第15話:真実と危機

 一旦村に戻ったユクト達だったが、別に諦めたわけではない。

 森に入って少しいったところにある、墓石のようなもの。

 それについての情報を集めるためだ。


 新たな手掛かりといえば、その石から最初に行方不明になったトムの匂いが微かにしたこと。

 そしてその石がつい最近、なんらかの理由で割れたり倒れたりしたということだけ。 

 とはいえ、割れた石に関しては、ウルもエルナもあまりいいものじゃないと感じている。

 種族特性を持たない人とは違う、それぞれが特化した感覚を持つ2人の意見が一致したのだ。

 無視は出来ない。


 エルフと獣人に共通しているのは、実体をもたない何かを感知する能力。

 その獣人の中でも特に狼人は、ゴーストやレイスなどの死霊系の魔物に対して鋭い感知能力を持つ。

 であるならば、その割れた石には何かが封印されていたのでは?


 あくまでそう考えているのは、ユクトとウルだけだが。

 アベル達はがむしゃらに危険な森を歩くよりも、何かしら手がかりがあればそれを基に事情を聞くことで、新たな手掛かりが見つかるかもしれないと考えてのことだ。


 取り敢えずアベルとウルは村長のブロンさんの元に、石の件とユクトが聞いたおとぎ話について尋ねることにした。


 そしてユクトは昨日の老人を探しつつ、なるべく年配の方達から話を聞こうと声を掛けてまわる。

 

 そして、ミランはエルナと一緒に子供達や御婦人方からの情報収集。 

こちらは主に子供の目撃情報や、変わった行動等が無かったかの再確認だ。

 

「おじいさん」

「おや、旅人さんかい? こんにちわ」


 ユクトは昨日話を聞いたおじいさんと出会った広場周辺で適当に声を掛けていると、件の老人を見つける。

 すぐに駆け寄って声を掛けると、向こうも珍しい村の来訪者ということで覚えていてくれていた。


「昨日のおとぎ話の件で、少し聞きたいことができまして」

「うーん、わしも祖父から聞いた話じゃからのう。昨日話したことくらいしか、その話について覚えておらぬのじゃが」

「何かそのおとぎ話にまつわるものがあるといった話とかは、そのおじいさまから聞かれてないですか?」

「まつわるもの……うーむ」


 ユクトの問いかけに、老人は腕を組んで考え始める。

 しかし、すぐに首を振って申し訳なさそうに「無いのう」と呟いた。


「わしが余計な話をしたばかりに、惑わせたかな?」

「いえ……ちょっと、気になるものが見つかったもので」


 おじいさんはおとぎ話を聞かせたせいで、余計な情報を与えてしまったかと心配した様子だったが、ユクトはあくまで可能性の一つとしてと前置きして見つけたものからの予測を聞かせる。


「もしかしたら、忘れ去られた墓が森の中にあってもおかしくはないが。それと、おとぎ話を結び付けるのはどうじゃろうのう」

「子供達の失踪事件に対して何かしらのヒントがありそうだったので、そこから紐づけされる何かの1つとして聞いてみたのですが」


 その話自体をおとぎ話と思っている人からすれば、少し強引なこじつけに思えたのかもしれない。

 それでも一緒になって考えてくれていた老人が、何かを思いついたかのように手を打つ。


「そうじゃ、スリナ婆さんなら何か知っておるかもしれん」

「スリナ婆さん?」

「うむ、140歳のドワーフ族の老婆じゃ」


 なんでもこの村が集落だったころに、技術指導として雇われて住み着いたドワーフの孫らしい。

 ドワーフはエルフ程じゃないにしても、人族よりは長生きだ。

 もしかしたら、その老婆ならおとぎ話についても、詳しく知っているかもしれないとのことだった。


「婆さん、生きとるか?」

「なんじゃ、失礼な……」


 連れていかれたのは見た目は古い作りだが、この村の中ではかなりしっかりとした建物。

 大きさではなく、使われている素材や建築様式の話だ。

 

「誰かと思うたら、ミゲル坊か。お主が訪ねてくるとは、珍しい」

「おいおい、70の爺さんを掴まえておいて坊は無いじゃろう」


 お互い見た目はそんなに歳が離れているようには見えないが、坊や呼ばわりされたおじいさんが困ったように首を横に振っている。


「それでなんのようじゃ? そこの子供が関係しておるのじゃろうが……」

「これでも街からきた、立派な冒険者さんじゃぞ?」

「ふんっ、ごっこ遊びでもするような頼りない格好じゃのう。まあ良い、あがれ」


 老婆が2人に部屋にあがるように促すので、遠慮しつつユクトもお邪魔する。


「ふむ……子供の行方不明事件と、ウィルオウィスプになったジルか」

「わしは、おとぎ話じゃと言ったんじゃが、どうしても気になるらしくてのう」

「そうじゃのう、わしも祖父と父から聞いた話じゃが、あれはじつはのう……実話なんじゃよ」


 スリナの発言に、ユクトが困惑する。

 続くを話す前に置かれた間が、気まずい沈黙のようにも感じる。

 笑うべきか?


「ジルも、その母親も、呪い師も実在しておったらしい」


 悩むユクトを気にした様子もなく、続きを話し始める老婆。

 どうやら、ダジャレでは無かったらしい。

 もしも吹き出したり、空気を読んで笑っていたら怒られていただろう。

 その証拠におじいさんは少し驚いた様子だし、続きを話すスリナも真面目な表情で

言葉を紡いでいる。


「墓石というか、ジルと母親の魂を鎮めるための鎮魂碑じゃな……慰霊碑といった方が分かりやすいかのう? それを使って、彼等の魂を鎮めたという話は聞かされた」

「ということは、実際に遺体が埋まっている訳ではないのですね」

「まあ、慌てるでない。たしかに小僧の言う通りじゃが、お主らの見つけたそれがその鎮魂碑とは限らぬ。それに3つあったのであろう?」


 そう、スリナの話でも用意された石は、大小2つのものだとのこと。

 となると、謎の3つ目がなんなのかが分からない。


「呪い師は、なんといったかのう……たしか、それも父から聞いたのじゃが」


 老婆が、呪い師についても記憶を辿るように腕を組んで目を閉じる。


「それにしても、ジルという子供の話は実話じゃったんじゃのう」

「うむ、この村で唯一の事件らしい事件じゃったからの。まあ、語り継いでいくのにおとぎ話という形に変わったのじゃろうが、呪い師のあれは自殺じゃったはずじゃ。それに彼が悪しきものだったかどうかは、今となっては誰も知らぬ」


 色々と語り継がれていくうちに、面白おかしく形が変わっていったのだろう。

 ある程度の整合性をとれるようにしつつ。

 確かに子供たちを森に勝手に入らないようにするには、それなりに役に立っていたようだが。


「ちょっと待ってください。じゃあ、清めの力を持つ泉というのは?」

「それは分からぬ。が、そっちはそっちで、実在するような話も聞いた事がある。ただ、誰も行き方は知らぬが」


 徐々におとぎ話が、きな臭いもののように感じられてくる。

 が、あまりに少ない情報の中で、それなりに関連性がありそうだという先入観からユクトの思考が暴走している可能性も捨てきれないが。

 そのことの危うさに、彼自身は気付いていない。 

 何かあるという直感に従って、おとぎ話について追及を始めたに過ぎないのだが。

 確信に近いと思い込んでいるに過ぎない。

 彼にウルのような直感力は期待できないのだ。

 もし、これが無関係だった場合、いたずらに時間を無駄にしてしまうことになる。

 ただでさえ絶望的な子供達の状況が、どんどん悪化していく。


 そうなった一番の原因は老人から聞かされた誘拐された子供の特徴と、おとぎ話の主人公である少年ジルの特徴が似ているという点だろう。

 これによって、ユクトの中でこのおとぎ話と誘拐事件は関連性があるという、そんな固定概念が植え付けられてしまったのかもしれない。


 ただそれでも、現状で一番頼れる情報であることも間違いない。

 アベル達が村長から有力な情報を得られなければ。


 スリナと話したユクトの中で、まずは石について再度じっくりと調べるべきだと考えた。

 そのためにも、ウルの協力が必要だ。

  

 宿で合流したあと森林食堂で再度情報を交換したが、ユクト以上の情報は誰も持っていなかった。

 村長どころか、村の誰もが石の存在を知らなかったのだ。

 意図的に隠されていたのか、普通に忘れ去られたのか……

 それすらも定かではない。


 そしてその日の晩、彼等にとってとんでもない事態が襲い掛かる。


「ウル、起きて! エルナが!」

「どうした?」

「エルナが居ないの!」


 夜中に目が覚めたミランが、泣きそうな表情でウルを起こす。

 そして、悲痛な声でエルナが居ないことを伝える。


「ばかな……」


 ウルにもミランにも気付かれることなく、エルナが部屋からいなくなった。

 そのことにウルが顔を歪める。

 ちょっとした物音や気配でもウルは目を覚ます。 

 扉の開け閉めの音など、確実に彼なら気付くはずだ。

 だが、そのウルの感知能力を掻い潜ってエルナが部屋から忽然と姿を消したのだ

 彼は鼻をひくつかせ、エルナの匂いをたどると窓の外の森に視線を向ける。


「すぐにアベル達を! 私は、先に行く」

「ウル、駄目!」

「大丈夫、印はつけておく」


 ミランにそれだけ言うと、素早く着替えて斧を装着したウルが2階にある部屋の窓から飛び降りる。

 すぐに窓枠に駆け寄ったミランだったが、すでにウルの姿は豆粒のように小さくなっていた。

 

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