成乳の儀〈後編〉

 お乳台からボタボタと、黄色みがかった乳汁が垂れている。


 儀式の終わりを見届けようとしていた乳民たちは、乳王の真っ赤に充血した乳房に目を見張った。


直呑じかのみ……じゃと?」


 乳君が突き出した胸を、すかさず乳王の右手が押さえた。


 直呑み。それは乳源の親子関係、あるいは乳扶関係の者たちの間でしか行われない特別な授乳法だった。


 親しい友乳同士や親戚同士でも直呑みはされず、乳器を介した間呑みにて行われるのが常となっていた。


 なぜなら直呑みには、お互いの好意をこれ以上ないほどに高める働きがあるからだ。吸う方は相乳あいちの乳首を口に含むことで満たされ、吸われる方は相乳の吸着に至上の快楽を覚えることになる。


 近親者以外の関係で行われる直呑みは、それまでの強固な乳源関係を崩し得る危険な行為として各国の乳法によって制限されることが多く、また公乳こうにゅうの場で行われることも恥ずべき行為だとして禁じられていた。


「乳渡りは、我が乳を失うか否かとなる、乳懸けの旅なのでございましょう? ならば、それ相応の覚悟が必要でございまする。まずは乳上からそのお覚悟をお見せいただきたく――」


「ならぬ」


 王子はその微乳を、猛然と左右に振った。


「なにゆえでございますか、乳上!? わちは今まで、乳上の乳房から一度たりとも直呑みしたことがございませぬ! 乳臣や乳官、乳民たちでさえ、乳親の乳房を吸っているではございませぬか!? なにゆえ王子だけは、直呑みを許してもらえぬのですか!?」


「ならぬと言ったら、ならぬのじゃ」


 王子の吸う切なる想いも虚しく、露わになっていた超巨大美乳には、再び乳袋が被せられてしまった。


「頑なな!! わちは見ておりましたぞ! 昨夜、乳君の見ておらぬとこで、そこにいる使者たちに直呑みさせているところを!! 豊満な乳房を曝け出し、その口に……その乳首を吸い付かせていたところを!!」


 千谷の乳民たち、成乳を迎えた者たち、乳王の両脇に並ぶ王族らは、互いに乳首を見合わせたのち、乳房を波打たせて笑い合った。


 その中で王子一谷だけが、懸命に胸を突き出していた。

「乳君様は何を笑っておられるのです!? 真乳でございますよ!!」


「良い良い。それは良いのだ」


 ヘラヘラと笑う乳君に、王子は乳房を赤く膨らませた。


「吸い損ないましたぞ、乳君。わちの胸は決して揺らぎませぬ。乳上が下々の者にも直呑みをお許しになるというのであれば、どうか私の口にも、その尊き乳をお注ぎくだされ」


「乳なら先にくれてやったではないか。それを捨てたのなら、もうそちにやる乳は一滴たりとも無い」


「どうしても、でございますか?」

「そうじゃ」


「ならば、わちも覚悟を決めかねるというもの……乳渡りの旅にも出られませぬ」


 その場に吊り下がっていた乳房たちが、ペチペチペチペチと、どよめいた。


「つるぺたなことを!!」


 身を乗り出した乳君の乳袋から、その柔らかな両乳がポロリと溢れた。


 しかし乳王の超巨大美乳は微動だにせず、乳頭を王子に向けて尖らせたまま、胸色一つ変えなかった。


「わかった。王子の貧意な申乳出により、乳法に基づき、乳守ラクト・フェリンを新たな乳王子とする!!」


 乳房たちは、まるで胸が剥がれるかのごとく慌てふためいた。

 旅の中で王子が倒れるなど、その乳を落とした場合にのみ、王子の継承は許されるはず。それが旅に出発しようとするその時に、発令されてしまうとは。


「お乳上の、絶壁!!」


 駆けていく王子を、無数の乳房たちが押し留めた。


 それでも王子は邪魔をする乳房の群れをかき分け、かき分けて、乳宮の中へと舞い戻り、廊下を渡り、階段を上り、空いていた部屋へと駆け入った。


 その部屋は、他ならぬ乳王と乳君の寝室だった。


 戸を閉め、内側から乳掛ちちかけを差す。

 そこで王子は、自分の胸が震えていることに気が付いた。


「わちは一族の名に恥じることをしでかしてしまったのじゃ。もう、彼乳らに乳向け出来ぬ。すなわち、乳生が終わったようなもの」


 そんな腐敗した乳汁に浸かるような絶房感でいると、王子は乳棚の上にひと巻きの乳縄が掛かっているのを見つけた。


「いっそ、乳を吊ってしまおうか……」


 お乳台に上がって乳縄に手を伸ばし、掴み取ろうとすると、乳縄とともに何枚かの乳紙がヒラリヒラリと落ちてきた。


「なんじゃ……これは?」


 乳縄の下には、数枚の乳紙の束が敷かれていた。


 その乳紙には、見覚えのある丸みを帯びた乳跡が滲み、その乳跡からは、嗅ぎ覚えのある芳醇な乳汁の香りが立ち昇っていた。それらの乳字は、他ならぬ乳王の乳房から放たれたものだった。


 [王子が生まれて三日が経った。日に日に乳を吸う力は強くなり、大乳呑みになるであろうと思われる。]


 [あぁ、我が子に乳を呑ませることが、これほど甘美なものであったとは。]


 [この子にならば、わちの乳を枯らされても構わぬ。もっと吸い給え、わちの乳房ごと吸い尽くし給え。]


 そこまで読んでいたところ、何谷かがドタドタと廊下を踏み鳴らす音が聞こえてきた。王子は乳紙を握りしめながら、戸が開かぬよう背中で押し付けた。


「王子! どこへ隠れていらっしゃるのですかぁ!?」


 戸を叩く振動が、王子の背中に伝わった。


「ここにいらっしゃるのですか!? バスティ王子!!」


 それはチムの声だった。どんな時もチムは、真っ先に自分の元へと駆けつけてくれる。

 しばらく返事をしないでいようとも考えたが、気が変わった。


「もはや、わちは王子ではない。ただの胸無しじゃ」


 その場に乳紙を撒き捨て、落ちていた乳縄を拾うと、それを乳柱の谷間へと引っかけた。


「王子! 戸をお開けくださいませ!!」

「ここでございまするか!?」

「いらっしゃったぞ!!」


 他の四天乳や乳臣たちの騒ぐ声も聞こえてきた。

 だが、もはや乳溢れ。

 乳縄で作った輪を胸下に巻き付ける。


 天には乳神様がいらっしゃるだけでなく、自らも乳神様の如く無限に乳汁が出せるようになるという。

 自分の出した乳を呑むも良し、他の者と交換して呑むのはさらに良し。おっぱれではないか。


「乳上、乳君、フェリン、皆の乳――」

 王子は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。


「にゅらばだ!!」


 椅子から飛び降りると王子の下乳に乳縄が食い込んだ。

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