第29話 百合からの報告

火曜日。

若店長は早上がりでひとっ風呂浴びてビール片手にようやく一息つこうとしていた。


「最近……」


母の百合が 夕飯の支度を終えてテーブルにつくなり話し始める。若店長は煮魚をつつきながらテレビを見ていた。


「紫ちゃんと仲良いね。特別に……」


一瞬だけ芳樹の手が止まったのを母は見逃さない。

息子は顔も向けないが、百合はニヤニヤ顔がとまらない。


「進展しているようだし、この間のお見合いの話……お断りしたからね」


芳樹は首だけで頷く。まだ持ってたのかと呆れる。


「花屋の娘さんだから、これ以上無い良いお話だったんだけどね……。

紫ちゃんのお家は……結構堅いお家だから……、もめるかもしれないよ」


「……紫ちゃんには……、高校卒業後にうちで働いてもらうことにしてます。住み込みで……」


「えっ! あんた達そこまで話決めてるの? 大丈夫なの?」


「僕たちの意思だけは……大丈夫です」


若店長は口角をニヤリと上げて笑う。


「あら、ごちそうさま」


百合はコロコロ笑い声を上げて息子の幸せを喜んでいた。



「ところでさあ……、如月さんの事、花屋の伝手で調べてもらったらさぁ……」


若店長の目はすでに驚きで見開いていた。母がそんな事をしているとは寝耳に水だった。


「まさかの……『きぼう』に繋がっているんじゃ……」


「そのまさかよ。びっくりするような事だから話してるのよ。

如月さん、『きぼう』の作出者のひ孫さんにあたるらしいわ」


若店長はあまりの偶然にア然と口が開く。髪をかきあげると頭を抱える。


「信じられねぇ……。こんなことって………」


「ひ孫といっても分家の血筋にあたるらしいから……『きぼう』の花をうちがもらってたなんて知らないと思うけど……」


若店長は考えを巡らす。


雨森家の中庭を盗み見ていた如月の姿。

『きぼう』の白いバラの花に魅かれた如月。


偶然———?


必然———?


「因縁だ……」


若店長の呟きに百合も頷く。


「如月は知ってるのかな? その……」


「州おじいちゃんの報われない恋のこと……ね。いくらなんでも知らないと思うけど……、四代も前の秘密の恋の話しよ。うちは引き継いでるけどね。『きぼう』と一緒に……」


「それは、まあ……『画家の花屋』に繋がることでもあるし、後世に伝えたいことだから……」


話しながら若店長の中に訳のわからない不安がわきたってくる。


憧れた人は友人のもの。実らない恋をした祖父。想いを『きぼう』のバラに託して……。


若店長はティーシャツを着ると店に出て行こうとする。

もうすぐ六時。如月が来る時間だった。


「芳樹……」


「ずっと……不安だった……如月が紫ちゃんを取っちゃうんじゃないかと……今も……。母さんの取ってきた話しでその不安の原因がわかった。

如月とは因縁があるんだ。遠い遠い昔からの……あいつは大切な人を奪っていく略奪者の血を引いてるんだ」


「待って、芳樹」


店に出て行こうとする若店長を百合は一喝して止める。


「如月さんの関心は新田さんのような男性よ。」


「わかってるよ、それくらい。如月がゲイなのは……、でも、何か知らないけどずっと……不安で仕方がないんだ」


「因縁があるなら……ゲイの如月さんが好きなのはあなたよ。紫ちゃんこそがさしずめ二人の仲を切り裂く友人かしら?」


「はあ? いやいやいやいや……母さんも紫ちゃんもいい加減にしてくれよ」


「あんた親の私が言うのもなんだけど、いい男だからね。そっちの人にも人気はあると思うわよ」


百合はニヤニヤ笑っている。

若店長はげんなりと大きなため息をつくと急いで店頭へと向かった。



「紫ちゃん……」


「あら? 店長、どうされましたか? お休みでしょう?」


そう紫が言った時、六時きっかりに如月冬哉がいつものように現れた。


「???」


画家の花屋の三人に凝視され如月は思わず立ち止まってしまった。


「あの……、バラを……」


「はい、いつものですね。新田様から預かっております」


何も知らない紫はいつものようにキビキビ動いて一輪のバラの花束を如月に渡していた。


優しく笑う紫と恥ずかしそうに口元だけで笑う如月の二人を見ていると妖精の国にでも迷いこんだんじゃないかと錯覚する。


「如月……」


珍しく若店長は如月に話しかける。


「へんなこと聞くけど……うちの中庭にあるバラの名前……おまえ、知ってるのか?」


「えっ?」


若店長と百合は如月の反応に一瞬で安堵した。


如月は全く知らない。


バラの名前も、遠い昔のモノクロの恋物語も。

先祖の因縁がまだお互いを引きつけていることも……。


「子供の頃に親戚の家によく似たバラがあったのは覚えているんですけど……でも、そこももう花屋とかしてなくて……バラもなくなったみたいです」


「そうなの……、残念ね」


百合が心底憐れんで答える。


遠い昔に創出されたバラは今、雨森家の庭でひっそりと咲いている。貴重な存在として。


「あのバラがどうしたんですか?」


如月が若店長を見上げてきた。その目が真剣に彼を見据える。


(因縁……か……)


「いや、なんでもないよ。新田さんから君が特に気に入ってるって聞いてたから……。

『きぼう』って言う品種名なんだけどね」


「『きぼう』……素敵な名前ですね。俺もいつか店長さんの所みたいな庭を作りたいと思ってます。また、参考までに見てみたいんですけど……」


そう言う如月に若店長は首を振って答えた。


「悪いけど、あの庭にはうちの者しか入れないことにしてるんだ。大切なバラがあるから、盗られたくないんでね」


「あ——、そうですよね」


若店長のかたくなな拒否宣言に如月がたじろぐ。


「店長さんが大切にしているものを……」


如月はチラリと紫に視線を投げ、


「とったりしませんよ」


そうねめつけるように若店長を睨みながら言ってきた。にらみ返す若店長。

息子の冷たい態度に百合が後ろでため息をついていた。


(この子は……何を不安がっているのかねー? 紫ちゃんはあんたにほれてるのに……)


紫も若店長の態度には驚いていた。いつもはどれだけでも優しい人が如月だけには冷たい。


(あんなに如月さんのことは何とも思ってないって言ってるのに……冷たいんだから……ヤキモチにしては変……)


紫もそう思う。


如月が帰ると二人は一緒になって若店長の態度に文句を言うことになった。


「なんで僕が怒られなきゃならないわけ?」


若店長は小さくなってすごすごと家に引き返すともう一本ビールをヤケ飲み始めた。自分でもわからない何か———。


それがもう近くに来ていたのを気づけるわけもなかった。






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