〈ゴースト・セクサロイド〉 - 19P

「それでさ。タテワキくんのパフォーマーって今どうなってるの?」

「ん。ちゃんといるよ」


 ぼくは自分の分身を可視化させる。この分身は今朝がた、おりょうさんといっしょに作ったものである。


 おりょうさんの姿を見たとき――いや、おりょうさんがぼくの前に現出したとき、彼女は作りかけのぼくのパフォーマーを媒介にして現れた。これも昨晩聞いた話なのだけれど、彼女は他人のパフォーマーに自分の情報を上書きするかたちでパフォーマー化する。


 仮想世界。つまりネットのなかに漂流している間のおりょうさんは、ほとんど野良アバターに近い。しかしだれかのパフォーマーとなり、所有者の代わりにソフトウェアを起動させたり、補助行為を行うためにはだれかのパフォーマーを乗っ取る必要があるらしかった。


「そんな簡単に乗っ取れるものなの」


 安藤さんのこの質問には、おりょうさん自身が答えた。


《よほどセキュリティの薄いもの以外は無理ですね。完全にパフォーマー化していない、生まれたばかりの子アバターであれば問題なさそうです》


 ただし他人のパフォーマーを乗っ取っても、所有者の権限がなければその機能を行使することはできない。ぼくはおりょうさんにパフォーマーをやってもらう代わりに、ほぼすべての機能を彼女にも使えるように設定している。今、おりょうさんはぼくの分身と同様の役割を果たすことができる。


「でも、タテワキくんはまた自分のパフォーマーを作ったんだよね。分身とおりょうさん、どっちも〈アンブレイカブル〉なの? デミ化してるアバターはどっちかって話なんだけど」


 おりょうさんは唇に手を当てて云った。


《それはどうでしょう。あたしも存在そのものがデミ・アバターのようなものですし。分類が難しいですね。それに……一麻くんの〈アンブレイカブル〉がもしあたしにもあるとしたら、かなり困りますね。死ねないので》


「え? 死にたい?」


 オウム返しをする安藤さんから視線を逸らし、ぼくは頭を抱えた。


《ええ、あたしは〈ペルソナ殺し〉に殺されたいので》


「殺されたい? え、〈ペルソナ殺し〉にです? ちょっとタテワキくん、どういうこと。説明してよ」


 そうなのだ。現段階でもっともぼくを悩ませているのがこれなのだ。おりょうさんの関心のほとんどは、ぼくの〈アンブレイカブル〉と〈ペルソナ殺し〉の因縁にある。


『改奇倶楽部で〈ペルソナ殺し〉を追うのだけは続けてもらうからね』


 先ほど安藤さんはこのように云っていた。けれど改奇倶楽部としてはまだ〈ペルソナ殺し〉を追うかどうかは決まっていない。先代の改奇倶楽部が〈ペルソナ殺し〉を追っていた理由と、煤木理論にまつわる謎を紐解く。そのためには〈蒐集家〉の気を引き、同時期に同じ犯人を追っていたマナミ・ウタミヤが持っている情報を手に入れなければならない。すべては、一連の事件が終わったあとに得ることのできる、その情報次第だ。それを見て今後の活動方針を決定することになる。


 それにも関わらず安藤さんは早くも〈ペルソナ殺し〉を追うつもりでいる。ついこの間までは改奇倶楽部に入ることすらためらっていたのに。やる気満々ではないか。その心意気やよし。


「彼女の話したとおりだよ。おりょうさんは自分が〈ペルソナ殺し〉に殺されることを望んでいる。ぼくのパフォーマーになって傍にいるのは、ぼくら改奇倶楽部がいずれ〈ペルソナ殺し〉に遭遇するかもしれないからだ」


「けど、わたしたちはまず〈ゴースト・セクサロイド〉を探さなきゃならないんでしょう。その件が終わって、シブ・シティのマム〈シロ〉が確保されなくっちゃ、マナミ・ウタミヤから……」


「それなんだけど」


 ぼくはおりょうさんを指さした。


「彼女が〈ゴースト・セクサロイド〉だ」

「は?」

「おりょうさんがそうなんだよ。だから、彼女が傍にいてくれて、ぼくらで蒐集家を凌げればすべて丸く収まるんだ。あとは〈シロ〉をマナミたちが回収すればいい」

「ちょっと待って……」


 安藤さんは腕を組んで、しばらくなにかを考えてから云った。


「本当なの?」

《はい》「うん」


 ぼくらふたりはほぼ同時にそう答えた。


「きみは――わかってない。きみの〈アンブレカブル〉と〈ゴースト・セクサロイド〉が同じ場所に存在している。それってつまり、蒐集家の連中にとっては好機以外のなにものでもないんだよ」

「わかってる。わかってるさ。だから――」

「マナミ・ウタミヤに連絡するべきだよ」

「ちがう。ひとまず今日だけは、様子を見よう」

「今日だけは……?」

「あることを確かめたいんだ。それ如何で、ぼくらは改奇倶楽部として蒐集家に立ち向かえるかもしれない」


 ぼくは自分のパフォーマーを顎で差した。分身がそれに応える。


《まあ、〈ぼく〉のやろうとしていることはわかるよ。その結果もだいたいは想像がつく》

「――だそうだ。どうだろう、安藤さん。今すぐ蒐集家がぼくとおりょうさんを同時に捕えようとするとは考えにくい。仮に向こうだって作戦を立てなくっちゃあいけないだろうし、一日くらいの猶予はあるんじゃないか。それにマナミ・ウタミヤに連絡するとなると、おりょうさんだってこの場に留まってはいられないだろう?」


《あたし蒐集家に狙われてるんですね。今知りました》


 きょとんとするおりょうさん。ぼくは彼女の手を握ろうとして――いや、実体を持たない情報集合体に触れるなんて無理なんだけど。とにかく彼女に手を差し出した。


「大丈夫ですよ。おりょうさんはぼくが守ります」


 やや低めの声でぼくは云った。そして胸を張る。頼れる男だ。絶対に彼氏にすべきである。ぼくとしてはこのまま、おりょうさんの前で恰好いいところを見せて、さらになんとか彼女を説得し死を踏みとどまらせることができれば万々歳である。そのためには、なんとしても彼女を蒐集家から守らなくてはならない。マナミ・ウタミヤや、おりょうさんの元の持ち主には悪いけれど、このまま彼女にはぼくの正式なパフォーマーとなってもらう。


 そうなれば、ぼくはもう分身を作り直す必要もない。万事がうまくいく。悪しき青春よ、さらば。おりょうさんと過ごすバラ色の学校生活が待っている。

 


 

 

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