第32話 Fuck 荒々しく攻め立てる(1)




 俺は屋根の上から、白い巨人が右手と一体化した大剣を振るうのを見た。


 おいおいおい……これはちょっと、いやその、かなり不味いんじゃないのか?


 ボルゾイの姉妹は台風のような剣戟を紙一重で避け続けているが、それもどうやら限界に近いのが見て取れる。

 体力回復のポーションを飲もうにも、その隙を巨人は与えない。


 二人がかりでその程度、と言うよりは、二人がかりだからまだ何とかなっているというところなのだろう。Aランク冒険者でなければとっくにひき肉だ。


 時間は味方と言ったが、それにしてもちょっと遊び過ぎたかもしれない。


 っていうか、あれがレイラか……。何か隠し玉があるのはわかっていたが、ここまでとんでもないとは思わなかった。


 クタラグも仲間のピンチに気付いた。俺を振り切れないままミーシャとシンシャを助けに行くか迷い、迷いは心に隙を作る。

 人の心の迷いは俺の大好物だ。喜び勇んでこじ開ける。


 鎖を外し、アリザラを無防備になったクタラグの背中に投げつける。


「殺すなよ!」


 アリザラとレイラの双方に向けた言葉だった。


 どいつもこいつも命を軽んじすぎる。

 それとも、俺がひ弱な現代っ子の価値観を捨てきれずにいるのが間抜けなのか。わからないな。


 俺には俺の心を読むことができない。鏡に映し出されたものを注意深く観察することしか、俺には許されていないのだ。


 良心が俺を咎めるが、良心を無視しては生きられない。

 妥協点を見つけなくては。つきあってもらうぞ、俺の馬鹿踊りに。


 アリザラはそんな俺の内心に応えるように、横に回転するとクタラグの足に絡みついて転ばせた。


 バランスを崩して屋根から転げ落ちるクタラグ。

 受け身を取らせないように、サイコキネシスで足を弾いてタイミングをずらす。


 人生は綱渡りだ。

 心を偏らせてはいけない。バランスを取ることの努力を怠ってはいけない。そうしないと、失墜してしまうから。


 クタラグは落っこちた。選択肢を間違えたのだ。俺と無理に戦うべきではなかった。だから仲間も助けられない。


 俺は、誰よりも高いところで踊って見せる。


 俺はサイコキネシスで透明な滑り台を作って、優雅に屋根から飛んだ。

 向かうのはレイラの元だ。


 その巨躯に見合わず、動体視力が追いつかないほどのスピードで動き回るレイラ。白い残像を追うので必死だ。


 ミーシャの横薙ぎを、想像以上に繊細な剣さばきで上から抑え込んだ。

 風断刃がたわみ、土を削るがレイラはそれ以上の抵抗を許さない。


 無理に剣を抜こうとした結果、一手遅れてミーシャの胴にレイラの蹴りが入る――息が吐き出されて声にならないうめき。


 精妙を極めた剣の技は、それ故に力の向きを逸らされるとあらぬ方向に向かってしまう。本来はそれを織り込んだ上での剣術なのだが、ここはレイラが一枚上手だったらしい。


 日本の刀剣術に比べて西洋剣術を軽んじる者もいるが、それは間違いだ。

 長剣を用いた剣術では、互いの剣の刃が合わさった部分=バインドから技が始まる。つまり、相手の剣に触れた瞬間から崩しが始まっているということなのだ。


 完璧なように思われた姉妹の連携も、長時間の戦闘で精彩を欠いてきた。


 半呼吸遅れてシンシャがレイラのすねを削ぎにかかるも、余裕を持って対応される。

 左手の巨大な甲殻で受けられ、そのままの流れでシールドバッシュ。


 シンシャもなんとか当たると同時に自分で飛ぶが、勢いを殺し切れてない。民家にぶつかって背骨を折るぞ。


 仕方なく俺は空中で反転し、水泳選手のターンのように透明な壁を蹴る。


 猛スピードで地面と水平にかっ飛ぶシンシャと民家の間にインターセプト。サイコキネシスの力場を何層もの布の構造で織り、エアバッグのように展開する。


 シンシャがぐったりと地面に伏したのを見て、ようやく一安心だ。


「殺すなって言っただろ、殺すぞ!」


 俺は鬱憤をぶつけるようにレイラに怒鳴った。


「殺しはしない。にして帰すだけだ」


 おっと差別用語~。

 異世界はマジでこういうポリティカルでコレクトネスな部分に全然配慮がなくて困る。文明、本当にちゃんとより良い方向に向かっていってくれよな。


 レイラの全身を覆う白い甲殻は肌と密着しているのか、鎧を着ていた時のように声がこもっている感じはしなかった。


 どちらかと言うと、鎧を着て人間らしく振舞っていた時の方が抑圧された感覚を発散していたのに対し、今の過剰に暴力的な姿の方が自分自身の在り方に納得しているようだ。


 俺は茶化すように口笛を吹いた。


「それがお前の兜を取りたがらなかった理由か。乙女なところがあるんだな」


 諦めたのか、レイラは固く縛っていた心の秘密を開いた。


 レイラに与えられた魔核は岩巨獣オログ・ハイのものだ。岩を喰う怪物だが、高位のものは金属と宝石を主食とし、際限なく大きく狂暴になっていく。


 魔核を砕き、解毒薬と混ぜ合わせた染料で全身に刺青いれずみを施す。それは場所を選ばず、年頃の女の顔にもびっしりだ。


「私は何も恥ずべきものを持たない。アッカーソンの狩人としての責務に誇りを持っている」


「誇りと刺青を見られたくない気持ちは、別にどっちかしか選べないってものでもないぜ。お前は普通だよ、普通。ちょっと頭が固いだけだ」


 レイラの内心に、ほっとして俺に気を許す気持ちと、より意固地になる気持ちが同時に発生した。

 これも矛盾するものではないことを俺は知っている。人間の気持ちっていうのは不思議なものなのだ。

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