第4話

 あのな~? お兄ちゃんがそんな手に――


「ふっ……ふふふ――ふぁーはっはっは! ――」

「――きゃうん!」

「――おっと! ……大丈夫か?」

「うん♪ ありがと……うぅ」

「……どういたしまして……だが妹よ! このお兄ちゃんにゲームを挑むなんて良い度胸じゃねぇか!」


 睡魔が吹っ飛んで、勢い良く上半身を起こしたら、反動で小豆が落っこちそうになったんで、慌てて小豆の手を掴んでやった。

 当然ながら人の上に乗っかっているから顔が近い。頼むから離れてくんないかな。

 あと、この状況で顔を赤らめて潤んだ瞳で見つめるのは反則です。本当に抜けそうですから。

 そして、お礼を言いながら当たり前のように人の胸に抱きつこうとするのは本当にやめていただきたい。咄嗟に押し戻したけどな。

 要は、妹のそんな手に前のめりぎみに、ひっかかっていたのである。


「ん?……そう言えば今日って何日だ?」

「……ニートに関係あるの? って、私の誕生日だよぉ~」


 だけど、俺はあることが脳裏に引っかかって妹に今日が何日かを訊ねる。

 すると小豆は『ソーゲーム・ソーライフ』の主人公。そらくんの妹のいろちゃんの台詞。

「ニートに関係あるの?」と聞いてきた。そして少し拗ねた口調で自分の誕生日だと伝える妹。 


「――あるだろぉが! いや、俺達ニートじゃねぇし……と言うより、お前の誕生日ってことは、ほとりちゃんの誕生日じゃねぇか! ほとりちゃんの誕生日は盛大に祝うのが国民の義務だからな! そんな訳で、やっぱ今日に備えてもう寝るわ……」


 なので同じく『ソーゲーム・ソーライフ』の、天くんの返しの言葉を言い放った俺。

 一応、俺達は学校に通っているからニートではない。そこを否定しておいた。

 そして、知っていたはずの小豆の誕生日だと思い出して、ほとりちゃんの誕生日を思い出したのだった。

 うん。小豆襲来で忘れかけていたよ。忘れ去りたかったよ。本当に……こんな襲来はな。

 これでも俺は、ほとりちゃんを女神と崇拝している身。聖誕祭ともなれば万全の体勢で盛大に祝うのが国民の義務だと思っている。

 なので夜更かしなどしている場合ではないことに気づいて寝ようとしていた。


「にぃ~。にぃ~。にぃ~~~」

「……」


 そんな俺の上で、色ちゃんの天くんを呼ぶ「にぃ」と言う呼び方をしながら俺を揺さぶる小豆。

 だけど、俺には使命があるので相手にせずに眠りに就こうとしていた。


「にぃ~? ……」

「――って、何、ギンギラギンにさりげなく……人のベッドに潜り込もうとしてんだ!」


 だけどピタッと揺さぶりが止まり、布団が軽くなったと思っていたら、突然布団がモゾモゾと動きだしていた。

 異変に気づいて目を見開いた目の前には、俺の布団に入り込んで俺を見つめる小豆の姿。

 俺は布団をめくって起き上がりながら妹に文句を言ってやった。


「そいつが私のやり方~♪ お兄ちゃんがゲームを放棄したので……私の総取りになったから♪」


 なのに、まったく動じずに俺の「ギンギラギンにさりげなく」に、さりげなく繋げていた妹。

 そして意味不明な理屈をこねていた。

 そうどり? ナニソレ オイシイノ?? 地鶏の長男なら美味しそうだが……。

 ではなくてだな。総取りって、お前まさか――


「そのまさかだよ♪」

「……いや、俺は何も言っていないんだが?」


 俺が心でまさかの意味を悟って驚いていると、普通に満面の笑みを浮かべて言葉を返してきていた。

 いつものことだとは言え、目の前で口に出されては相手をするしかない。今回はさすがにスルーはできないぞ。

 と言う訳で、何も言っていないことを伝える俺。


「……お兄ちゃん、そんな顔してたよ?」


 すると、当たり前のように返事をしてきた妹。

 なるほど……これが世に言う「まさか顔」ってヤツか。いや、どんな顔だよ!?

 俺が心の中でノリツッコミをしていると嬉しそうな笑顔を浮かべて言葉を繋ぐ。 

 

「お兄ちゃんは小豆の抱き枕で~わしわしMAXで~けっこんで~同棲なの~♪」


 まったく理解できん……しかもギンギラギンに選択肢が増えとるし。

 そんな小豆の選択肢が、おまとめパックとなって俺の目の前にサーブされてきたのだった。だから、頼んでねぇよ!


 俺は呆れ顔で小豆を見ながら、小豆の最後の追加分に関して疑問を覚えていた。


「……むふふぅ~ぅん……ふにゃ!」


 小豆はと言うと、悪戯っ子の顔をしながら俺を布団に引きずり込もうとしている。だから、待て。

 とりあえず小豆の顔に布団を被せておいて動きを封じてから長考する俺。


 普通に考えて、結婚=同棲なんじゃないのか。俺はそう思っていた。

 だけど、世の中には一筋縄ではいかない愛の形が存在するのである。

 俺は、その手の愛の形をアニメやゲームで知識として補足済みだった。そう、世の中の愛の縮図に精通している俺に死角はないのだ。

 だから、小豆の選択肢は間違いではないのだと断言できるのだった。


 とは言え、同棲とは――俺が頼まずとも、ペットショップからペット本人が押しかけてくるようなもの。

 うーん……「レンタルくらいなら?」なんて考えた報いなのだろうか。

 しかし、俺はゲームを放棄した覚えがない。ただ、放置したまでだ。 

 だから、断固とした威厳を持って対応してやろうじゃねぇか。

 俺は断固とした威厳で、布団を被っていた小豆に宣言する為に布団を剥いだ。


「……すぅ~。ふぁ~。……あっ、お兄ちゃん♪」


 すると、妹は俺のベッドの匂いをくんかくんかしていた。通常運転ですね。

 静かだと思っていたら、俺を放置して布団の匂いを満喫していた妹。

 まったく、放置なんて極悪非道なやり方じゃねぇか。冷徹にもほどがあるだろ。非人道的じゃねぇか。される側のことを少し考えてもらいたいですね。

 そんな罪の意識をまったく感じていない妹は、俺に向かって恍惚とした表情を送っていた。

 俺は、そんな小豆に一刀両断で言い切ってやった。


「……お願いだから帰ってください。本日の営業は終了いたしました」

「いやです!」


 うわー。て、店長、閉店なのにごねる「お客様は神様」信者がココにいますよ。

 なんて、存在しない店長に助けを求めていたら、だんだんと俺の身体を拘束し始めやがった。

 こ、この人、本当は強●さんなのでは? 

 俺の大事な『自尊心と理性』を――それ以上に大事な!

 一つしかない貴重な俺の『チェリー』を盗もうとしてませんか?

 まさに俺の一大事に直面して、動揺がクライマックスを迎えようとしていた。


 どどどどどどどどどど……あぁ、これから一体どうすれば?

 どうすれば?

 どうすればいいの?

 だって~可能性感じ……ている場合じゃねぇーーーーーーーーーーー! 


 そんなミュージカルっぽく演出しながら、思考を『明日へ進め』している間にも、俺の全速前進ヨーソロー。……もとい、全身にはラミア族の女の子ばりのホールド感が。

 いや、思考だけ明日に進めても意味ないしね。ちゃんと現実と向き合おうよ、俺。


 そんな動揺しまくっている俺など気にせず全身に絡み付いてくる、茹で小豆。

 例えるならばアニメ『悶星娘のいてほしい日常』第一話冒頭のシーン。

 主人公の男の子が、ラミア族の女の子に身動きの取れない状態で拘束されていた状態に陥っていた。

 しかし俺は負けねぇ。人間を舐めんな。小豆も人間だけどね。

 一矢報いてやんよ――


「……ゲームやるから、どいてください……」

「ほんとう? ……わかった♪」


 俺は自分の持てる人間の底力を見せつけようと……白旗をブンブンと振っていた。

 だって、人間が人外に勝てる訳ないもん。小豆も人間だけど。

 そんな俺の、自分に刺さってんじゃねぇかって指摘がありそうな一矢が報われたようで、パッと花が咲いたような微笑みを浮かべて起きあがる小豆さん。

 まぁ、総取りされた状態じゃ、俺にはエスキアどころかベッドすら奪われているに等しいからな。

 ひとまず油断をさせるのが先決だと思っていた。うん、妥当なところだろう。


 エスキアと言うのは『ソーゲーム・ソーライフ』の作品世界の人間。イマニティと呼ばれる種族の国の名だ。

 作品の中でゲームによって、別の種族に国を奪われているエスキア。

 だけど俺は小豆にエスキアを取られても問題はないけど、ベッドを取られたら大変なのだ。だって俺、エスキアの人間じゃないし。小豆もエスキアを取るつもりはないんだろうしな。


 だけど、ベッドは俺にとってのエスキアなのだ。

 だから、ここは人間イマニィティの底力と言うヤツをだな……小豆もイマニティだけどさ。 

 何よりも、お兄ちゃんの、こか――沽券こけんにかかわる問題なのだよ。

 なので小豆さんのゲームの申し出を受けることにして、重い上半身を起こしながら目の前でウキウキしている妹を見つめるのだった。


◇4◇ 

  

「それで、お兄ちゃん……ゲームは何にする?」

「そうだな……」


 ひとまず、ベッドから下りてフローリングに座り、対峙することになった俺と小豆。

 ゲームを何にするかと聞かれた俺は、少しばかり考え込んでいた。

 足元で寝そべるほとりちゃんをモフモフしながら。うーん。ほとりちゃんは癒されますなぁ~。

 最初は片手でモフモフしていた俺。だけど、ソッと抱き寄せてムギュムギュすることにした。なんで、ほとりちゃんは可愛いんだろう……。

 そんな「人間が息を吸うのは何故だろう?」に匹敵する、この世の摂理かつ高尚な思考を巡らせながらジッと見つめ合う二人。


「――ッ! ……えへへ~♪」

「……そ、そうだな……」


 やがて二人の唇は引力に導かれ――ふれる瞬間に、ロミオとジュリエットのように二人は悲しい運命によって引き剥がされたのだった。正確には小豆さんの手によって。


 お~、ほとりちゃん……あなたはどうして、ほとりちゃんなの?

『――だって、ほとりって言う名前だから!』


 ……な、なるほど、確かに。

 俺は脳内で妄想ミュージカルを公演していたのだが、ほとりちゃんに正論を突きつけられて、あっけなく幕を閉じていたのだった。

 まぁ、それは別に良いんだけど、目先の問題はだな。

 昔のアニメの、美人三人姉妹の猫目な泥棒さんな意味での―― 

「この、シーフキャットめ!」と言わんばかりの形相で、二人の間を引き剥がしたあと、ほとりちゃんを睨んでいる我が妹。

 いやいやいや、そこは「私のほとりちゃんに色目を使う間男め!」と、俺をさげすんだ目で見ていただかないとご褒美にならな――もとい、俺の立場がなくなるでしょうが!

 とは言え、ほとりちゃんのにっこらにっこらしている笑顔に、感化されたように表情を緩めて、同じような表情に変える小豆さん。

 きっと男の俺には聞こえない、女の子同士の妄想秘密のガールズトークとやらが繰り広げられているのだろう。

 と言うよりもゲーム内容なんて、ないよー? ……などと思案そっちのけで、ほとりちゃんにほおけてはいられない現実へと引き戻された俺は、冷や汗をかきながら思案することにしたのだった。

 やっぱり、リアルなんてク●ゲーだ!


「うーん……」

「……にへ~♪」


 未だにほとりちゃんとのガールズトークを繰り広げている妹を眺めながら、戦略を立てる俺。

 うん。完全な一方通行だとは思うけどね。

 小豆から挑戦状を突きつけておいて、俺がゲーム内容を考えている理由。

 別に我が妹が小豆脳だからと言う理由ではない。

 自分でゲームを挑んだくせに、何をするかを考えるのが面倒だから俺に押し付けている訳でもない。

 あと「お兄ちゃんが選ぶ道ならどこへでも~♪」なんて、このかちゃん教の敬虔けいけんな信者であります、ほとりちゃんばりに敬虔な『お兄ちゃん教』の信者な訳でもない。

 いや、敬虔な経験……と常識不足の信者なのかも知れませんけどね。

 

 これは我が霧ヶ峰家に伝わる由緒正しき絶対の家訓。その名も『忠の盟約』……二〇一四年四月九日より発足。

 我が霧ヶ峰家の神であったテト……リスをこよなく愛したウチの祖父ちゃんが――

「うっひょー! 色たんhshs……幼女キター! 忠の盟約? 宗●志功ばりに至高ではないか!? おし、我が家の家訓に……『ニートに関係あるの?』いただきましたー! ……あるだろぉが!! 採用するしか……ないだろぉが!!!」

 ってな具合で、その場のノリと色ちゃんの可愛さで強引に家訓になった我が家の絶対ルール。


 その盟約のうちの――

 五つ目 ゲーム内容は、挑まれた方が決定権を有識者会議。

 これに基づいた話だったのだ。意味わかんないけどな。あと、ずっと有志記者会議だと思っていたのは黙っておこう。関係ないけど。

 

「……うふふ~♪」

「……」

「……」

「……うーん……」


 未だに会話を続ける妹を眺めて、少し変顔で遊んでいた俺。息抜きも必要だからな。

 そんな俺にジト目で返す小豆さんと、にっこらにっこらしたほとりちゃん。いや、ほとりちゃんに見せないで。教育上よろしくないから。

 と言うよりもだな。別にゲームの内容が『にらめっこ』に決まった訳ではないんだぞ? まだ開始のかけ声言ってないんだからさ。 

 まぁ、単純に「遊んでないで早く決めて!」って表情なのかも?

 ほとりちゃん、ではなくて、ほとほと困り果てた俺は、声に出して天を仰いでいたのだった。

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