チャプター4:ようじょの危機! わたしワインが開けられない!?

第34話ようじょの危機! わたしワインが開けられない!? (と、アッサンブラージュ)


「くふふふ……ぬふふ……か、買っちゃったです! ついにやっちまったでぇす!」


 自宅のアパートにて、まるでいけないものを買ってしまったかのような、怪しい笑みを浮かべた寧子さん。だけど別に怪しいものを買ったわけじゃない。


 炬燵の上に乗っかっていたのは、ラベルがところどころ汚れている、赤いワインを封じた”いかり肩のワインボトル”だった。


【1997年ヴィンテージのボルドー赤ワイン】――お値段はなんと4000円ちょっと。十年以上も経過したワインがこんなにもお得に! 最近はこうしたお買い得なものも出回っているらしい。お気軽にヴィンテージワインをというやつだ。

 暇があればワインの通販サイトを見て漁る寧子は、このアイテムを即決して、ポチッとし、さっき自宅に届いて今に至る。


(ボルドーでこの価格帯のワインですから、メルロが主体ですかねぇ?)


 プティリオンよりも圧倒的にお買い得なコレは、梶原さんのアドバイスを思い出すに、メルロが主体なのだろう。

ずっとこの主体という意味が気になって調べたところ、ボルドーワインの最大の特徴が、”複数品種をブレンドする”ということだった。



 使用されるブドウ品種はカベルネソーヴィニョン、メルロがほとんど。そこへ時たまに、カベルネフラン、プティベルド、マルベックといった良くわからないぶどう品種をバランスよくブレンドしているのだそうだ。

 全てが均等では無く、基本的にカベルネか、メルロが七割程度を占める。


これをフランス語では【アッサンブラージュ】というらしい。


 だからこそ梶原さんはボルドーワインに対して「メルロ主体、カベルネ主体」という言い方をしていたのだと判明したのである。


 しかし今日の寧子の興味は、【アッサンブラージュ】に対してではない。


 ついに寧子は自分の財布からゲーム以外で4000円ほど出してワインを買ってしまった。スマホゲーなら約ガチャ10連、DLC《ダウンロードコンテンツ》のならばお釣りがほぼ来て、コミックならば全巻制覇ができるものもある。

食費に換算すれば寧子にとっては四日から五日分に相当する4000円。


 そんな金額を、たった一本のワインに替えてしまった! ほんの数時間で消費してしまうものに高いお金を払ってしまった。しかも、目の前にあるのは自分よりも遥かに年上なワイン。


 興奮この上無し。ワイン好きとして、階段をまた一つ昇ってしまった。

後悔は全く無い。だっておそらくこのワインは、彼女へまた新しい驚きと発見を与えてくれるはずなのだから。


「さぁ、私に新しい世界を創造させるのでぇーす! その力を我の血肉に変えるでぇーす!」


 かつての中二病が再発してしまったことも気づかず、寧子はワインへ向かう。

そこに至ってようやく、はて? と気付くことがあった。


「そういえば、これってどう開ければ良いですか……?」


 思わず零してしまった独り言。

確かにこのワインには”キャップ”に相当するものが見当たらなかった。

代わりに瓶口をぴったり赤い何かが覆っている。


 そういえば――沙都子はソムリエナイフの刃で、この赤い何かを切っていたような。ソムリエの松方さんも、赤い何かを切った後に、螺旋状のスクリューを刺して、そして梃子の原理で”コルク栓”を抜いていたような。


 対するこれまでの寧子はどうだったろうか?


 自分で買ったワインは全て道具無しで、手で開けられる”キャップ式”のものばかりだった。スパークリングワインも手で簡単に開けられた。

 思い出してみれば、コルク栓は沙都子に開けて貰ってばかりだった。

自分で”コルク栓を開けたことなど一回も無かった”


「えっと、もしかして私、このワイン開けられらない……?」


 瓶口を押しても、引いても、抓っても、絶対に開けられない。

 そもそもコルク栓を開ける道具さえ持っていない。

 トンカチならある。ならば、瓶口を割ってしまうか? いや、そんなの危ないし、絶対にダメ。


「やっちまったです……最悪です……!」


 orzな寧子さん。

迂闊であった。まったくもって盲点であった。今の寧子は、せっかく買ったワインを開けられない。味わうことができない。香りを嗅ぐことすらままならない。だけど、すぐさま持ち前のバリバリ体育会系な精神が、背中を押す。


 諦めたら試合はうんたらだ。倒れたって、立ち上がればいいじゃないか。

できないならば、できるようになるまでだ!


「そうです! 開けられないなら開けられるようにするだけです! 簡単なのです! 単純なのです!」


 大・復・活した寧子さんは立ち上がる。


「待ってるです、ワインさん! 貴方を絶対に私の血肉に変えてやるでぇーす!」


 寧子は炬燵の上に佇む、遥かに自分よりも年上なワインへ宣戦布告する。

 ワインがまるで厳しい修行を課す仙人に思え『ふぉっふぉっふぉ。やれるものならやってみなさい!』と言っているような気がした。


 かくして寧子の新しい戦いが始まった!

何と戦うかはよくわからないのは、ここだけの話である!

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