『僕』①

「呼び止めたのは、本当は伝えたいことがあったんだ」

「え? なになに?」

彼女は照れたように言い、それから何か察したのか、顔を明るくした。違う、そうじゃないんだよ。

彼女は唇を舌で湿らすと、僕の方を再び見た。

「言う時になったら言うよ」

今すぐにでも言うべきなんだ。それは自覚していた。僕は僕の言う「言う時」が来たら、それを後悔するだろう。それがありありと想像できるくらいには、この選択が過ちであると、自覚していた。

彼女が折を見て、手を握る。僕はそれに僅かながら動揺して、手を引き離す──けれど、彼女はそれを知っていて、力を込めたそれから僕の手は離れられない。

「ちゃんと言うから」

するすると力が抜くていくのを感じて、安堵する。


「今日は」

 ねっとりとした吐息が僕の肩に触れた。きょうは。浅羽さんの言う意味が即座に理解した僕は、どうかしている。

「していくよ。もちろん」

 彼女の右手首を握った。ここリビングだよ、と愛らしく囁く彼女の声音は柔らかだった。

「移動しよ」

 彼女の手に指を絡ませながら、僕たちはゆっくりと階段を上った。

 彼女がドアノブに手をかける前に僕はそっと首筋にキスをした。


「キス、しちゃだめ」

 僕は即座にキスをした。キスマークが残る。

「……もう」


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