第40話いろいろなロゼワインと、甘酸っぱいナポリタン
「ロゼワインの製法には
佐藤が得意げに造りの話をすると、
「と、なると、白ワインと同じ造り方を、黒ブドウでやるってことですね?」
「そう、それ! さすが!」
佐藤の賛辞に寧子は顔を僅かに朱に染めて、笑顔を浮かべる。
半年前まではワインの”ワ”の字も知らなかった寧子の成長ぶりに佐藤は感心する。それ以上に、好きな人と好きなことで会話できるのが楽しく、胸が高鳴り続けている。
「じゃあ混醸法ってのは赤ワインと白ワインを混ぜてロゼにするですかね?」
「あー、それは基本的にヨーロッパじゃやっちゃだめなんだ。まぁ、シャンパーニュやドイツじゃやるらしいけど。ともかく、ロゼワインの製法としてはあんまりメジャーじゃないみたいなんだ」
「なるほど。となるとセニエと直接圧搾の違いが気になるですねぇ……」
「ちなみにフランスだとセニエは主にボルドーやローヌ、ダイレクトプレスは南仏のプロヴァンスが有名……」
「うにゃぁぁぁー!!」
突然クロエが奇声を発した。
佐藤と寧子は思わずのけぞった。
「ワインの話ばっかでつまんないネ! ワタシ除け者ネっ!」
「あ、あ、あ! ごめんです、クロエ! どーどー」
「辛口のワイン飲めないネ……ネコちゃんと一緒できないネ。ワインなんて嫌いネ……ネコちゃん特製のナポリタンだけで良いネ。ひっくっ……」
「ああ、もう泣かないですぅ! 一人ぼっちにして悪かったですからぁ!」
じんわり青い目に涙をためたクロエを、寧子は必死に宥めていた。
佐藤も佐藤とて、クロエを忘れて夢中で寧子と話してしまったいたと反省する。
そうしてワイン棚へ視線を移し、無我夢中で一本のロゼワインを手に取った。
「た、田崎さん! 甘口のロゼワインもあるんだよ!!」
佐藤は鮮やかなバラ色のワインが詰まった扁平型のボトルを差し出す。
「クロエ! 甘いですってよ! 一緒に飲めるですよ!! 佐藤さん、このワインどんな味なんですかっ!?」
寧子は必死な形相で聞いてくる。しかしクロエは全く興味がないのか顔を伏せたまま。
だがしかし、この種を撒いたのは誰がどう見ても佐藤である。
責任とらねば男じゃない!
「こ、このワインは”マテウス”っていってポルトガルの微発泡ワインなんだ! 爽やかな果実の香りと優しい甘みが特徴で、えっと……そ、そうだ! ”アスティスプマンテ”みたいに飲みやすいワインなんだ!!」
「アスティ……?」
クロエはそう呟いて、泣いて目元が真っ赤っかになった青い瞳を向けてくる。
いつも何かと喰ってかかってくる、凶暴な印象のクロエ。黙ったら一変、上等な人形のような可愛らしく、しおらしい少女に早変わり。
意図せず佐藤のチキンな心臓が跳ね上がったのである。
「やったですね、クロエ! アスティみたいなら一緒に飲めるですよ! しかもお安いから買えるですよ!!」
寧子も寧子とて、必死に【ポルトガル産中甘口微発泡ロゼワイン:マテウス】の置かれていた棚を指差す。お値段は900円代。確かにお買い得である。
「WOW! それワタシ買うネー!」
さっきの愛らし、しおらし、どこへ行ったのやら。
クロエは佐藤の手からバラ色のワインが詰まった扁平ボトルをひったくる。
「アスティ……ネコちゃんとのメモリアルティスト……ぐへへ」
もう大丈夫な様子だったが、別の意味でマズイ世界に飛んで行ってしまったらしい。
「佐藤さん、ありがとです。さすがです」
寧子はクロエに気を使って、小声で礼を言って来た。
「せっかくだから辛口のロゼワイン飲んでみたいのです。何か選んでもらえますですか?」
「お、おう!」
佐藤は高鳴る鼓動を堪えつつ、ロゼワインの棚へ向かった。
そして棚から”南米で有名な動物の絵柄が描かれた、チリ産のロゼワイン”を取り、差し出す。
「これワンコインだけど辛口で旨いぜ。ブドウ品種はカベルネソーヴィニョン。造りは良くわかんないけど、セニエのような気がする」
「そうですか。ありがとです。佐藤さんのお墨付きならきっと満足できるですね!」
寧子が微笑み、佐藤の心臓は今日一番の跳躍を見せた。
顔も耳も熱い。でも全然悪い気分じゃない。
「そ、そういえばなんで今夜はナポリタンなんだ?」
「ネコちゃんファミリーの秘伝ネ! 奥義ネ! フィニッシュブローネ!」
「ただお母さんが教えてくれたナポリタンを作るだけなのです。そんな立派なものじゃないのですよ」
●●●
「石黒さんのナポリタンかぁ~……」
佐藤の口の中へ、甘酸っぱいナポリタンの味わいが、イメージとして広がった。
特に珍しい料理ではないはずなのに、今日はそれがとても特別なものに思えて仕方がない。
佐藤はバイト終わりにOSIROでロゼワインを買い、今夜はナポリタンを食べようと、コンビニへ向かってゆく。
ロゼワインは奮発して南フランスプロヴァンス地方のものにした。
どうやらこのワインを作っているワイナリーは”超有名なハリウッド俳優夫妻”が所有しているらしい。
寧子やクロエに紹介したロゼワインよりも色合いが淡く、開花したばかりの桜の花びらのような色を呈している。
評判も上々で、リリース初年度はあっという間に売り切れてしまったという一本。
4000円位して、財布が痛いのは確かだった。でも、今日ぐらいは良いものの飲みたいと思い今に至る。
「佐藤さん!」
コンビニの手前に差し掛かった時、弾むような声が聞こえた。
佐藤は飛び跳ねるように踵を返した。
「い、石黒さん!?」
息せき切らせて、顔を真っ赤に、包みを持った寧子がそこにいた。
「や、やっと掴まえたです。はぁ~……」
「掴まえたって、なんで……?」
「これをですね……わわっ!?」
包みを差し出した寧子がよろけた。
佐藤は思わず手を差し出す。
佐藤よりも遥かに小さな寧子が、彼の腕の中へすっぽり収まった。
なんたるラッキーか。いや、チキンな佐藤の心臓は破裂寸前。
「あ、ありがとうなのです!」
「ど、ど、どうしたんだよ!? もしかして酔ってる?」
「あはは……面目ないです。やっぱ飲んで走っちゃダメですね」
寧子は酔いのためか、なんなのか、とにかく顔を赤く染めて佐藤の腕から離れた。
そして改めて、手にした包みを差し出した。
「今日、いろいろ迷惑かけたお詫びと、いつもワインを選んでくれてるお礼です!」
佐藤はずっしり重みを感じる包みを受け取った。
「これは?」
「えっと……ナポリタンです。ちょっと作り過ぎちゃって。ごくごく普通のものなので、大したものじゃないのですけど、よかったら……」
きっと他意はない。寧子の言葉はその通りで、佐藤でもそれぐらいはわかる。
だけども――
「ありがとう。丁度、俺もナポリタンでロゼワインを楽しもうと思ってたんだ!」
佐藤は正直な気持ちで礼を伝え、寧子は嬉しそうに笑ってくれた。
今はそれで十分だった。
きっとこのナポリタンはどんな高級料理よりもおいしく、今日のロゼワインに合う筈。
(いつか、石黒さんとナポリタンを食べながら、ロゼワインを飲めたら良いなぁ)
甘酸っぱい想像が胸いっぱいに広がる佐藤なのだった。
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