第46話 何をいまさら

件のお客様の席に、いち早くフォローに行ったうてなだったが

『雨月のビール持って来て、雨月呼んで』と追い返されてしまった。

こうなっては仕方がないので、しぶしぶ席に着いた。


『お久しぶりです。いただきます』と

ビールを飲んだ。

グラスビールの店だったので、一気に飲み

『ごちそうさまです』と言って席を立とうとしたが

すぐに『おかわり持ってきて』と。

・・・・・

『まだ怒ってる?』

『どうしたら許してくれる?』

『食べ物じゃ来てくれないからタバコ買って来たよ?』

『好きだって言ってたワインも買って来たんだよ?』

『・・・なんで泣いてるの?』

私は泣いていたのだ。

悲しいのか嬉しいのか苦しいのか、

とにかく色んな感情が一気に押し寄せてしまって

何も言葉も出ず、泣いていた。

うてながビールを運んで来て

『今日は、私が店回すから』と言って席を離れた。

こんな日に限って、私が着かなくてはならない席はなかった。

私が着かなくてはならない席がないから、こんな事になってるのか。


泣きながら無言で、お客様方のお酒をつくった。

『話したくなったらでいいから、なにか言って?』

話したくなければ話さなくてもいいのか?と思った。

『どうしたら許してくれる?』

結局、答えなければならないのか?と思った。

『別に、怒っていないし、許すも許さないもないよ』

そう言うのが精一杯だった。

『嘘ばっかり・・・何度呼んでも席に着いてくれなかったじゃん』

・・・・・

『もう許してくれた?』

『何も話さずに決めてごめんね』

何をいまさら言ってるのだろうか、この人は、と思った。

『でも雨月が帰る家は、私の所でいいんだよ?』

何を言ってるんだろう、この人は、と思った。

この2か月ほど、私を困らせていたタダ酒のみのお客様方は

春さんと坂本さんだったのだ。

すべてが今更で、どうでもいい気分になってきた所を

上手く捕まえられてしまったのだ。


『さっきも言ったけど、怒ってないよ』

『席に着かなかったのも深い意味はないよ』と言ったが

『嘘ばっかり~』と笑っていた。

店もお客様が引けて来たので、早めに店じまいする事にした。

『まだ私達がいるのに?』と不満そうだったが

『1円にもならないお客をお客様と私は認めてない』と言った。

『えぇー、ジョージが飲んでいいって言うから飲んでるんじゃん』

と坂本さんが口を挟んだが閉店作業をし、店は閉めた。


『まだ飲み足りないのに~』とごねる2人を

私は別の店に連れて行った。

そこは、最近、深夜営業をしている店で私の行きつけの店だった。

上手く丸め込まれた感は否めないが

春さんは、そうやって、また私の保護者のように戻ったのだ。






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