第4話俺を認めてくれる人


 勇者になる儀式を終えたアニスの予定はたっぷりだった。例えば、儀式を終えた二日後、国民のお披露目会だ。この会では勇者パーティーに入るメンバーも発表される。勇者パーティーのメンバーはその場で呼ばれるため、当人でさえまだ知らない。でもなんとなく予想が出回っているくらいだ。アニスは俺が呼ばれると思っているが俺は国が俺なんかを勇者パーティーに入れるわけがないと思っていたので緊張も何もしていない。

 お披露目会は、王国民または王国管轄の村人総出で見守る式典なので、俺の他に父や母も式典の会場に来ていた。

 会場には人がごった返しており、全員が王城へ登る坂をバックに、綺麗に飾られた式台を下から見上げる形になっていた。アニスの友人である俺や他のクラスメイトでさえ、立ち見なのは少し驚いたが、王国民総出となれば仕方ないと思えたし、他の国民と比べれば近い方から見えるのでクラスメイトたちは文句を言わなかった。だが、勇者という確定内定を貰っていたはずの俺はこんな式典など早く終われと思っていた。そんな気分で盛り上がるクラスメイトたちと一緒に見たくないと思い、母と父と見たかったのだが、父に近いところで応援してやれと言われ、しぶしぶ魔術学校特待場所での観覧になった。


 「あ、あの! 隣良いかな?」


 「俺たちは十五からの仲だぞ、隣に立つくらい無言でもいいくらいだ」


 「そ、それは失礼かと思いまして……」


 俺が立っていた場所の横に立ったのはナチだった。ナチはどこか他人行儀なところがあった。最初、アニスにビビっているせいかと思ったが、彼女の性格ゆえの性分な事が分かり、仕方ないかと割り切ってはいたが、いざ、こう、まるで友達になって浅いような反応をされると少し傷つく。


 「なぁ、ナチ、アニスが勇者になった時、どう思った?」


 まさか自分のように私がなりたかったとは言わないだろうが一応、聞いてみた。確か、ナチは神官の中では上級だ。かなりの精霊を使役できるし、癒しの力を強い。だが、それを自慢したりしない良い子だ。

 まぁ、多分、ナチはアニスが勇者になるって信じて――――


 「私はアービス君がなると思ってた」


 「た?」


 「た?」


 びっくりした。そんな事言われるとは思わなかったからだ。だが、冗談でもお世辞でもない。まず、ナチはお世辞も冗談も言わない。


 「ど、どうして?」


 「あ、え、えっと、ほら、私が移住してきたばかりの時、まだ友達一人も居なくて寂しいところを助けてくれたり、アニスちゃんが私に意地悪だった時、ちゃんと仲裁してくれたから優しいし、頼りがいあるなーって……あれ? どうしたの? アービス? 泣いてるの?」


 俺は思わず感涙した。まさか俺をこんな風に評価してくれる子が居るなんて思わなかった。さすが神官、言っていること全てが神の言葉に聞こえる。俺を転生させた神のような男。あんなのよりよっぽど神だ。


 「ありがとうぅぅぅナチいぃぃ!!」


 「え!? ほんとにどうしたの!?」


 俺はナチの身体を揺らしてありがとうありがとうと何度も言った。ナチが神官になったら毎日神殿に通おう。絶対にかよ――――ん? なぜだろう、すごく見られている気がする。だけど誰が見ているのかは大勢の人が居るせいで分からない。まぁ、大勢いるし、気のせいかな?


 「なぁ、ナチ、俺たち、誰かに見られてないか?」


 「怖い話は嫌です!!」


 「わ、悪い悪い」


 神官の癖にこれで悪魔とか襲ってきたらどうするんだ? 俺はそう思ったが、怖いものを怖がるのは女の子らしくてかわいい。アニスなどは率先して怖い話をしたり、幽霊が出るという廃墟に行くので可愛いというよりたくましいと言った感じだ。

 ある意味、アニスとナチは正反対な二人だと思う。だから仲良くなれたのだろうか。アニスは俺以外ほとんど友達が居ない。俺にべったりなせいだろうか、まぁ俺自身も、前世で友達を真面目すぎて作れなかったせいか、こちらでもアニスやナチ以外居ない。それで満足していた。だが、アニスはこれから世界に羽ばたくんだからそれじゃあいけないな、俺離れをさせるべきか……めんどくさそうだ……。


 ――――――


 舞台の裏から国民が全員総出で期待しているのを見ていた勇者は、ある二人に目がいった。勇者は手に力を込めて込めて込めて込めて込めて込めた。手から血の筋が流れ、舞台裏の地面を濡らした。


 「やっぱりナチの事が好きなのかな……? アービスがうるさいから仲良くしてるだけなのにどうして調子に乗るのかな……でも僕と居るより楽しそう? でも僕が一番だよね? 今は僕が居ないから目移りしてるだけなんだよね? 寂しがりやなのは可愛いけどすぐ、他の人にしっぽを振るのはダメだと思――――」


 「うわっ!? 大丈夫ですか!? 勇者様!?」


 床に血が垂れているのを見た国営の女性事務員が心配そうにぶつぶつ何かを言っている勇者に駆け寄った。勇者はゆっくりと事務員の方を見た。その表情は満面の笑みだった。そして、頭を下げる。


 「切っちゃったみたいです! ごめんなさい!」


 「あ、大丈夫ですよ! 気にしないでください! それより、治療をしに行きましょう!」


 「はい!」


 事務員は勇者の前を歩いて治療室まで案内してくれるというので、勇者は事務員の後を付いていく。事務員はその際、先頭を歩いている事で、勇者の表情が無になっていることには気づかなかった。

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