第37話決戦! コルク栓vsようじょ!【後編:いざ抜栓!】

 まずはソムリエナイフから【刃】を展開する。それを瓶口にあるでっぱりの下へ押し当てる。

刃をぐるりと一周させるか、半回転を二回ほどして、キャップシールに切れ込みを入れる。

今度はその切れ込みから垂直にキャップシールへ切れ込みをいれる。


 そうすると丁度逆さのTの字のような切れ込みが入る。後は切れ込みの間へ刃を差し込んで、キャップシールをはがせば、瓶口に収まったコルク栓が現われる。


 ここで一旦、布で瓶口をふき取る。キャップシールの屑がワインへ入らないようにするのだ。

 この時、瓶口にカビが生えていることがある。しかしこれは”良い保存状態”だったことの証なので、劣化ではない。適正な温度と湿度で保管されていたからこそ、こうなるのである。

布で綺麗に拭き取れば全く問題は無い。むしろ期待値があがる。


 閑話休題。


 ソムリエナイフの刃をしまい、今度は中ほどに収納されているスクリューを展開する。

刃の反対側にある金具を立てれば準備は完了。


 スクリューの先端をコルクへ添える。この時、まずはスクリューの先端を中心へ、上向きに添える。

そして時計とは反対回りに捻りながら、スクリューを立てる。

こうするとほぼ真ん中にスクリューを押し当てることができるのである。


 あとはそのまま怯えず、時計回りにソムリエナイフを回してゆく。

 三分の二程スクリューが刺さった段階で、展開した金具を折り曲げ、瓶口の淵へ段差を当てる。

その段差を押すようにソムリエナイフへ上向きの力を込める。するとコルクが少ない力で持ち上がってくる。


 しかしここで一気に抜くのではない。


 ある程度コルクが浮き上がったら、スクリューの残り三分の一をねじ込み、芯を通す。

そして再度、金具を瓶口へ押し当て、更に抜いて行くのだ。


 短いコルク栓ならこれで抜栓は完了。最も良い方法は、最後の段階で、コルクを手でそっと抜くのだ。

この時に音を立てないのが、良いソムリエの基本。”ポン”と音を立てるのはあまり宜しくは無い。



 以上が、基本的なコルク抜栓の方法である。


●●●


 と、そんなネット動画を何回も見て、イメージトレーニングを重ねた寧子さん。


「さぁ……やるです! やってやるです!!」


 1Kアパートに気合の籠った声を響かせ、ブリスターパッケージから封印されし、エクスカリバー……じゃなくて、黒いソムリエナイフを開封する。

 真新しいソムリエナイフは新品独特の煌めきを放っている。ラベルがボロボロなワインとは対照的だ。


 早速、第一の難関キャップシールを攻略すべく、刃を立てる。


「うぬぬ……ぬぅー……! か、硬いですぅ~……!」


 新品のためか刃がなかなか立たたなかった。試しにスクリューと金具を展開してみたが、やっぱり硬い。

まかさの展開で出鼻を挫かれてしまった。

しかし戦いはここからが本番。屈するわけには行かない。


 一旦スクリューと金具を収納し、気持ちを切り替えキャップシールへナイフを押し当てた。


 動画で見た通り、瓶口のでっぱりへ一回、二回と半周で切れ込みを入れる。


「あれ? 切れてるですか……?」


 なんだか切れ込みが浅いように見えた。もう一回。今度は切れ込みが少しずれた。更にもう一回。

なんとかそれらしい切れ込みは入ったが、なんだかぐにゃぐにゃ曲がっている。


 やはり”見る”と”やる”とでは全く違った。一発で綺麗に切れ込みを居られれる沙都子や松方さん、数多のソムリエの方への畏敬の念が沸き起こった。


 次いで垂直に切れ込みを入れる。これは一発で綺麗にできた。そうしてキャップシールをはがしてみると。


「カビ、ですっ!!」


 コルクと瓶口にはうっすらとカビが生えていた。何も知らなければ販売会社へクレームを言っていただろう。しかしワインにおいて、こういうカビは”最適な保存環境にあった”という証である。むしろ喜ぶべきこと。

 寧子は乾いた布で、キャップシールの細かい屑とカビを綺麗に拭き取った。


 さぁ、ここからが本番! いざ螺旋の力を解放する時!


「うぬぬ……ぬぅ~!」


 硬いスクリューと金具を展開し、それだけでなんだ指先が疲れた。しかし指の疲れなどなにするものぞ!


 動画の通り、スクリューの先端をコルクの中心へ上向きに添えた。

そして勢いよく、反時計回りをさせながら”えいやっ!”とスクリューを立てる。


「あ、あれ? これでいいですかね?」


 勢い余ったのか中心から少しずれているように見えた。でも、動画ではこれで中心に刺さると言っていた。

外れているようにみえるが、なんとなく中心のような気もする。


 薄い胸の奥で小さな心臓が激しく鼓動し、指先が震える。緊張か、はたまた怯えか。

しかし臆するわけにはいかない。ここまで来たのだから引き返すわけにはいかない。


 すべてはワインを口にし、人生をより豊かにするために。


 寧子は勇気を燃えがらせる。


 勝利の鍵は勇気だ! 勇気に勝る力は無い! 勇気があればなんでもできる!

コルクも抜ける!


「喰らうです! これがわたしの……エクスカリバァァァッ!!」



”ズンッ!”効果音が鳴りそうな勢いで、寧子はナイフを時計回りに回した。


 手ごたえは――妙に軽い!?


まるでスポンジのようだった。こんなものなのか? もっと硬いと予想していた寧子は拍子抜けする。それにやっぱりちょっと中心から外れているような気がする。


 良いのか? このまま進んでも良いのか? いや、勇気だ! 勇気があればなんでもできる! コルクも抜ける!


 臆せず、恐れず、勇気を胸に寧子は、殆ど手応えが感じられないコルクへスクリューをねじ込んでいった。


 難なくスクリューは三分の二までコルクに入った。慎重に金具を折り曲げて、段差を瓶口へ向かわせる。


「ッ!?」


 瞬間、コルクに刺さっている筈のスクリューが少しグラついた気がした。いや、多分、そういう気がしただけだ。問題ない。


 新品の固い金具に難儀をしつつも、予定通り、瓶口へ金具の段差を当てることができた。


 後は段差を押すように力を掛ければ良いだけ。ソムリエナイフを握りしめ、寧子は力をかける。


「ッ!? こ、これは!?」


 コルクではなく、スクリューが少し持ち上がった。コルクから少し屑が盛り上がってきた。

 これはどんな状態だ? このまま進んで本当に良いのか?


 いや、勇気だ! 勇気があればなんでもできる! コルクも抜ける! 問題ない、筈!


 もう一度力を籠める。少しコルクが浮き上がった。だけどスクリューも浮き上がってきた。

さすがにこの状況はマズいと寧子でも思った。


 セオリーから外れてしまうが仕方がない。臨機応変な対応こそが、状況を打開することは良くある、らしい!


 寧子はスクリューの残り三分の一を差し込むといった決断をした。

 抜けた分も含めて、全ての螺旋がコルクに収まった。

すると今度は金具の段差が瓶口に引っかからなくなった。これは誤算だった。迂闊であった。

しかし角度を変えれば問題ない筈。新品でかなり硬い、ナイフに苦慮しつつ、角度を変える。


「うわぁ~っ!?」


 コルクの中でスクリューが動いた。コルクの表面に亀裂が走った。しかし角度変更によって、金具の段差は瓶口にぴったりと付いた。


 いや、勇気だ! 勇気があればなんでもできる! コルクも抜ける! 問題ない……たぶん!


 慎重な手つきで、ソムリエナイフへ上向きに力を掛ける。

コルクは持ち上がらず、代わりにスクリューが浮き上がった。またこのパターン。

しかし一度あることは二度あるし、三度もあろう。恐れる必要は無い!


 寧子は一旦ソムリエナイフから手を離した。


 手汗を拭い、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。部屋の静寂に身を委ね、尖り切った精神を落ち着ける。


 片手で片目を塞ぎ、前髪を少し掻き揚げるポーズを取る。

 これはかつての寧子の戦闘準備態勢。ただの石黒寧子から”漆黒ノ魔術師シュヴァルツカッツ”に変心するための大事な儀式。


「くふふ……ふっはっはっは!」


 そしてこれが重要、不適で大胆な高笑い。ピンチの時こそチャンス! 華麗なる逆移転劇を演じるためのファンファーレ。


 ここは寧子の結界内。ここは寧子の世界。この場では寧子が主であり、最強。この場の絶対君主。寧子の言葉は絶対服従の力を持つ。故に全ては寧子を中心に回っている! のだと思いこむ。


「さぁ、覚悟するです! シュヴァルツカッツ――石黒寧子が命じる! コルク栓よ、抜けるでぇぇぇすっ!」


 寧子は叫びと同時にソムリエナイフへ飛びつき、己が力を信じて力を込めた。

そして――!!

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