バナナ的な何か

ふぁ〜あぁ。

 大きなあくびとともに目を覚ます。

気持ちの良い日差しが顔を撫でた。

 こんな朝も悪くない。

さあて、予定もないし、なにしようか。

そうだ、とりあえずテレビでも見ようか。

 天井からテレビへと顔を向け、右手には横のテーブルの上からリモコンを探らせる仕事を与えた。

 しかし、リモコンらしき感触は見当たらない。

なかなか見つからないなあ、と思ったとき、ふと何かを掴んだ。

獲物を捕らえたまま、従順な右手は俺の顔の前まで運んでくれた。


ん?これはバナナだ。そんなばかな。


「俺バナナなんかいつ買ったっけか。」

まあいい、今はリモコンが最優先だ。

 身を起こすのも億劫だったが仕方ない、直接探すか。

ゆっくり体を起こしながら、テーブルへと視線を移す。

「う、うわあっ!?何これ!?」

 情けない声が出てしまった。いやいやお恥ずかしい。

それより、テーブルだ。昨日寝るときには確かリモコンとケータイしか置いてなかったはずだったが、今はバナナが山積みに置かれていた。

 何本かはテーブルから溢れ、床で腹筋しているみたいになっていた。

 ゴリラの恩返し…は心当たりがないな。

寝ているうちに誰かが部屋に来たんだろう。でもなんでわざわざこんなにも?

 ほどほどに情緒を乱すが、とりあえず何本あるか数えてみよう。

数えた。192本あった。バカじゃないのか。

 それに気づかない俺もだいぶおかしいな。

どうしようこれ。いや、それよりも何か盗まれてないか確認だ!

 ベットから腰をあげ、部屋のドアを開け、家中を確認しに行かなきゃ。

でも、事態は俺の予想をはるかに超えていた。

 「お、おい。どうなってる?ふざけるなよ!」

俺の部屋は外開きのドアになのだが、どういう訳か1センチばかり開いただけで、それ以上ドアは開かなかった。

 力を込めるたびに変な音がする。

ミチミチミチィ…。ミチミチミチィ…。

どうやらドアの向こうに何かがあって開かないようだ。

 狭い隙間をなんとか覗き込み、音の正体とドアが開かない理由を突き止めた。



 バナナだった。


 異常な量のバナナが俺の部屋のドアを圧迫していたんだ。

でも部屋の向こうはリビングのはず。これほどドアが開かないってことは、リビングもバナナにやられているんだ。

 やばい。バナナがやばい。こういう場合どうすれば良いんだろう。

そのとき、ふと窓に目がいった。

 窓から射す朝日が俺に道を教えてくれた。

幸いここは1階だ。とりあえず窓から出て状況を確認しよう。

ガチャ

 窓を開けた。気持ちの良い日光だ。ごきげんよう。

それまで感じたことのない多幸感が胸を埋め尽くす。

 でもそれも一瞬だった。

俺の部屋に射していた光の正体は、太陽なんかじゃなかった。

 一体誰が予想できただろう。



バナナだった。


バナナの滑らかな皮が、艶やかな光を放ち、俺の滑らかな額を燦燦と照らしていた。しばらく口が塞がらなかったが、ゆっくりなんてしていられない。

 窓を開けた衝撃で、大量のバナナが部屋へと流れ込んできた。

それはまるで濁流のごとく、雪崩のごとく、そして皮を剥かれたバナナのごとく、勢いを増しながら侵入してきた。

 バ、バナナに殺されるっ!!!

腕が、足が、胸までもがバナナに自由を奪われた。

 くそ!これ以上バナナに奪われてたまるものか!!

この状況を変えるべく、必死で従順だった右手に指令を与える。

 なんでもいい…。何かこのバナナの奔流を止められるものを…!!

そのとき、右手の親指と中指が何かを掴んだ。

 もうなんでもいい!俺に力を貸してくれ!!!



バナナだった。


当然である。周りにはバナナしかないのだから。

でもこのまま黙ってやられる俺じゃない。

 必死で親指と中指を動かし続けた。途中、バナナが口に入ることもあったが、そこはなんとか食べきった。

 意識が薄れゆく中、ついに俺の右手は偉業を成し遂げた。

感覚だけで分かるんだ。バナナの皮を剥いてやった。


「へっ。ざまあみろ…。」


 最後の言葉だった。それ以降のことは何も覚えていない。


気がつくとあたりは薄暗くなっていた。

 どうやら知らないうちに寝ていたらしい。

「夢…か。そりゃそうだよな。」

 Tシャツは汗でぐっしょり濡れていた。バナナであんなに汗をかくなんて。

でも夢でよかった。とりあえず、今何時か知りたいな、と思い天井に視線を向けたまま、右手にケータイを探す仕事を与えた。

 なかなか見つからないな。でももうバナナだってありゃしないさ。

そのとき、何かを掴んだ。

 がっちりと獲物を捕らえた右手は嬉しそうに俺の顔へ成果を差し出した。










           きゅうりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る