冒涜

 シャワーを浴び、まだ濡れた毛先を覆い隠すようにバスタオルを被ったレベッカは、顔こそ大きな怪我はありませんでしたが衣服に隠された部分の被害が深刻でした。少女の私には見せないようにという配慮でしょう、私が部屋から持ってきた私服の中から、首まで隠せるニットをレベッカに与えたのも理解できます。シャワー室であのときのことを思い出してすすり泣いてしまったと、レベッカは語っていました。

 レベッカの身に何が起こったのか? 少女だった私にもなんとなく察しがつきました。それをなんという罪と呼ぶのかはわかりませんでしたが、レベッカがとても傷ついていることはきちんと理解できました。


 温かいスープをすすりながら、レベッカは掠れた声で話してくれました。両親は私に席をはずすよう促しましたが、レベッカ自身がここにいてほしいと言ってくれました。


 レベッカがレイプされたと聞いたとき、私の目からはらはらと涙が止まりませんでした。レイプというものに対する知識は、不十分と言えました。男の人が女の人にする暴力だと聞いてはいましたが、具体的な被害を知らなかったのです。

 でも、あんなにニコニコしていたレベッカが泣き濡らす罪なのです。それは罰せられるべき、神への冒涜なのでしょう。

 レベッカにはたくさんのボーイフレンドがいました。そのうちの一人が暴走してしまったようです。独占欲の強い男の子に見初められたレベッカは、自らの身体を食い物にされてしまったのです。


「ねえアンゼリカパパ、ママ、教えて下さい。どうすればあの男を地獄に落とせるの?」


 レベッカの掠れた怨嗟の声が、三月七日からずっとこびりついて離れないのです。目を赤く腫らし、見えない部分に二度と癒えない傷を負ってしまったレベッカ。涙ながらに復讐を訴える彼女が駆け込んだ場所はしかし、隣人愛を説く教会だったのです。両親はもちろん、ボーイフレンドを地獄に落とす方法を教えることはありませんでした。


「祈りなさいレベッカ、そうすれば神様が君に微笑んでくれる」――そう両親が答えたときの、レベッカの絶望に染まった顔。私には忘れられません。そしてこのとき、私は神への愛を一度捨てました。


 私がやるしかない。私にはそう思えてなりませんでした。レベッカのご両親にはこのことは話すつもりはないと彼女は言いました。両親を悲しませたくないとのことでした。だからこそ、家族ぐるみの付き合いをしていた私たちを頼ってくれたのに、教会の神父として人徳もある父に頼ってくれたのに。神に身を捧げた私の両親は、残酷なほどに模範的でした。

 なればこそ、レベッカを救えるのは私だけなのだ。私が彼女を泣かせた男を地獄に落とすのだ――寒い三月七日、私は神の教えよりも唯一無二の親友を選んだのです。


 私はレベッカの話から、彼女に無体を働いた男の名前を聞いていました。ジョン・L・ウォーカー……口が悪いけど男友達には好かれる、よくいる乱暴者の少年です。わがままで、欲張りで、でも羽振りがいいときはご機嫌で。気ままな王様みたいな彼は、女子からの評価は最低でも男子には受けがいい性格をしていたのでした。

 ジョンを呼び出すのは簡単でした。少し女を見下す癖があった彼は、私の誘いに二つ返事でのってきたのです。まるで告白でもするかのような誘いは、本当は反吐が出るほど嫌だったけど、レベッカのためよと私はきつく言い聞かせました。


 レベッカのためなら、私は一人の男を地獄に落としても構わない。家族同然の存在であるレベッカを傷つけた、その罪を私は決して許さない。たとえあまねく愛を説く神のしもべであったとしても、私はいまこのときだけは従うことができません。

 神よ、ああ神よ、私欲のために手を汚す私を、


 ***


「……突き落としました。彼を、まだ少年だった彼を、私は階段から背中を押したのです。ジョンは呆気にとられたように一瞬だけこちらを見て、けれど踊り場に落ちてからはぴくりとも動かなくなりました」


 シスター・アンゼリカは努めて淡々と語る。きっと胸の奥には激しい憎悪の炎を燃やしていたのだろう。彼女の大切な親友を傷つけた果ての、俗世にまみれた美しい友情物語だ。僕はシスターに同情することはしない。ただ、シスターの話を静かに聞いていた。


「私の罪は、誰も知りません。ジョンは下半身不随となって植物状態……私の罪を証明する唯一の男は、口を開けないのですから。ゆえに私は彼を殺そうとしたにも関わらず、一切とがめられることなく今日まで生きている」


 これが、シスターが最初に言った「見逃し続けている」罪、なのだろうか。今の話を聞いたところで、僕に彼女を裁くことはできない。するつもりもないけれど。シスター・アンゼリカの自白ひとつでは今の話が真実か、それとも誰かを守るための偽証か、判断などできないのだから。

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