第6話

 薄暗く肌寒い牢屋。首輪のようなものが嵌められ、気を失っていた時間も考えるとどれだけの時間が過ぎたことか。気を失っていたことで一段と時間の感覚は狂っている。

 食事としてパンをひとつだけ、差し入れられたから今は昼か夜か。


 考えないようにしていたが、あの壺はもしかしてトイレなのか? トイレだけ充実したこの牢屋には寝床がない。毛布の一枚すら用意されていない。こんなにも寒いというのに。


 先ほどまで泣き崩れていた男? 恐らく最初の部屋で暴行を受けていた跡だろうか、薄暗い中でもわかるほど顔は腫れあがり、鼻血の跡が痛々しい。

 俺は左手の指先の手当を蔑ろにされただけだけど、これからもそうだとは限らないよな。なんたって、悪魔がどうこうって叫んでいたし。


「あんた、質問があるんだ」


「すまない」


「もう謝らないでくれよ、泣きたいのは俺も同じなんだから。

 それよりも、ステータスプレートとかいう板が黒く染まっただけでこの扱いなのはどういうことなのか教えて欲しい」


 俺の言葉に反応した男は痛々しい表情ではあるものの、その目を大きく見開いた。


「そうか、そうか、だから、こんな所に」


「一人で納得していないで、教えてほしいんだけど」


 男は鉄格子に顔をこすりつけ、近辺の気配を探っているようだ。


「看守の気配はない、な。

 君はユニークスキル持ちなのだろう。この国では、汎用スキル持ち以外を認めない。それはもう古い考えだと、他国や世間では一般的に認識されていることなのだがね」


「ゆにーくすきる? 悪魔がどうとか言ってたけどな」


「そう、古い考え方ではステータスプレートが黒く変わることで、その持ち主を悪魔と蔑むんだ。ただ、本当にその考え方は誤解なんだよ。

 実は僕もユニークスキル持ちで、今回の召喚騒動に巻き込まれた口なんだ」


「ってことは、あんたも被害者じゃねえか」


「言い訳にしかならないが、娘が、一人娘が人質に取られている。協力するしかなかったけど、一矢報いるために陣に細工を施したんだ」


「でも、娘さんがそれじゃ危険なんじゃ?」


「大丈夫、君を悪魔呼ばわりする程度に失敗したわけだ。僕にはまだ利用価値はあるよ。当然に僕を動かすために、娘にも、ね」


 凄い人だ。結果的に俺という犠牲はあるけど、娘を人質にされているというのに、他の乗客を救ったのだから。



「時間がわからないね。でも、もう深夜だろうか。どちらにしろ暇なんだ、休める内に少しでも眠った方がいい」


「待って、その前にひとつだけ訊いておきたい。俺が元の場所に帰る方法はあるのかな?」


「すまない、わからない。君たちを呼び出したあれは、この国の地下遺跡にあったものを移設したものなんだ。解読したのは僕だけど、あれには呼び出す方法しか記されていなかった」


「あれ? でも、あいつらは……」


「大勢の中から一人を選び出すように細工したんだ。本来は多人数を呼び寄せるための装置だったんだよ」


「ええと、大勢いたけど俺が一番先に外に出てきたから他は元に戻したと?」


「君には申し訳ないけど、ね」


 たくさんの小石の中から俺だけを掴み取り、他は元の場所に戻したと。いや、まて、俺が訊きたかったことは、それじゃないだろう?


「だから、帰る方法はわからないと?」


「本当にすまない」


 なんだろう、実感が湧かない。こんな牢屋に入れられているからなのだろうか?

 それとも、この絵本の中のような出来事に、興奮していたりするのだろうか?


 ほんの数時間前まで気を失っていたはずなのに、眠くなどなかったのに、いつの間にやら眠りに落ちていった。




「君、君、……勇者様」


「――っ?」


「逃げるよ」


 眠るまで話し込んでいた男が俺の入れられていた牢屋の鉄格子の中で、人差し指を口の前に立て、俺を揺すり起こした。


「どうやって?」


「助けが来たんだよ、第一王子派はまだ王宮を掌握しきれていないんだ。

 でも、時間がないそうだ。慌てずに急ぐよ」


「でも、娘さんは?」


「大丈夫、そこに居るからね。それに君は近い内に処刑されてしまうから、逃げないといけないよ」



「勇者様、申し訳ない。儂がしっかりしておれば、謀反など起こされはしなかったものを」


「陛下、マイデル様の稼ぎ出す時間ではぎりぎりです。無駄にする余裕などありません」


 黒ずくめの小集団で、誰が何を喋っているのか、わからない。それでも俺や傷だらけの男を助けてくれるらしい。


「窮屈だろうが勘弁してくれよ。この樽に詰めて運び出す手筈になっている」


「儂らは幽閉されておることになっておるからの」


 王様なのに幽閉って……。この国、大丈夫かよ? ああ、そうか。大丈夫じゃないから、俺がこんなことになってんのか。

 指先に薬品ぽい匂いのする何かを塗られ布を巻かれた後、首輪を外され、人一人が入れそうな大きさの樽に縮こまるように入ると、蓋をされた。入ってから気が付いたけど、とても酒臭く底の方にはまだ酒が残っている。贅沢は言えないけど、もう少し良い手段はなかったものか。


「こちらの手にある使用人と商人が協力してくれます。少々窮屈でしょうが、このままでお休みください。早朝、運び出しの作業が行われます」


「さすがに深夜に、というわけにはいかないのですね」


 丁寧に今後の予定を教えてくれる男性の声と、それに応える女性の声が聞こえる。彼女が虐待男の娘さんかもしれない。

 しかし、この状態で眠れとは厳しいことを言う。酒臭さで酔っぱらってしまいそうだ。既に少し、気持ちが悪いし。

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