第49話甘口ワインと酒精強化ワイン
「わぁ、“貴腐ワイン”だぁ!」
沙都子は黄金色をしたワインを手に取り、興奮した声を上げた。
たしかソレは一番値段が高いやつ。
「貴腐ってなんなのね?」
「貴腐ワインってのはね、主にフランスのボルドー地方ソーテルヌ地区で生産される甘口ワインでね! ボトリレスシネレア菌っていう、これカビの一種なんだけど、これがブドウの果皮に付くと果皮を溶かして穴をあけるんだけど、その穴ってのが小さいらしくて、水の分子程度しか通れない穴らしくて、そこかっら水分だけが抜けて、果汁だけがブドウに残って干しブドウみたいになって……」
「うにゃー! そういう難しい話は勘弁ね! これは美味しいのね? 値段が高いだけの価値はあるネ!?」
クロエが声を荒げると、沙都子は我に返った様子で目を見開いた。
「ご、ごめんね……貴腐ワインで、良いものなんて初めて見たから興奮しちゃって……」
「サっちゃんがエクシゼッションする位、良いワインなのネ!?」
「う、うん! 貴腐ワインは限られた環境下でした生産できないからすごく貴重だよ! しかも甘いけど、酸もしっかりしていて、すんごく美味しいんだよ!! って、クロエちゃん、前に一緒に貴腐ワイン飲まなかったけ?」
「ホワッツ?」
そういえばなんか甘いワインを母親の母国で飲んで、お土産に買って来て、どこかで飲んだような……あんまり興味がないので、あまりにも興味がなさ過ぎて記憶にございませんの、クロエなのだった。
「まぁ、良いネ。こっちはどうなのね?」
次いでクロエは長細い瓶に入った甘口ワインを沙都子へ見せた。
「わぁ! 今度は“アイスワイン”! しかもカナダなんて、凄い凄い!!」
「あいすわいん? これ冷たくないネ?」
「ワインが冷たいんじゃなくて、自然と氷結したブドウを使って作られるから“アイスワイン”っていうんだよ!!」
「自然に、凍結? ぬぅ?」
「寒い国や地方の朝は氷点下になるらしいの。もちろんブドウもかちんこちん。そんなブドウを収穫して、醸造したのがアイスワインなんだ! クロエちゃん、チューチュー棒とかポッキンアイスって知ってる?」
「ソーセージみたいな見た目の、毒々しい色のアイスのことネ?」
「あ、うん、まぁ……あれってさ、チューチュー吸うと、甘い味だけ吸っちゃって、最後に氷だけが残っちゃったなんて経験ない?」
そういえばそんなことがあったような無かったような。ちなみに田崎家のアイスといえばハーゲン〇ッツが標準である。
「アイスワインに使う果汁はまさに、そのチューチュー棒の甘い部分だけを取り出して作ったワインのことなんだ! ドイツが一番有名なんだけど、カナダのものも最近すごく有名なんだ! 前に流行ったドラマでも取沙汰されて、凄く注目を浴びてるんだよ!」
わかったような、分からないような。とりあえず、アイスワインとは良いワインであるのは間違いないらしい。
「えっと次は……」
沙都子は目をキラキラさせながら、次のワインを手に取る。さすがはソムリエ試験を受けようとしている沙都子さん。彼女のワイン愛は相当なモノらしい。
「
またまた沙都子はまるで魔法の呪文のような言葉を口走っていた。
「これどうなのネ?」
「これも美味しいよ。ポルトガル原産のワインだね。でもアルコール度数がちょっと高いから注意が必要だね。これブランデーを添加してるんだ」
「ワインへ? ブランデーを? ホワイ?」
「元はワインの保存性を高めるためにブランデーを入れたのが始まりなんだ。発酵途中のワインへブランデーを添加して、発酵をわざと止めて、甘さを残す」
「なるほど……だからフォーティ――アルコールを加えてお酒を強くする……だからフォーティファイドワインなのね?」
「そうそう! こっちも同じ酒精強化ワインなんだよ!」
沙都子は四本目の少し黒みがかったボトルを掲げて見せた。
「それは知ってるネ。"マディラ”ネ? よくステーキとかハンバーグのソースを作る時に使うネ」
「さすがお料理上手なクロエちゃん! マディラソースをちゃんと作るだなんて凄い凄い!!」
「ヤマトナデシコなるもの、マディラソースぐらい常識ね。グラヴィティブラスト発射ネ!」
「ぐらびてぃぶらすと……?」
どうやら沙都子はこの手の話題には疎いらしい。寧子ならばすぐさま反応するのにと……と思いつつ、それを口にすると沙都子の気を悪くすると思って、これ以上は何も言うまいと決めたクロエなのだった。
「で、マディラはどんなワインなのネ?」
「ポートと同じでブランデーを添加した上で、意図的に熱を加えて、酸化させてるの。ポートよりも香ばしい香味と、爽やかな酸味が特徴かな?」
ようはマディラはポートの親戚のようなもなのだと、クロエは解釈する。
「わわっ! こ、これって!!」
最後に取り出したワインを手に、沙都子は今日一番の嬉々とした声を上げていた。
ラベルには漢字で大きく“人のような名前”が書いてあった。どうやらこのワインは“五郎”という名前らしい。
昔よくテレビに出ていたと聞く、中国人料理人のような苗字が五郎の前にあるのは、どういうことか。
このワインは中国人なのか、日本人なのか、どっちなんだ? そもそも違うんじゃ?
「そんなに興奮するものなのネ?」
「うん! だってこれ日本のやつだもん! しかも……へぇ、こんなの山梨にあるんだぁ……! 知らなかったぁ……」
「ちょっと色が黒いけど赤ワインなのネ?」
「そうそう! 赤の酒精強化ワインだよ! 製法はポートワインと一緒みたい!」
スマホを片手に、五郎さんの詳細を読み上げつつ沙都子は興奮しているのだった。
とりあえず沙都子のおかげで、クロエが間違えて大量に買ってしまったワインは以下と判明した。
凄く貴重で高いらしい――貴腐ワイン6本。
凍結ブドウの凝縮された果汁のみを使った――アイスワイン6本。
ブランデーを添加して甘さを残した――ポートワイン12本。
ポートワイン的なものを意図的に酸化させた――マディラ12本。
そして和製酒精強化ワイン――五郎さん12本。
敵は分かった。ならば次に考えねばならぬことは作戦である。
「ここでサっちゃん、相談ネ! ワタシ、こんなに飲めないし、いらないネ! だけどできたらお金回収したいネ! 何か良いアイディア無いネ?」
クロエが包み隠さずそう聞くと、沙都子はニッコリ笑って、
「そういうと思って、ラフィさんに相談したらお話聞いてくれるってさ」
「らふぃさん?」
「バイト先のワインバーの店長さんだよ!」
かくしてクロエは愛車のミニクーパーをかっ飛ばす風に、手寧に運転して、駅前にある【ワインバー:テロワール】を訪れる。
そして待ち受けていた可愛らしくて、結構ボンインボインな店長の菅原ラフィさんは……
「全部買ってあげても良いよ?」
「リィウリィ!?」
乗っけからの最高の提案に、クロエは思わず声を上げた。
「うん! 代わりに捌くの手伝ってくれる? クロエちゃんはお料理得意なんだっけ?」
クロエは迷わず"ウィ!"と答えるも、一緒に居た沙都子は何故か苦笑いを浮かべていた。
「よし! じゃあ宣伝するから写真撮ろうね!」
と、素早く寄ってきたラフィさんはスマホを掲げて一枚パシャリ。
そのままSNSへの投稿を始める。
【甘口ワインフェア本日から開催! 売り切れたらごめんなさい! 美女三人でお待ちしてまーす!】
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