帰還、天楼の魔界より

3話—1 砕けた鏡は牙を剥く

 定番となったうどん店へ訪れた、ささやかな一悶着も落ち着いた頃——すでに食事を終えたお嬢様一行は、はんなり令嬢若菜のために楽しめる娯楽施設選出に頭を悩ませていた。


「って……本当によお考えたら、カガワって——遊べる所があらへんな……(汗)」


「今更おすな(汗)せやから言うたやん……。」


「アセリアが言ってたのも分かる気がする。……ここ——見紛う事無きド田舎だなぁ……。」


「アーエルはん——やったっけ?それはストレート過ぎるわ……。もうちょいオブラートに包んでんか……(涙)」


 英国令嬢アセリアと比べるまでもない、歯に絹を着せぬ会話の断罪天使アーエル——地球防衛大戦時からすれば、口調が数段大人しくなってはいるものの……一般的にはキツイ物言い——

 初対面且つ、慣れぬ舞姫焔ノ命からすれば痛烈に尽きる言動に映っていた。


「ではお嬢様方、この様なプランは如何でしょう。こちらは今後の事も踏まえ、輸送機の臨時発着場等確保のため……各所へと連携交渉の依頼に赴く必要があり——」


「いずれは、数カ所へ別行動も取る必要がある事からも……各車に乗り合わせつつ——先々までのドライブを楽しむと言う形で。どうですか?」


 遊ぶ行く宛に悩むお嬢様達へ、優しきSPから提案が提示される。

 が……事の事前交渉であれば、通信回線による交渉で事足りる所——その地まで任務車両での移動と言う点に疑問を抱くはんなり令嬢が問いただす。


「直接行かなあかんの?」


「ええ……。なにぶん我らは、この都の地形に知識不足を感じております。東都心トウキョウでは、元々人造魔生命災害バイオ・デビル・ハザード以前から整備された幹線道路があり不足は感じませんでしたが……この前時代の面影色濃い片田舎の道路では、任務上の車両運用もままならない。」


「特に緊急走行エマージェンシー・ランディング警報など出そうものなら、一般の民がライフラインを寸断されかねぬ故……それを踏まえ、使用可能な幹線道路を吟味する必要があります。いかな緊急時と言えど、我らはあくまで——警察や救急隊とは同義ではありませんので。」


「ふ~ん。て言うかあぎとさん、さらっと今田舎って——」


「事実に基づく考察の結果です。そこは邪険にされません様に。」


「うへぇ~~切り返しが鋭い!参りましたっ!」


「ははっ……そこは流石にあぎとはんやな~~。沙坐愛さざめはんとはえらい違いや。」


「お、お嬢様っ!?そこで私を出さないで下さい~~!」


 抜群のやり取りを見せる草薙の主桜花優しきSP——対するはんなり令嬢とドンくさいSP沙坐愛もすでにいつも通り……緩やかな日常が戻りつつあった。


「あの~なんか私……置いてきぼり感が、パナいのですけど……。」


「ははっ……そこは精進あるのみですね、ハルさん。」


 すでに家族然とする宗家組が醸し出す馴染んだ雰囲気に、まだ新参であり……分家へ組み込まれたばかりの見習いSPハル嬢は、経験の乏しさから完全に成り行きに乗り遅れ——

 カスタムマシンチーム協力者である、眼鏡の好青年カズーに慰められていた。


 画して一行は、各任務車両に乗り合わせ——しかしドンくさいSPが駆る、深淵の名を持つ車両には当然誰も乗車せず……それぞれインカムを所持し車両間のドライブがてらの会話を楽しむ方向で落ち着いた。


 優しきSPのRX‐7へ舞姫と、狭い場所が落ち着くと舞姫の従姫サクヤ

 新参SP見習いのインテグラには、小さな当主とはんなり令嬢。

 英国要人車両のBMWには英国令嬢とお付きのメイドシャルージェ

 そして……カスタムマシンチーム協力者のRX‐8には断罪天使。


 一人悲しくマシンを駆るドンくさいSPは、そのまま優しきSPの車両を追う。


 しかし——そこへ……音もなく忍び寄る因果の綻びは——着実に、日常を享受する幼き者達を脅かして行く。

 その引き金が、あろう事か——


 そこにいる誰もが……想像だにしていなかったのだ。



∽∽∽∽∽∽



 そこはカガワの都上空——小さな影が遠見の方術を使い、目標とする者を見定めていた。

 纏う衣は既存の魔法少女が備える者とは程遠く——無理やり霊力操作で作り上げた強引さが伺えた。

 古代日本の民や神族に見られる独特の衣へ霊力を纏う、その影がひとりごちる。


「やはりこれ以上降下する事は叶いませんか。この四都を囲む霊場の結界……想像以上の強固さ——ただ突き破る様な真似をすれば、この主の肉体が悲鳴を上げます。そう——」


……決してこの霊場の結界を破れない。」


 口走る言葉は、そこに関係する者が悲痛に苛まれてもおかしくは無い不穏をまぶし——しかし己が面持ちも歪む眉根に悲痛を浮かべていた。


 四国を囲む霊的結界の地は、開祖弘法大師が長きに渡り巡った聖地であるが——それはいにしえの時代に四国を度々襲う災害を霊的な祟りとし……それを封じるために生み出した八十八カ所の霊場を巡り廻る強力な封じと防御の結界と——

 守護宗家に伝わる歴史書へ、異説として伝わっていた。


 そしてその中でも最も強力とされた霊災【命の深淵ヤマタノオロチ】の存在を知り得たと思われる開祖は、後の時代に災いが破滅をもたらさぬ様霊場巡礼と言う修行を繰り返し——それ以降は民草へ、形は変われど受け継がれる事となる。


 だが十数年前——

 世界を襲った人造魔生命災害バイオ・デビル・ハザードの折……戦火の只中へ叩き込まれた日本——列島を分断する程の、膨大な超高集束エネルギーの閃条がここ四国をも襲い……結界により難を逃れるも、著しく力を消耗した結界から深淵が漏れ出したのだ。


「この身が放てる力も限界があります。あなた方がこちらの思う……へ移った時——」


「私の計画を……開始する事としましょう。」


 真昼の空が宵闇に歪み……望まざる不穏が撒き散らされる。

 それは静かに——そして確実に……因果に抗う少女達を飲み込もうとしていた。



∽∽∽∽∽∽



 あぎとはんの提案から始まる依頼交渉を含めたドライブ——なのですが……丸め込まれた感が拭えません。

 確かにあの封絶鏡近隣に遊べる場所が無いのは分かりますが、そこへまんまと今後私達が経験するべきお役目の一端を——社会科見学の勢いで混ぜ込んだあのSPさんの手腕は、脱帽としか言い様がありませんでした。


 けれどウチにとっては、大切な友人達との会話も掛け替えのない時間であるため——あえてそこへの苦言などは、必要ないと感じる今日この頃なのです。


「この辺も封絶鏡近隣と同じで、ホンマ遊べる場所がありまへんなぁ~~見事なまでの田園おす~~。」


「そうだね~~。御家のお役目の時に行く様な、山々に囲まれたってほどじゃ無いにしろ……平和だね~~。」


 現在数カ所を回ったウチらは、残る別方向に位置する大型ショッピングモールへ向け——あぎとはんのRX—7とハルさんのインテグラ……そして誰も同乗者のいない(汗)沙坐愛沙坐愛はんのオロチ組はウチと共に東へ——

 北方向へは英国のBMWに、カスタムマシンチーム出向であるカズーさんのRX—8が向かい——そちらへは、アーエルちゃんを始めとした異国勢力組が乗り込みます。


 インカムでアーエルちゃん組と連絡は取り合っていますが、せっかく再会しての離れ離れは少し寂しい訳で——


「ああ~~桜花おうかちゃんが懐かしゅうて、ウチ惚気のろけてしまいそうやわ~~。」


「ちょっと若菜わかなちゃん……再会した時とエライ違いじゃ——まあ、いいけど……。」


 思わず寄り添ったウチへ、反論もそこそこに言葉を止めた桜花おうかちゃん——さっきのおうどん屋の件が引き摺っているのだと察してくれたのか、ウチもあえてその思いやりに乗る方向で抱きついてしまいます。


「当主様……若菜わかな様!そろそろ次の交渉地に着きます。ほどほどで、準備をお願いしますよ!?」


「「はーい。」」


 インテグラ後部座席で寄り添ったウチらへ、微妙に嫉妬の炎を燃やすハルさんが……ぷくーと頰を膨らまして怒り顏——ウチらも少し場を弁えようと顔を見合わせ、目的地の方向を見据えます。


 そう——

 見据えた先の目的地……その時は分からなかったけど——そこで交渉を始めた私達は——


 ついに——足を踏み入れる事となったのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る