第18話 Aブロック一回戦第三試合

『会場、まだざわめきが止みません!それもそのはず、二試合目のあまりにも突然で、あまりにも衝撃的な決着!あれを見て驚くなと言うほうが無理な話です。しかし、試合とは無常なもの、勝ち残ったのは絡新婦!六本の腕を持つ、異形の美悪女が二回戦に駒を進めましたッ!そしてただいまより一回戦第三試合が始まろうとしていますッ!まず入場してくるのはこの妖怪!今、一番アツいロックバンド『怪奇団』のボーカル、朱のぼぉぉぉおん!』


 わぁっ、という歓声が上がり、花道にスポットライトが当てられた。ぶしゅぅっ、という音と共に吹き上げた煙の奥で、カーテンが開く。朱の盆は、あまりの眩しさに、一瞬目を細めた。


『何故!?今!?そういった疑問を口に出さざるをえません!誰もが羨む地位と名誉、それを持ってしてもまだ足りないというのでしょうかッ!』


 夜行さんの実況に、朱の盆は思わず苦笑を漏らす。


(皆、やっぱりそう思ってるんだなァ)


 朱の盆が花道を歩き出すと、突如、ドラムの軽快なリズムが耳に飛び込んできた。

 足を止め、はっとして顔を上げるが、照明が眩し過ぎてそこには何も見えはしない。


(幻聴か……当たり前だ、裏切ったのは俺なのだから)


 もしかしたら仲間たちが来てくれているかも、という淡い期待を持っていた朱の盆であったが、やはりその願いは叶わなかったらしい。


(俺が入場するときには、いつも【百々目鬼】のドラムの音が迎えてくれたな)


 彼ら『怪奇団』のお得意の入場パターンは、先に朱の盆以外のメンバー、ドラムの百々目鬼、ギターの【一つ目小僧】、ベースの【あかなめ】が入場しておき、曲の前奏と共に朱の盆が登場するというものであった。皆が待っていてくれるという安心感の中で、朱の盆はいつも口から飛び出しそうになる心臓をなんとか飲み下し、ステージに上がっていくのである。


(しかし、今日はあいつらはいない。いないんだ)


 あらためて実感する孤独感に負けぬよう、精一杯自分を奮い立たせながら、朱の盆は決戦のリングに向かう花道を再び歩き出した。

 しかし、幻聴は止まなかった。ドラムのリズムに合流するように、ギターとベースの音が続いてくる。それは彼の仲間たちでしか出すことのできない音で、他の誰が弾いても成しえない絶妙の化学反応だ。今一番聴きたい、いつものイントロダクション。


(いい加減鳴り止んでくれ!)


 ここまで来て幻聴などを聴いてしまう自分に腹を立て、朱の盆は硬く瞼を閉じる。急造の闇の中で、突然叱咤の声が耳に届いた。


「いい加減にしろよ、大将!目を開け!そのでけぇ面を上げろ!」


(ま、まさか!)


 ゆっくりと瞳を開け前を見ると、そこにはいつもの顔が揃っていた。


「み、みんな……」


 実況席の横に設けられた特設ステージ。そこにいるのは紛れも無く、朱の盆が夢想した光景だった。


『なんという軽快な演奏!キャッチーな旋律の中にも彼らの音楽性がふんだんに盛り込まれているッ!』


 夜行さんの声に熱が入る。


『紹介しましょう!今夜のスペシャルゲスト!怪奇団のメンバーがボーカル朱の盆の応援に駆けつけてくれたぁぁぁぁぁあ!』


(同じだ!)


 朱の盆が花道を走り出した。残りの花道を一気に走り抜き、ロープを飛び越える。リングに降り立った朱の盆に、ぬらりひょんがマイクを投げて渡した。


「歌え!」


 マイクを受け取った朱の盆は、頷き、そしてメンバーを見つめた。


(いつもと同じだ!これなら……これならいけるぜ!)


『なんと粋な演出でしょう!予想外だが皆どこかで期待はしていました!それでは聴いてもらいましょう!怪奇団、演奏するのは勿論この曲!「妖怪酒場は今日も雨」!』


 一際高いギターの音が鳴り響き、朱の盆は拳を突き上げた。


「ロックンロールッ!」


 朱の盆のシャウトに呼応するように、ドラムが一際強く打ち鳴らされる。

 うねるようなギターリフがそれに続き、ファンキーなベースのリズムが底を支えるように鳴り響く。

 見事に調和の取れた音の塊に、捩じ込まれるように朱の盆の歌声が入り込む。

 会場の妖怪たちは熱狂の渦に飲み込まれ、総立ちだ。

 今、この瞬間、リングはステージとなった。

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