漂流者たち

 白い雲が、黒煙と交じり合い、空に灰色のグラデーションが描かれている。


 あれからどれだけ時間が経ったろうか。甲板の上では今も、沢山の人々が何もない空を眺めていた。中にはその場に崩れ落ち、泣きじゃくっている人達の姿も。彼らには、あの艦に親しい友人がいたのだろう。


 シゲ爺が上に問い合わせた情報によると、さっき空の下へと消えた艦は、この艦と製造国が同じ、いわば兄弟艦だそうだ。最近は航路の都合で遭遇することもなかったけれど、二十年も前、しらゆりが祖国の上空を旋回飛行し続けていた時期には毎月のように交流が行われていたらしい。


「ありゃあ、誰一人助からんな」


 背中ごし、シゲ爺がそう呟く。


 ここは高度一万メートルの雲の世界。


 本来なら人間が生きていて良い場所ではない。神様が居るべき場所へ僕たちを引き戻そうとするせいで、彼らは着地と同時に命を失ったのだろう。


 仮に無事に下の世界へたどり着いたところで、人が生きるには過酷な場所である事に変わりはないのだけれど。


「あの最後の爆発、浮動エンジンの故障だろうね」


 浮力を帯びた鉱石、浮動石。

 それを核として使用し、消耗する燃料を必要としない永久機関が浮動エンジンだ。しかし、永久機関とはいえ浮動エンジン自体には手入れが必要で部品は劣化もする。それにエンジンが永遠に動き続けたとしても、心臓だけ元気でも人間が永遠には生きられないように、艦としての寿命が先に訪れるだろう。

 実際しらゆりも、材質の経年劣化で十パーセント強のエリアが一般人の立ち入りを禁じられている。


「終わりのないものなんて、この世にはないんだわ」


 いつもシゲ爺はそう言ってどこか遠いところを見る。

 僕は、いつものように黙ってうなずく。

 この艦の上で生まれた僕たち世代にとって、人生の終わりと艦の終わりがイコールで結ばれていることは、目を背けようがない事実だ。

 実際、六十年も飛び続けていることすら奇跡のようなもの。もう六十年後も同じ姿で空に存在し続けるとは思えなかった。


「……私、帰ってるね」


 ティアは、うつむきがちになり甲板から踵を返した。

 興奮と混乱をないまぜにしたような表情で空を見ていた多くの人々も、やがて言葉少なに艦内へと戻っていく。皆、自分達の住む世界を思い出したのだろう。普段はどれだけ忘れたつもりになり、自身を誤魔化していても、常に僕達の目の前には、どうしようもない現実が突きつけられている。


 僕達は、雲の上の漂流者なのだ。

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