5話—4 禁断の永久機関 クロノギア

 数字の名を冠する獣ナンバー・オブ・ザ・ビーストの力の源泉は、体内にあるクロノギアと呼ばれる震空物質の結晶であり――

 そのコアが宿主の霊的な力を反応変換によって、高次霊量子エネルギーとして精製凝縮……そうして生み出された純霊量子を糧とする機関です。

 それは光にも魔にも属さぬ……と言うよりは、その中央である属性の中立ゾーンを高めて得られる力と言われています。


 さらにそこから物理空間へ放たれるエネルギーは、宇宙を構成する純物理エネルギー—―光や魔という、属性的な制約を受けないと言う点が特徴でもあります。


 それだけの力を霊量子機関によって起動させた結果、厄災と呼ばれるほどの禁断の破壊を生む——そこに数字を冠する獣が、地球の歴史上最悪の化け物と呼ばれる所以ゆえんを含んでいるのです。


『これは予想外ですわ。すでにこれだけの深淵を配置していたなんて……レゾンお姉様!』


『ああ、こちらでも確認した!屠るぞ、テセラ!』


『うん!けどレゾンちゃん……地球に着いたばかりの時、相当な力を使ったでしょ!?そこから充分な魔法力マジェクトロン回復は見ていないはず——無理しないでね!』


『それは心得ている!言わばこれはだ……そこを踏まえて支援を主体に立ち回る!』


 武蔵から響くカミラはんの声に反応したテセラはんとレゾンはん。

 ウチの〈数字を冠する獣ビースト・クォーティア〉に追従する様に、〈魔導王女マガ・プリンセス〉と〈煉獄黒竜帝ブラックドラゴン・インフェルノ〉がスラスターから気焰を吐き空を駆けます。


 現在この地上で謎の霊力結合阻害を受けた桜花おうかちゃんとアーエルちゃん——さらには焔ノ命ほのめちゃんと言う主戦力が軒並み戦闘不可能に追い込まれる中……頼みの綱は魔界勢の、阻害の影響を受けていないメンバーが中心となります。


 しかし魔界勢も、先に駆けつけ深淵を大量に屠った事が影響し……充分な魔法力マジェクトロン回復が見込めない状態なのです。

 光の霊力満ちるこの地球に於いては、魔王クラスになった魔界勢で初めて……ある程度の戦闘や生存が可能となる——その旨はテセラはんからあらましを聞き及んでいました。


 そう——図らずともこの状況に、唯一最大の力を発揮出来るのはウチだけだったのです。


「深淵の数はかなりの物……おまけに先に確認した飛翔する蛇身体も混じっている!若菜わかな、あの蛇身体はかなりの戦闘力を有しているぞ!?」


「確かに!私もちょっと、あの個体は撃ちあぐねたぐらいだよ!まずは様子見を——」


「ああ、大丈夫おすえ?二人とも。せやから二人は支援——特に周辺の町や大橋への被害軽減……よろしゅう頼みますえ?」


 背後にそびえる瀬戸大橋——その下を潜り、既に戦闘態勢の武蔵が海原を進みます。

 その1km先で戦線を張る私達は、眼前で行く手を阻む深淵を睨め付け突破するための策を出し合いますが——まずは自分が先陣を切らねばならぬのは、ハナから想定済みでした。


 それに……皆には話していない事実——ウチにとっての戦闘とは、皆の常識範囲を軽々超える戦いを指します。

 体内の厄災を抑えながら故、ある程度の時間制限がかかりますが……インターバルを挟むことで、その負荷を軽減出来るのです。

 つまりはそのインターバルを得るタイミングで、テセラはんとレゾンちゃんの支援が必要になる訳なのです。


「では、八汰薙 若菜やたなぎ わかな……推して参りますえっ!!」


「ちょっ……若菜わかなちゃん!?いきなり一人でつっ込んじゃ——」


 何よりもそれはお母様に埋め込まれた厄災の因子——その欠片に記憶された戦闘術そのものであり……

 ウチはそれを——

 化け物と呼ばれた獣の力を制御しながら。


「ほならまずは小手調べ行きますえ、ビーストはん。システム解放——超高速霊量子演算起動……敵対象機動範囲及び各種攻撃に於ける射程・弾道軌道算出——」


「さあ……どこからでもかかって来なはれ!深淵の尖兵はん!」


 コアである厄災の因子が起動し、ビーストが有する霊量子演算システムがウチの視界……網膜内へ、算出されたあらゆる演算の解を視覚的に且つ立体的に映し出す——

 これこそウチのお母様に宿った恐るべき力の一端。

 ウチは今、自らの意思でそれを解放します。


 あまねく生を穿つとされた禁断の獣を……世界へと放つ様に——ウチは蒼き世界で立ち上がる狼煙を上げたのです。



∽∽∽∽∽∽



「これ……何が起きてるの!?若菜わかなちゃん……敵の攻撃が全然当たって——ない!?」


「いや待つし!?それは流石におかしいし!?これは当たってないとか、そう言う事じゃ——」


 霊力結合阻害によって、指を咥えて待つしかない最強の当主桜花聖霊天使アーエル

 その二人が、赤き超戦艦武蔵ブリッジ内モニターへ釘付けとなっていた。

 聖霊天使は事の全容を知りえなかった……が、最強の当主は触り程度は聞き及んだはずである。

 しかし眼前のモニターに映る獣宿す令嬢若菜の動きは、完全に常軌を逸していた――

 否……


 ブリッジ内でのデータ観測も可能とする赤き超戦艦。

 そのデータ観測上では、モニター内の獣宿す令嬢の舞う戦闘行動――その超常の記録が数字の羅列となって計測され続ける。

 の深淵の尖兵の攻撃……その全てが無かったかの様に回避されていた。


 信じられぬモノを見た表情で思考停止した二人の少女へ、優しきSPが今がその時と全容を語りだす。


「驚くのも無理はないでしょう……むしろ今のアムリエルお嬢様の解が、もっとも近いと言えます。今若菜わかなお嬢様が行使している力は元来、その母君であるユニヒ様には遠く及ばず――」


「しかし確実に魔法少女マガ・スペリオル・メイデンシステムによる増幅と制御にて、それと同等の行使を可能としている。あれは言わばなのです。」


「負の……?」


「到達点……?」


 SPより語られる言葉に思考へ疑問符を躍らせる二人へ、続く解を提示したのは――

 メガネだけではない……二房のお下げの結いを解いたストレートヘアーの舞う、獣宿す令嬢のSP沙坐愛さざめであった。


「技術と言う文明の可能性……その妄執に駆られ、狂った科学者が辿り着いた境地。手を伸ばすべきではない、生命の禁断の領域を目指した結果が――お嬢様の母……ユニヒ・エラ様の生命と機械を融合させた究極の化け物の姿。」


 以前の姿からは想像だにできぬSPを見た聖霊の天使と最強の当主が、違う方向で声を失うも――凛々しき双眸のまま美しきSP沙坐愛は語る。


数字の名を冠する獣ナンバー・オブ・ザ・ビースト――備わった無限に近い新陳代謝機能と、超常の自己修復機能……さらにはこの物理世界に於けるあらゆる法則を、霊量子演算機能による超高速データ解析を通して精密観測――」


「予見や予言など遠く及ばない……――あまねく宇宙の物理法則の全ては、演算にて計測が可能であると言う理論を究極へと突き詰めた……人類最悪最凶の生物兵器が、あの数字の獣ビーストの正体です。」


 少女達も覚悟はしていた。

 だが語られるは、あまりにも残酷な定め。

 だが——である。

 だからと言って彼女達の想いは何ら変わらなかった。


 眼前のモニターで舞うは愛しき友人に他ならない……変わるはずが無い。

 その慈愛の意思が、赤き超戦艦ブリッジにて爆発する。


「獣がどうしたし……今あそこで戦ってるのは若菜わかなだ!それに何の違いがある!?いや——違いなんて存在しない!そうだろ、桜花おうか!」


「ふふ……まさかアーエルちゃんから、若菜わかなちゃん擁護の発言が飛び出すなんて——」


「なっ!?わ……悪いか!?」


「ううん……逆だよ?まさにその通り……若菜わかなちゃんは私達の大切なお友達なんだから。そこに何の違いも無い――違いなんてあるはずも無いよ。」


「ありがとうございます……桜花おうかお嬢様。そしてアーエルお嬢様。」


桜花おうか様……アーエル様。若菜わかなお嬢様は、この様な素敵なご友人に囲まれて——だからこそ、過酷過ぎる定めに向き合おうとなさっておられるっしゅね。なれば——」


 溢れんばかりの慈愛がブリッジへほとばしり、重きを語ったSP達も安堵の表情で慈愛溢れる少女達を見やる。

 そこへ呼応する様に、黒髪人形少女サクヤが獣宿す少女への労わりの言葉を紡ぐと……次いで視線が己の主を見定める。


 日本人形の様な黒曜石の瞳へ、諭す想いをいっぱいに乗せ——


「……なれば焔ノ命ほのめ様。あなた様も訪れたる因果——見定めねばなりませぬっしゅ。あの御津迦みつか様が、何故なにゆえこの様な事態を引き起こしたのか……。八咫やた家表門次期当主としてあの方に——その真意を問い詰めましょうぞ。」


 激しく焦燥に揺れる舞姫焔ノ命の心を、正しくこの世へ繋ぎ止めるため……揺るがぬ面持ちで語る桜舞う国津神コノハナサクヤであった。

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