009 『撃墜王レッド』

 姫先輩の車を見えなくなるまで見送っていると、突然ぬっとノ割が視界に割り込んできた。


「なんだよ、びっくりするだろ」


「そこの鼻血を出したムッツリスケべに言うけどね」


「誰がムッツリスケベだ」


 鼻血=ムッツリスケベなんて方程式は、この世には存在しない。


「保健体育だけ成績いいんでしょ」


「それはムッツリーニだ」


 いやまぁ、保健体育の点数が低いと言ったら嘘になる。割と得意ではある。もしかしたら、一番得意かもしれない。クーパー靭帯という単語がパッと出るくらいには得意だ。


「そこのスケベさんに忠告してあげるけどね」


「だから俺はスケベさんじゃない」


 と、否定はしてみたものの、ノ割は気にも止めずに話を進める。


「姫先輩に告白なんてしたら、こんな顔されるわよ」


 そう言ってノ割は、少し見下した感じで蔑むような表情をしてみせた。ノ割はなんていうか、表情で色々表現するのがやたらと上手い。


「アレか、恋愛とかは一種の気の迷い的なアレなのか?」


「そうね、恋愛とか、そういうのにまったく興味ないみたい。『恋愛小説はつまらない』ってよく言ってるわ」


「よく分からないな」


 まぁ、恋愛なんてした事がないから元々分からないのだけども。


「それから、今度は鼻からじゃなくて、口から血を出すことになるわよ」


「……どういうことだ?」


「姫キックはバッドをへし折るわ」


「姫先輩こわっ!」


 バッドをへし折るのは、確か––––空手だった気がする。空手の演武でそんなのがあった気がする。

 ダイナマイトボディな姫先輩なわけだけれど、そのダイナマイトとは、ギリシャ語の方の『力』という武力的な意味だったようだ。

 まぁバッドが弾けるという意味では、正しい意味でのダイナマイトボディなるのだが。

 なるのだが。

 まぁ、それは置いておいて。

 とにかく、見た目と中身にギャップがありすぎる。

 世界一の美少女なのに、中身は––––なんだろう、可愛くはない。

 決して、「こんにちはっ、姫ちゃんでーすっ」みたいな感じで軽快で、可愛らしく、一昔前のぶりっ子のような人でいて欲しかったわけではないけれど、愛想が良くて、元気な感じの人なのかなとは思ってはいた。

 姫ちゃんは動画で一言も喋らない。だから、その声や性格を見た目から判断するしかなかった。


 ––––可愛い外見ならば、可愛い性格だろうと思い込んでいた。


 だがその外見でさえも偽りであった––––あったのだが、まぁいいと思う。

 俺は、化粧に対してそこまで知識が豊富なわけでもないのだけど、最終的に可愛くなるのなら、それは可愛いだと思う。


 姫先輩は可愛い。超可愛い、世界一可愛い。そのことに疑いの余地はない。


「鼻の下伸びてるわよ」


「鼻血が固まって鼻の中に張り付いてるんだ」


「あっそ……」


 ノ割に指摘され咄嗟についた嘘だが、結構上手い嘘だった。

 ノ割はガバンから、何かを取り出して俺に寄越した––––メイク落としだ、シートタイプの。


「俺は化粧なんてしてないぞ」


「鼻を拭きなさい、ウエットなシートだから少しは取れるわよ」


 どうやら、俺の嘘に対して気を使ってくれたようだ。

 でも、鼻の付け根あたりが少し張ったような感じがするのは本当なので、俺は一枚貰って鼻の付け根辺りをサッと拭いた。


「ありがとう」


「別にいいわよ」


 俺は先程も述べたが化粧に知識がない。だが、メイク落としという物は持ち歩くものなのか?

 普通は化粧ってのは、家で落とすものなんじゃないのか?


「ノ割は学校で化粧を落とすのか?」


「どうしてそうなるのよ」


「だってメイク落とし持ち歩いてるし」


「あぁ、これは姫先輩用なのよ。あの人たまに忘れるから」


「姫先輩は学校で化粧を落とすのか?」


 学校っていうか、外で化粧を落とすのか?

 詐欺メイクをしている人ってのは、すっぴんを見られるのは恥ずかしいっていうイメージがある。


「さっき落としてたわよ」


「いつだよ?」


「ハルが部室から出て行った時」


 うん? 部室から出て行った時?

 いや、あの時は化粧を落とすのではなく、化粧をしていたはずじゃないのか?


「いや、化粧をしていたんだろ」


「そうね、化粧をしていたわね」


「なら、どうしてそれを落とすんだよ」


 そう尋ねると、ノ割は手をパーにして俺の眼前に突き出した。


「……ちょっと、会話が噛み合ってない気がするわ」


「はぁ?」


「少し待ちなさい」


 そう言ってから数秒後に、ノ割は眼鏡を外してから自身の目を指差した。


「どう?」


「いや、どうって……」


「ぱっちり二重でしょ」


 全国の女性が羨ましがるほどのぱっちり二重である。ちょっとツリ目だけど。


「いや、二重なのは分かったけどさ、それがなんなんだよ?」


「見てなさい」


 ノ割はまぶたを少し上側に引っ張ってから、瞬きをした。すると、ちょっと目が細くなった。なんだか、キツい印象を受ける。


「こんな感じよ」


 意味が分からない。どんな感じだ。二重が一重っぽくなっただけじゃないか。


「姫先輩もおんなじ事をやってるのよ」


「いや、どっちかっていうと逆の事をしてるんじゃないのか?」


「普通は多分そうね、でも姫先輩の場合は違うのよ––––小さい目の方が詐欺メイクなの」


「……すまん、意味が分からない」


 本日何回目の意味が分からないだろうか?


「端的に言うと、ワザとブスになってるって事よ」


 つまり、シジミ目から大きな瞳になる詐欺メイクではなく––––大きな瞳からシジミ目になる詐欺メイクというわけか。なんだそれ、なんのメリットがある。

 その話が本当なら、彼女は最初からメイクをしなくても可愛いという事になる。


「……なんでそんな事をするんだ?」


「可愛いってのはね、メリットもあるけどデメリットもあるのよ」


「それは実体験か?」


「話したこともない男子から告白をされた事ならそれなりにあるわ」


「………………」


 贅沢な悩みだとは思うけれど、人の悩みは人それぞれだとは思う。背の高い人が電車のつり革に頭をぶつけているのを見たことあるしな。


「ちなみに、あたしはそんな男はごめんだわ」


「ある程度お互いを知ってからってやつか?」


「それもあるけど、宝くじが当たったら感覚でそんなことされたら、どう思う?」


 絶対に成功しない告白––––でももしかしたら、なんて思ってしまうのは分かる気はする。

 だが、そんな朧げな気持ちで想いを伝えられても––––困る。


「いい気分はしないな」


「だから、中学の頃のあたしのあだ名は『撃墜王よ』」


「お前極端なやつだな!」


 レッド・バロンかよ。赤い眼鏡はそういうことだったのかよ。


「誰一人としてあたしを落とす事は出来ないのよ。難攻不落なのよ、あたしは」


「自慢する事じゃないだろ……」


「男子のLINEなんて、あなたしか登録されてないわ––––鉄壁よ」


「それは流石に嘘だろ?」


 そう聞くとノ割は、急に思い出し笑いのようなものをした後に、(そう思ったのは、少し間を置いてから笑ったからだ)誰かの真似をするようにこう言った。


「今の話は全て嘘だ」


「どっちなんだよ⁉︎」


「そんなのどうでもいいって事よ」


 今までの前振りは一体なんだったのだろうか……。


「マジックの本当の楽しみ方って知ってる?」


 話が急に飛んだ。姫先輩のように会話が飛ぶのではなく、ちゃんと話が飛んだ。まぁ、付き合うけどさ。


「確か、騙された方が楽しいってやつか?」


「そうよ」


 目の前で起きた不思議な現象のタネを暴いたり、探ったりするのもマジックの楽しみ方ではあると思うけど––––ただ、それを「おぉ」と歓声を上げて「ブラボー」と拍手をして、目の前で起きた不思議な現象を楽しむのも––––あえて騙されるのもマジックの楽しみ方の一つである。

 そう考えるのなら詐欺メイクの動画とかも騙されるのか楽しいと言える。そこにある、「えー、こんなに変わるの⁉︎」なんていう驚きを楽しむわけで。

 ならば、姫先輩の本当の目が大きなぱっちり二重だろうが、小さなシジミ目だろうが、先程も言ったが、やっぱりそれは可愛いということに変わりないわけだ。

 でもそんなことは、俺にとっては些細な事なのだと気がついた。


 だって俺は、大きなおっぱいが好きなのだから。


「………………」


 胸は本物なのかなと、また一つ疑問が生まれてしまった。

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