〈ゴースト・セクサロイド〉 - 14P

 ぼくの意識はネットのなかにあった。

 帰宅後、とんでもない倦怠感に支配されたぼくは即座に夢の世界へ。目覚めたのは零時過ぎ。夜ご飯を食べて風呂に入ったのち、再び自室に戻ってネールデバイスを起動。ネットに公開されていたインディーズ・ゲームをプレイして無為に過ごしていた。


「彰人! 安藤さん! 頑張ってくれ!」


 情報通のふたりならば有意義な情報を収集できることだろう。他者が血眼になって調べものをしている最中、ベッドに寝転んでゲームをプレイするというのは本当に気持ちがよい。この優越感さえあればどのような低クオリティのゲームだろうと笑ってプレイできると断言しよう。


 しかし現代のソーシャル・ゲームにおいてはその「優越感」をいつまでも保ち続けるのは難しい。なにせ市場にあるのはパフォーマーを持つことを前提に作られたゲームばかりだ。自分の分身をリンクさせてゲーム画面のなかに転送するものもあれば、経験値稼ぎやゲーム内イベントを分身に作業させる類のもの、なかには分身に意識をリンクして仮想構築したゲームセンターに遊びに行くものまである。


 とにかく色々あるけれど、ぼくが云いたいことはひとつだけ。パフォーマーを持たないとゲーム遊ぶ権利すら与えてもらえない――ということ。


 それに世の中はなんでもかんでも金・金・金である。仮想空間のなかでゲームをプレイするにも仮想通貨がないと始まらない。ぼくのような高校入りたてで特にバイトする気も起きない学生にとっては親に拝み倒して恵んでもらう小遣いがすべてである。そんなぼくを嘲笑うかのようにネットゲームは金を要求する。


 逆であって然るべきと常に思う。どうせ大人になれば仕事々々の生活が待っているのだから、学生時分にたくさんお金をもらったり使ったりして、思う存分、己が好奇心を満たすべきなのである。それにより得られる経験はきっと学校では学べないものであるに違いないし、大人になるころにはそういった経験をしていたかいなかったかで大きく差が生じるのだ。絶対にそうなのだ。


 そこでインディーズ・ゲームである。ネットは広大だ。パフォーマー化が進んだ現代において、あえて分身の所持に関係なく遊べるゲームを開発する変わりものも存在する。アングラは時代に迎合しないのだ。


 彼らはもっぱら恋愛ゲームを作る。なぜか?

 匿名性を帯びたひとりの天才がこう云った。「分身に隠れてやるエロゲーは最高だ」と。名無しさんのなかのひとりに過ぎなかったその人物の発言がインディーズ・ゲーム界隈に革命をもたらしたのだ。


 そのようなわけで過半数は成年向けコンテンツであり、年齢制限を設けられたぼくが遊べる恋愛ゲームは三割に満たない。一昔前、コンシューマー時代と呼ばれていたころ、世の学生たちは家庭用ゲーム機に移植された「全年齢版のエロゲ」という存在そのものが矛盾と呼べるような代物を味のなくなったガムを噛むような気持ちでプレイしていたと聞く。自らの青春をエロなきエロゲに費やすという無為。その最高の後ろめたさが逆に彼らのゲーム意欲を掻き立てたに違いないとぼくは断言する。


「今のぼくもそうだからだ!」


 恋愛ゲームは自己犠牲心を育てる最高のコンテンツである。

 それにインディーズ・ゲームのなかでも作者の意向により料金の設定されていないものが存在する。「フリープレイ」と書かれた作品は遊ぶだけならタダなのである。もう一度繰り返すが、そう、タダなのだ。タダ。


 ぼくにはお金がない。

 だからお金のかからないゲームをする。


「ああ……なんということだ。つくづく自分の聡明さを実感する」


 いやあ、やはりぼくは頭がいい。そんじょそこらの高校生とは作りが違う。灰色の類の脳細胞をフルに活用し導き出した結果、このような方法で「資金力に乏しいものが優越感を保つ」という難題をクリアしてしまったのだから。天才的、あるいは鬼才という言葉がまさに相応しい。大昔より日本には八百万神がいるというが、さしづめぼくは八百万とんで一番目の神童である。敗北を知りたい。


 パフォーマーを持つ同級生は仮想現実に自分たちしかアクセスできない別荘を作り、そこで特定のだれかと関係を築くなんて煩わしいことを習慣的に行っていた。まるでひょっこりひょうたん島コンプレックスである。大人の支配を受けずに自分たちだけのパーソナルスペースを共有するのが彼らにとっての楽園なのだろう。


 ネット社会の普及して間もないころ、SNSに自分の感情やポエムをつらつらと書き連ねるセンチメンタリストが急増したと聞くが、やつらはそのような不甲斐ない連中と同じだ。ネットで馴れ合うよりもまずはその性根を叩き直したほうがよい。


 おまけにネットコミュニティに熱心な同級生の西田などは「帯刀田もやってみたらどうだ?」などと自分と同族を増やすことにかけても情熱を怠らない始末だ。


「ネットを使って友達を作ろうとはセンスのキビシイやつ!」


 ぼくは当然のごとく一蹴した。まったく度し難い。どうしてプライベートの時間までお前たちと情報を共有し合わねばならぬのだ。煩わしいぞ。そういえば西田はゴールデンウィーク中にほかの級友たちとキャンプに行くと行っていたが、どうしてぼくを誘ってくれたなかったのだろう。ああいった連中の考えることはわからないものだ。


 とはいえ、ぼく自身もマナミ・ウタミヤの件があってからはパフォーマーを生成することが多い。しかしそれはあくまで情報を手に入れるための手段としてだ。〈好う候〉の集会に参加したときも、ここ数日の間の生成だって、すべては目的があってやっているに過ぎない。


「分身など……」


 いっそ死んでしまったほうがよい。

 自室でスタンドアローンに浸りながら恋愛ゲームをプレイする。そんな男がこぼす独り言としてはあまりにも惨めではないか。ワンクリックで進む女性キャラクターとの会話を見つめながら、頭の隅っこにあるそのような弱気を払う作業を続ける。


 ぼくが孤独を理解したのは、ネットで公開されているソフトウェアのおよそ五割が他者とのコミュニケーションを支援するためのソフトであると知ったときではない。自分がパフォーマーを持てない性質だと知ったときでもない。授業中、みんながパフォーマーに学習をさせている間、鉛筆でノートを取っているときでもない。


 孤独を感じるのは――。



《一件のフレンド・リクエストが届いています》

 不意に、ゲームの右上に一通のテキストチャットが届く。こういったものは通常、パフォーマーが受け取るのだけれど、非所持者には自動で文字に起こされたメッセージとして受信箱に転送される。


 こういったメッセージは遮断するよう設定しているのだけど、安藤さんや彰人から連絡があるかもしれないと思いオープンな状態にしていたのだった。そんなときに限って、第三者からのフレンド申請とは。


 念のためにネット上の自分のステータスを確認する。パフォーマーがあろうとなかろうと、ネットにアクセスしている間はアカウントが存在し、そのステータスは所持者は非公開に設定していない限りは閲覧できるようになっている。ぼくの場合も、個別設定が面倒だったので自分宛てのメッセージをすべて受け取れるよう公開状態にしていた。


 ステータスには、ああ……これはまずいぞ。現在プレイ中のゲームのタイトルも表示されている。なんということだろう。ぼくが恋愛ゲームをプレイしていることはネットの人々にバレバレだったのだ。「今、帯刀田一麻は分身に隠れてやるために開発されたゲームを公開状態でプレイしてまーす!」と全世界に阿呆を晒していたという事実に衝撃を受けながら、かろうじて受信したメッセージを確認する。


《はじめまして、カズマさん》

《今あなたが遊んでいる〈ときめきラプラス〉のファンです》

《よければお話しませんか?》


 他者とつながることを前提としたソーシャル・ゲームで遊んでいると、別のユーザーからこうした「仮想友人になりましょう」というメッセージがいくつも届くらしい。けれどぼくがプレイしているのは一人用の恋愛ゲームだ。


 相手のアカウントを確認。

 二十代。女性。どうにも定型文っぽい文章。なんだ新手のサクラか――と鼻を鳴らしたところで、ひとつ気がかりな点を発見する。


「カズマ……」


 一般的に何らかのデバイスを介してパフォーマーを認識すると、その所持者の名前や年齢、性別などを名刺代わりに表示できる。表示言語は視認者側のパフォーマーが日本人なら日本語、アメリカ人ならば英語、中国人なら中国語……といったふうに分身の設定を参照する。世間の人々はまず初対面の相手でもパフォーマーの情報を参照することでその人物に対して正確な情報を手に入れることができる。相手の名前を間違えるなんてことはありえない。


 問題は、パフォーマーを持たないぼくの場合はそのような間違いが頻繁に起きるということだ。読み仮名を振らずに「帯刀田一麻」と書いた場合、大抵の人間がぼくの名前を間違える。だから現実世界でぼくは名前を間違えられることに慣れている。


 奇妙な点はそこだ。

 ネット越しに相手の情報を知る場合も当然、相手のパフォーマーを見る。その個人情報の大元は、基本的には大型情報集合体の胎内にいる親アバターの情報を参照したデータだ。パフォーマー=子アバターが記録した所持者のデータを常時親アバターに転送しているため、常にその情報は更新され続けている。(このあたりの恩恵を受けているのは持病を持つ人々だ。難病を抱えた人間が倒れた際でも、本人の代わりに分身が救急に連絡して詳細な情報を伝えることができる。)


 非所持者の場合はもちろんその更新が停止するが、分身を持っている限りは一秒前に入籍してもネットで名前を間違えられることはない。当然そこに書かれた名前には正確なルビが振られている。


 個人情報を公開しながらゲームをプレイするぼくを「カズマ」と呼び間違えるとは、一体どういうことだろう。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る