第29話涙の幕引き


 穴を、知りませんか。


 この恥ずかしさから逃れるための、深くて暗い穴。




 見られた。ルイス隊長に。

 しかも、よりにもよってこんな…

 あたしがクロさんを襲っているみたいな状況を……

 

 ……いや、実際に襲おうとしていたのだが。


 耐えられない……

 なにこの親に見られてしまったような感覚……!



 しかしクロさんは、自身の顎に手を当てると、



「きゃーん☆レンちゃんに襲われるーぅ」



 黙れぇぇええこれ以上事態を悪化させるな!!


 その口を塞いでやりたい気持ちを抑え、あたしは即座にベッドから飛び降りる。


「た、隊長……もう歩き回って大丈夫なんですか?」


 直前までの事をなかったように、あたしは平静を装って尋ねる。

 …誤魔化したいわけじゃない。本当に、心配なのだ。


 すると隊長は、いつもの人の良さそうな笑みを浮かべて、


「ああ、問題ない。むしろ前より元気になったくらいだ。やっばりフェルの魔法はすごいな。ありがとうよ」


 なんて。

 久しぶりに会うその人は、変わらない声と笑顔で、爽やかにそう言う。


 その言葉に、ズキンと胸が痛んだ。


 違う。違うのに。

 あたしなんかを拾ったせいで、同盟国であるはずのフォルタニカに付け狙われ、戦うことになってしまったのに。

 あたしの魔法は治癒じゃなくて、本当は……

 あなたたちを、殺してしまうかもしれなかったのに。


 なのに、この人は。

 それも全部含めて、全部知っていて。

「ありがとう」と笑うのだ。



「……ごめんなさい」



 あたしには、そう言うことしかできない。

 そんな言葉では片付けられないようなことをしてしまったのは、わかっている。

 けど……


 しかし隊長はなにも言わずに。

 静かに笑って、頭にぽんと手を置いてくる。

 その安心感に、また涙が溢れてくる。



 捨てられたわけじゃなかった。

 むしろ、ずっと守られていた。

 一体この人は、どこまで優しいのだろう……



 涙が一筋、頬を伝った……

 …………のと、同時に。



「ちょっと。僕のレンに触らないでくれる?」


 パシッ、と隊長の手を振り払い、感動の再会をぶち壊したのは。

 ベッドに置いてけぼりをくらった、クロさんだった。


 ……この人は、本当に雰囲気クラッシャーだな。


 しかし隊長は肩をすくめて、


「はいはい、悪かったよ。やっと手に入れた、大好きな『レンちゃん』だもんな」

「うるさい」


 そう言って、クロさんはそっぽを向く。

 隊長は「あはは」と笑ってから、


「それじゃあ、あらためて。フェルはロガンスに一緒に来る、でいいんだな?」


 あたしに向き直って、尋ねた。

 するとクロさんもその横にずいっと並んで、


「聞くまでもないよ。ね?」


 なんて言ってきて。




 夢だった。


 隊長や、この隊のみんなが暮らす、優しい国。

 敵国の民の命まで救おうとする、大きな国。


 そこで暮らせたのなら、きっと幸せなのだろう。


 そして。

 その隣にクロさんがいてくれるのなら、それはもう、最高に……



 ……でも。


「……本当に、いいのでしょうか?だって、あたし……危険な能力を持っている。また暴走したり、他の国から狙われて、争いになったりしたら……」


 今度こそ、みんなを死なせてしまうかもしれない。

 そんなの、耐えられない。

 こんな怖い思いをするのは、もうたくさんだ。


 だったら、あたしは……

 この国に残ったほうが……





「だから?」



 しかし。

 そんな考えをぶち破ったのも、やっぱりクロさんで。



「そんなのどうだっていい。僕と一緒にいたいの?いたくないの?」



 そんな、シンプルな問いかけをしてくる。

 答えの決まりきっている二択問題を、投げかけてくる。



 もし、そんな単純な考えで。

 自分のわがままだけで答えることを許されるのなら。

 あたしは。あたしは。




「…………っ、いっしょに……いたい……っ…」




 涙を零しながら。

 心から、そう訴えた。

 

 目の前の二人は、ニッと笑って顔を見合わせると、


「なら、決まりだな」

「ほら」


 クロさんが、両手を広げる。

 おいで、と手を広げる。



「帰りたいって言ったって、もう帰してあげないんだからね」

「…………………はいっ!」



 その胸に、あたしは。


 思いっきり、飛び込んだ。




 * * * * * *



 ──そして、その二日後。


 長きに渡り人々を苦しめ続けたこの戦争は、終結した。

 あたしの生まれ育ったイストラーダ王国の敗戦という形で。


  戦に勝ったフォルタニカ共和国とロガンス帝国との間に結ばれる条約がどれほど不利な内容になるか、国民は固唾を飲んで見守っていたが。

 それは、当初囁かれていた内容よりも、大いに譲歩されたものとなった。

 つまり国民の人権は、安全は、守られたということだ。


 あたしは、恐らくロガンス帝国が働きかけてくれたのだと思っている。

 フォルタニカの過激な提案を、ロガンスが止めてくれたのだと。


 それから、あたしにはもう一つ……

 いや、二つ、懸念していることがあった。


  一つ。稀少な精霊保持者であるあたしを取り込もうと、再びフォルタニカのやつらが襲ってくるのではないか。


  二つ。襲撃してきたジェイドら二人をクロさんが廃人にしてしまったのだが……今度はフォルタニカとロガンスの戦争になりはしないか。


 しかし、その懸念はすぐに払拭されることとなる。

 間諜であるクロさんが直々に、いろいろと探りを入れてくれたのだ。

 その結果、稀少な精霊保持者を集めようとしていたのはフォルタニカ軍の中でも内乱を企てている連中だったらしく。



「次に手を出してきたら、クーデター起こそうとしていることを国にチクるよ?そしたらフォルタニカ・ロガンスの強国タッグが君たちをフルボッコにするだろう。もっとも……その前に僕が、こいつらと同じ目に合わせるけどね☆」



 と、精神を壊され廃人と化したジェイドたちを突っ返したそうだ。

 その話を聞いて、この人が敵じゃなくて本当によかったと、心底思った……震え上がる相手さんの表情が、目に浮かぶ。



 という具合に、クロさんもルイス隊長も戦争の後処理に追われた忙しい日々を過ごし。



 諸々が落ち着いたのは、結局それから一ヶ月後のことだった。

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