第44話 Fuck 荒々しく攻め立てる(13)


 白虎の谷のメンバーとレイラは、今だけ疑似的に俺の第二の視界とも言うべき、敵の心を探る力を共有している。

 魔物であっても、攻撃をする前に攻撃をしようという意思がある限り、実際の攻撃までにラグがある。それに備えて動けば、戦いに負けることはない。


「これがお前の見ている世界か、ジェリー・フッカー!」


 調子に乗ったフィルニールが吠えるが、負けフラグを立てないでほしい。


 俺の超能力があればそりゃあ銃弾だってかわせるのだが、今回はいかんせん敵の数が多い。数が多いと読み切れなくなり、蓋然性が入り込む余地が増えてしまう。

 そう、俺の能力は偶然に弱いのだ。俺が居眠り運転の交通事故で死んだように。


 まあ、敵が多いけれど、こっちもひとりじゃあないしな。


 ミミックは魔核を喰らう。

 魔核はその魔物が持つ魔力の結晶であり、摂取したものの身体をより強く作り変える。


 人間では頭のおかしいアッカーソン家の者でもない限り耐えられないが、魔物同士が共食いをすることもあるダンジョンの外では、こうして強大に成長していく場合がままある。


 イースメラルダスが火のブレスを放つと、魔物たちがたくさん灰になったが、それでもまだ部屋の奥からどんどん湧いてくる。

 魔物たちの死体が盾になって、俺たちまで熱気が殺傷力を持って届かない。


 枯れることのない悪意の泉のようなモンスターハウスの仕組みが今だけはありがたい。


 俺たちが斬り殺した魔物、イースメラルダスが灰にした魔物も節操なく食い漁り、魔核を触手でほじくり出してはぱっくり開いた口の中に放り込んでいく。


 ミミックを覆う外殻である、箱の容積がメリメリと音を立てて肥大化していく。

 宝箱に普段は擬態しているが、ミミックにとってあの箱まで含めて彼らの肉体なのだ。

 ヤドカリというよりはカタツムリに近い生態といえよう。


 ミミックは今や俺たちの身長より大きくなっている。

 2メートル近い肉食触手カタツムリが、粘液を飛ばしながらモンスターを殺しまくり、目の前でレベルアップしまくっていく光景を見たことある冒険者が何人いるだろうか?

 これだからミミックと戦うのは嫌なんだ。


 とことんまで餓えていて、満足することを知らない。どこまでも自分勝手でしかも相手をあざむくずる賢さまで備えている。まるで人間みたいだ。

 特にモンスターハウスにいるやつは最悪だ。


 けれど、俺たちはわざとミミックの暴走を誘発させた。


「ぐぃるるるぉおおお」


 黒いイボイボが全身に生えた醜怪なオランウータン、象の鼻を中途半端でちょん切ったような顔のオグ・トロールが棍棒を振り回して向かってくる。


「ちぃっ」


 アリザラがすべての命に不吉を運ぶ速度でひらめく。


 棍棒を握った手首と頸椎に切れ込みを入れると、知性のうかがえないオグ・トロールの目が自らの死に驚愕したように見開かれた。


 死はいつだって惨めだ。


 オグ・トロールの不幸を誰もかえりみることはなく、頭部が異様に発達した泥食どろはみと呼ばれる種類のワームが死体を乗り越えて、休む暇なく俺を追い立てる。


 誰の命だって尊重されるべきだ。

 けれどそんなちっぽけな道徳ですら、ダンジョンでは保ち続けることが難しい。


 俺が死んでも、みんな自分のことで精一杯でそれどころじゃあないだろう。

 クソ、人間らしくあるための当たり前がここにはない。だから俺は冒険者なんてやっていたくはないんだ。

 最低限の文化的生活! 倫理! 道徳!


 泥食みを口から肛門まで真っ二つに裂くと、血とも粘液ともつかない茶色い汁が飛び散った。

 ワームの内臓が俺の超能力の障壁にぶつかって、パタ、タ、タ、と音を立てた。


 ちょうど中身が見えるように開きにしたことだし、泥食みのはらわたを漁る。


 触れたくないのでサイコキネシスで魔核を取り出して浮かせると、ミミックの前に放り投げた。

 ミミックは自らを突き動かす餓えの本能に忠実に魔核に触手を伸ばすが、あとちょっとのところで俺は魔核を取り上げる。

 魔核をミミックに渡す代わりに、イースメラルダスの方に投げてやる。


 ミミックはそこでようやくイースメラルダスの存在に気付いたようだった。


 熱を自在に操る火竜の中にある、極上の魔核。


 そしてレイラの刺青に使われた、岩巨獣の魔核にもそそられたのがわかる。


 ミミックはどちらにも触手を伸ばすことにしたようだった。


 影すら焼き焦がす火竜、イースメラルダス/ダンジョンの悪意そのもの、ミミック&モンスターハウスの魔物ども/百戦錬磨の冒険者、白虎の谷with俺とレイラ。


 三つ巴の乱戦だ。


 泥の中で蛇がお互いに喰い合うような、粘々しく、凄惨な殺し合い。


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