はやっ! その隙のない勝利に向かう疾風のような行動力。まるで、ナコルルの アンヌ ムツベ 勝利の刃レラ ムツベ 風の刃とでも例えるべきか。


「土曜って、今日は水曜だからあと三日しかないよね。どういうキッカケで告白するつもりなの? それに僕にできることって……」 

「うん。それで江陶君ならアレが分かるかなって」


 そう言いながら柏芽さんが指さすのは、店内にある壁に備えられたメッセージボード。


 そこには店の注意書きやバイトの求人。客が寄せたと思われるイラストにゲーム友達や対戦相手を募集するメッセージ、中には『極限流空手、道場生求む』と書かれたある興味津々な内容まで、様々なものが貼られている。


「これを見てほしいの」


 柏芽さんはさらにその中の一枚を僕に示す。


レバガチャフリーク No.143

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 今度の土曜日だけの入れ替え稼働!

 あの手軽に遊べるSNKの名作忍者シュ

 ーティングが一日だけ復活します!

 そのタイトルのヒントはこちら


 『………コマン……』

 

 みねうちの心配はご無用(笑) 

 よろしければコツをレクチャーします。        

         

         紹介担当:新塩 

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 それは、色マジックや蛍光ペンで彩り鮮やかな手書きの案内だった。今にも動き出しそうな元気な丸文字やワンポイントの忍者のイラストが目を引く。新塩さんのセンスの良さが伝わる。


「あれは、ニンジャコマンドーだね」


 僕は柏芽さんに教えると同時に、気付かれないように小さなため息を漏らす。

 ため息の理由は何故かと言うと、あの新塩という男は大してSNKに詳しくないと分かり呆れたからだ。


 あの告知のヒントのゲームである【ニンジャコマンドー】は、SNKの作品じゃなくて、ADKだ。確かにネオジオと同じスペックである【MVS】を共同開発したメーカーだし、SNKとは最も近いサードパーティー関係にあるからまったくの別会社とまでは言いきれない気もするが……。


 リュー・イーグルの迷言とイラストまでネタにしておきながら、堂々とSNK作品と間違うところを見ると、SNKマニアとしてはまだまだミーハーだろうか。


「凄い!そんなあっさり分かるなんて、さすがだよ江陶君!」 


 柏芽さんの嬉しそうなリアクションに思わず頬を指で掻く。

 今ここで SNK と ADK の違いや正しいことを教えるのは野暮だろう。


「私、このゲームで新塩さんに凄いところを見せて驚かせたいの。それで “あなたの為に頑張りました“ って伝えたい」


 胸に手を当てながら真剣な目をする柏芽さんは、とても凛々しかった。何だか悔しいくらいに。


「よーし。稼働日まで時間がないけど、このゲームの練習しなきゃ! そうと決まればだけど、このゲームが遊べるお店どこかないかな?」

「うーん。ゲーセンならいくつかアテはあるけど……」


 ニンジャコマンドーは、確か3年前くらい前1992年4月30日のゲームだけど、根強いファンもいるからどこかでは稼働していると思うけど……


「僕……このゲーム持ってるん……だよね」


 僕は自信なさげにボソリと呟く。ネオジオCD版だけど。


「ほんと!? じゃあ江陶君の家ならタダで練習できるのかな。実はお小遣が残り少なくて不安なの。それで……その……迷惑じゃなかったら、練習させてくれたり……しない?」


 上目遣いでモジモジしながら尋ねる柏芽さんを見て、僕の中でサムスピの怒りゲージならぬ、喜びゲージが一気にマックスへと跳ね上がる。


「そ、そ、そんな迷惑なんてことないよ!ぼ、僕の家なんかで良かったら、いくらでも、れんしうしてくれてもも」


 あまりに予想外な展開にまたしても気を失いそうになるも耐える。

 【餓狼伝説】のエンディングじゃないけど、まさかの僕にとっての『新たなる伝説の序章へ……』と向かおうとしていた。

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