第二節 第一楽章 コンサートマスター譜

 私はへとへとの状態でゆさに迎えられ、そのままダイニングへと連れられた。

 家を出る前にお願いしていた、ゆさのお手製クッキーを貪ることで糖分補給を試みる。

 抹茶チョコクッキーか。やっぱり美味しい。

 「あっ、ミキごめんねー。ミキのチョコが冷凍庫埋め尽くしてたから、この際だと思って使い切っちゃった。」

 ごめんと言葉にしながら合掌していても、ゆさのその表情には反省の色が全く見受けられない……。まぁ、私も気にしてないし、クッキーの方が美味しいからそれでもかまわないんだけれど。

 それに、あのチョコは私のサキュバスの血にあてられた男子たちが、勝手に毎年渡してくるものだったから、チョコ自体は好きだけど、思い入れのようなものは全然なかった。

 「大丈夫、気にしてないよ。それにしても、ゆさのクッキー相変わらず美味しい。」

 「ふふんっ、お粗末様ですっ!」

 ゆさが謙遜しないのは、私がこのクッキーに文句をつけるとは思ってないから。そして、ゆさ自身、お菓子作りに関してはデパ地下のパティシエ顔負けの腕前だし、そのことを本人もちゃんと自覚しているからだ。

 「……でも、今日ミキの誕生日なのに、ケーキを作ってあげられなくてごめんなさいー。」

 あ、今度は本気で謝ってきてる。ダイニングテーブルに額擦りつけているんだもの。本心だってことは十分に伝わってきている。

 「大丈夫だよ、そっちも気にしてない。それに、今日ケーキ食べちゃったら、また十年待たなきゃいけなくなるからね。」

 「三十歳になってからは……、さすがにミキに悪いね。」

 「でしょう?おとーさんの犠牲は一回たりともムダにはできないよ。」

 こればかりは、苦笑いを混ぜることはできても、笑い話にするにはあまりにも重みのある事柄だった。

 「……あ、クッキーといえばさ、本気でミキにバレンタインのお返しとしてホワイトデーにクッキー贈る人は、とうとう現れなかったねぇ。」

 空気が重くなることを考慮したのか、ゆさは話をクッキーに託す。

 「失礼な。私だって逆チョコ以外で、ホワイトデーにお返しもらったことくらい、あーりーまーすーっ。」

 私も今日という日にわざわざ神妙な話はしたくない。ゆさの話題に乗っかろう。

 「え!?そうなの?誰から誰から?」

 「……おとうさん。」

 一瞬空気が固まった。そして次の発声源はもちろんゆさ。

 「ぶ……あはっ、あはははははは!それもカウントしちゃうんですかミキさんルールではっ!」

 「く、苦しい……っ。」と言いながら、初めて逢った日のおかあさんたちの爆笑をついデジャヴュさせてしまう、ゆさの身悶えしながらの抱腹絶倒っぷりに、私の機嫌も少しは和らいでしまった。いや、本当は私も思いっきりプンスカしたいんだけど、それに使うような体力は節約しとかないと、今夜のあれに響く。

 「もう……っ。ゆさこそ、そういう相手いままでいなかったくせにぃ。」

 「あたしはいるよ?ほら、小学校と中学校の頃にさ……。」


 ゆさはまた話し始める。私たちがこの家以外の場所で経験した出来事たちを。

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