第6話 掃除夫の価値


「そこで待ってろ。あとでほかの掃除夫をよこすから今日はもう帰れ」

 操縦桿を握って、発進しようとするトマ。オースターはとっさに運転席に乗りこんだ。

「帰らないよ、僕もついていく!」

 トマは舌打ちし、操縦桿を倒した。

 蟹型の装甲車が汚水をかきわけ前進する。階段状の下水管にぶつかると、車体が大きくかしいだ。わっと悲鳴をあげる間に、汚水回収車エリスⅡ型<ホロロ四号>は、多脚の関節を複雑に動かし、器用に階段をのぼりはじめた。



 わざとじゃないかと思えるほど荒い運転のあと、ようやく停車したのは、天井から水滴が絶えず降りそそぐ広々とした空間だった。

 壁にはたくさんの作業灯が設置され、二十人ほどの掃除夫が集まっていた。

(掃除夫って、こんなにたくさんいるんだ)

 男のひともいれば、女のひともいる。年齢はさまざまで、老人の姿もあったし、若者の姿もあった。その全員がトマと同じ肌色で、異民族の顔立ちをしていた。頬や腕にも、あの輪を連ねたような模様を描いている。

 ホロロ四号が停車したのに気づいて、何人かが顔をこちらに向け、トマに気づくなり顔をしかめた。トマは気にせず、大柄な体格の男のもとへと駆けよる。

「マシカ。詰まり?」

 マシカと呼ばれて振りかえった掃除夫は、ほかの掃除夫とはちがって好意的な笑顔をつくり、トマの頭を大きな手で掻きまぜた。

「トマ、来てくれたかあ! いい子だいい子だ!」

 野太いダミ声だ。トマは憮然となって、その手を払いのける。

「放水警報があったから来ただけだ。それで?」

「詰まりだ。かなり奥らしい。任せていいか? 俺たちじゃ、ちょっと手狭で」

 遠巻きにその会話を聞いたオースターはぎょっとした。ふたりが身を屈めて覗きこんだのは、しゃがんでも頭がぎりぎり擦ってしまいそうな高さしかない円形の管だった。

 まさか、あれに入るのか。トマが――?

阻水そすいハッチの閉鎖は確認したぞ!」

「内部にガス反応なし。酸素濃度も問題なさそうだ」

 にわかにあわただしくなった現場。あちこちでダミ声が飛びかい、そのたびに「またダミ声だ」と面食らう。

 オースターは大人の掃除夫に混じって、十歳にもなっていなさそうな少女が働いていることに気づいた。

 うさぎのようにつぶらな瞳、上を向いた小さな鼻、背中まで届く黒髪の三つ編み。トマの三つ編みには違和感があるが、少女のほうはしっくりきて可愛らしい。

(トマの言ったとおりだ。本当にあんな子供でも働いているんだ)

 子供サイズがないのか少女は作業着を着ておらず、汚れたぼろぼろの衣服をまとっている。

 と、少女がトマに気づいて笑顔で駆けよった。マシカと呼ばれた掃除夫同様、トマを見て顔をしかめる様子はない。そして少女を迎えるトマもまた、険しかった表情をほころばせていた。

(あんな優しい顔もできるんだ……)

 オースターはぶんと首を振って、トマのそばに走りよった。

「僕も手伝うよ、トマ」

 聞き慣れない声だからか、掃除夫たちが一斉に振りかえってきた。全身を嘗めるように見まわし、「誰だ?」と目を白黒させている。

「手狭って体格のことだよね? なら、僕でも適任だ。僕はトマよりも小さいんだから」

「あんたは外で待ってろ」

 トマはそっけなく答え、渡された道具――フックのついたロープを担いで、件の下水管の前に膝をついた。

「ま、待って、トマ――」


「はいはーい、皆さん、やってますかぁー?」

「お仕事、ご苦労さんでぇーす」


 下水道内に陽気なふたつの声が反響した。

 管に頭を入れかけていたトマが舌打ちする。

「うるせー連中がきた……」

 トマはぼやきながら四つん這いになって、管の内部へと姿を消す。オースターは困惑しながら声のほうを振りかえった。

「あれ。オースター・アラングリモ様、」

「ですよね?」

 声をかけられ、オースターはまごつく。

 そこに立っていたのは、なんとも奇抜な格好をした、そっくり同じ顔の少年ふたりだった。

 下水道にいるのに、作業着を着ていない。というより、ひと昔前の貴族のような恰好だ。フリルのついた白いシャツに、蝶ネクタイ。布地全体に刺繍がほどこされた裾長の上着。けれど、ズボンは安っぽい麻製で、靴はなぜだか編み上げの乗馬用ブーツである。

 なによりも違和感があるのは、異国人然とした顔立ちなのに、ひとりは金髪、もうひとりも銀髪という、ランファルド人と同じ髪色をしていることだった。

「ええと……君たちは?」

 ふたりは目尻のつり上がった細い目を愛嬌たっぷりに細め、いきなり金色の髪と、銀色の髪を帽子のように脱ぎ、胸元にあてがって会釈をした。

(カツラ……!)

 どう反応していいものやら、現れた黒い短髪をまじまじと見つめる。

「俺はアキ。こっちはロフ」

「見ればわかるでしょうけど、一卵性の双子です」

 ふたりは交互に自己紹介して、カツラをふたたび頭にはめこんだ。

「やあ、嬉しいなあ、アラングリモ公爵家の方をお迎えできるなんて」

「歓迎しますよ、オースター様」

「トマが教育係になったそうですね? 邪険に扱われませんでしたか?」

「もし困ったことがあったら、すぐに俺たちに言ってください。俺たち、局にはちょっと顔がきくんです」

 ふたりは同時に、上着の襟につけられたバッジを指でつついた。国の花〈グリーズ〉の花びらが刻印されたバッジは、なにかしら功績があった市民に贈られる「名誉市民」の証である。

「あ、ありがとう」

 まごまごと答えるオースターはふと気づく。

 ふたりの首にも、例の首輪がはまっていた。

 刻印された数字は、『50』と『51』だ。

 気づいてみればさっきの少女も、ほかの掃除夫もみな数字違いの首輪をしてるようだった。

(これってなんなんだろう)

 改めて疑問に思ったところで、

「トマの奴、オースター様にぶしつけなことをしていなかったろうね?」

 金髪のカツラのほう――アキが周囲に声をかけた。

 作業をしていた掃除夫は手を止め、あわてたように口を開いた。

「さっき、その貴族様を”あんた”呼ばわりしていたようですが……」

「なんだって? まったくトマの奴……無礼にもほどがある」

「気にしないでくださいね、オースター様。あいつ、変わり者なんです。みんなにも嫌われてる」

 双子に交互に言われ、オースターは戸惑う。たしかにトマはほかの掃除夫たちから距離を置かれているようだ。

「でも、あの女の子とは笑顔で話していたよ。それに、体の大きなあっちの掃除夫とも――」

 双子がそろって少女を振りかえった。

「ああ、アレね。トマは、アレを自分の妹のように可愛がってるから」

 アレ。オースターは目をしばたかせた。

「それより、職場体験学習でいらっしゃっているんですよね?」

「仕事やってみたいんでしょう? 俺たちが教えますよ」

「え……いいの!?」

「もちろん。ひとまず先に行って、トマの手元を照らしてやってください。俺たちも準備をしてすぐに後を追いますんで」

「ただ、四つん這いにならないと入れないんで、そのきれいな作業着、汚れちゃいますよ?」

「かまわないよ、そのための作業着だもの! それに、君たちの恰好のほうが汚れちゃったらもったいないや」

「こんなもん、どうってことないですよ。ちょうど着飽きたところでしたし」

「新しいものもすぐに手に入りますしね」

「そうなの?」

 思いがけず味方が現れてくれて――ちょっと変わったところがある双子だが――胸に熱い勇気がわいてくる。

 そうだ、今度こそ怯まず汚水のなかに飛びこんで、立派に仕事をこなすのだ。やる気があることをトマに示して、本気を認めてもらうのだ。

「ルゥ! 手伝ってやれ」

「こちらはアラングリモ公爵家のオースター様だ。話は聞いているだろう?」

 ルゥと呼ばれて急いでやってきたのは、先ほどの少女だった。

(わあ、ちっちゃい)

 近くで見るとより小柄な体つきの少女は、不安そうに双子を見上げた。

「ルゥ、人見知りするな。オースター様に失礼だろう」

 あ、僕に怯えているのか。

 オースターはルゥの前にひざまずいた。社交界デビューがまだの令嬢を相手にしたときのように、礼儀正しくほほえみかける。

「僕はオースター・アラングリモ。ルゥって言うの? かわいい名前だね」

 ルゥはぽかんとした。浅黒い肌にだんだん赤みがさして、緊張がとけたように見える。

「見ろよ、アキ。いっちょまえに照れてやがるよ」

「惚れるなよ、ルゥ。相手は雲の上のお方だ」

 双子がはやし立てる。ちょっといやな口ぶりだとオースターは思う。

 ルゥがおどおどと両手を差し出してきた。手のひらに乗せられていたのは、細長い緑の葉っぱだ。

 ルゥはそれを手で擦ってつぶし、いきなりオースターの鼻の穴につっこんだ。

「ふがっ」

 双子がけらけら笑った。ルゥは気にせず、紐を通したランタンをオースターの首にかけ、ガスマスクを装着させると、頭の後ろでベルトをぎゅっと締めつけた。

(鼻がすぅすぅする)

 刺激のある葉っぱの香り。悪臭がすっと遠のいて、視界が開ける気がした。

「オースター様、こっちこっち」

 双子が管の脇に立って、中に入るよう示す。

 ごくりと息をのむ。水は流れてはいないようだが、ぞっとするほど狭い。

 この中を四つん這いになって進むのか。

「さ、どうぞどうぞ」

 穴の前で膝をついたところで、背中をぐっと押された。

 手袋をした手と、防水加工を施した作業ズボンをまとった膝とが、管の底に触れた。ぬるりと不快な感覚に体がぶるっと震える。


(負けるな、オースター。君ならできる)


 両脇に迫る壁。肩に触れるほどではなかったが、精神的な息苦しさに呼吸が荒くなる。

 けれど、葉っぱの香りのおかげで悪臭が感じられない分、気持ちは楽だった。

(これはありがたいや)

 ずっと先のほうで明かりが揺れていた。トマだろう。

 いざ進みはじめると、四つん這いで進むのは予想以上に疲れた。それでも、嫌悪感や疲労感を必死に頭から追いだし、ゆっくり前進する。

 トマが間近まで接近した。声をかけようと思ったが、それよりもトマのランタンが照らしているモノに意識が吸い寄せられた。

 最初、それがなんなのかまったく理解できなかった。

 白い物体だ。ぐちゃぐちゃに固めた巨大な蝋燭のような物体が、木の枝や布切れと絡みあって完全に管を塞いでいた。

 気のせいだろうか。

 左隅に人間の顔のようなものが見えるのだが。


(これ……死体?)


 それが裸の肉の塊であることに気づいた瞬間、胃液が喉の奥からせりあがって来た。

『こいつ、すごい太っちょだ。ふくれあがってるし、木の枝に引っかかってるせいで脆くなってる。下手に縄をかけたらまずいかも』

 ガスマスクをしたトマが、くぐもったダミ声で呟きながら振りかえり、言葉をなくす。

『あんた――公爵か? ……待て! マスクの下で吐くな。窒息する!』

 ぞくりとして意識をそらそうとするが、うまくいかない。

 今にも吐きそうになったとき、トマがオースターの二の腕を強く握りしめた。

『い、痛い痛い!』

 吐き気が吹き飛んだ。

 トマは抗議の声を無視して、オースターに頭突きを食らわせた。

『あだ! な、なんだよぉ!』

『外にいろって言っただろ、なんでここにいるんだよ!』

『アキとロフが仕事を手伝わせてくれるって』

『はあ!?』

 ガスマスク越しなので表情はわからないが、トマが激怒しているのはわかる。ダミ声がさらに割れて、言葉を聞き取るのもやっとなぐらいだ。

「トマ、引きずりだせそうかーい!?」

 出入り口付近で手を振っている二つの人影があった。アキとロフだ。

「あのクソ双子……!」

 トマは毒づき、死体のふくれた腕や首を念入りに調べた。

『縄かけ、試してみる。ふたりも来い!』

 トマは狭い管の中で器用に身をねじり、縄を死体の脇の下に通していく。死体が動いた瞬間、壁との隙間から群がりわくものがあった。大量のネズミだ。オースターは悲鳴をこらえ、湾曲した壁に背中をこすりつけるようにして、ネズミの大群をよける。

 そうこうしているうちに、ガスマスクをつけた双子がそばまでやってきた。

『トマちゃん、おまたせー』

『縄かけられたー?』

 トマは死体にくくりつけた縄の先端をオースターに押しつけた。

『あいつらに渡せ』

『わ、わかった!』

 初仕事だ。縄を渡すだけの簡単なお仕事だけど。

『アキ、ロフ。笛で合図を出すから、外からみんなで一斉に引っ張ってくれ』

 双子が『はいはーい』と縄を受けとって、体をねじって方向転換して這って出ていく。

『おい! 公爵も連れてけよ!』

 トマがあわてたように叫ぶが、双子は聞こえなかったのか戻ってこない。

 ふたたびトマとふたりだけになってしまった。

 トマは無言で死体にくくりつけた縄に複雑な結び目をつくる。イライラしているのが手つきからわかった。何度も失敗してはガスマスクごしに舌打ちするのが聞こえる。

 オースターは双子に言われたとおり、ランタンの光がなるべくトマの手元を照らすようにした。トマがオースターを振りかえる。

『あ、まぶしかった?』

『……べつに』

『言うこと聞かなくてごめん。でも、やる気があるってこと、トマにちゃんと示さなきゃって思ったんだ。どうしても君に仕事を教えてほしかったんだよ』

『……教える気がないなんて言ってない』

『そうなの? でも、さっきは』

『やる気あんだろ。だったら教える。でも、この仕事はあんたには早すぎる。だから外で待ってろって言ったんだ』

 わかりにくい。

 オースターは呆れながら、『この死体ってなに?』と問う。

『さあな。たまに下水道に落ちたり、迷って出られなくなるやつが出るんだ。それだろ』

『その……これって、危険な仕事なの?』

『腐乱死体は有毒ガスを出す。こいつを取り除いたら、鉄砲水が押し寄せてくることもある。奥の阻水ハッチは閉じたはずだけど、死体の向こう側の状況がいまいちわからない』

『そっか。僕を心配してくれたんだね、トマ』

 トマは今度こそ作業をやめて、オースターを振りかえった。

『あんた、自分の立場わかってんのか? もしあんたが怪我でもしたら、おれが責任をとらされるんだよ』

『ええ? 大丈夫だよ、君に責任をとらせるなんてこと、させないから』

『あんたはしなくても、あんたの周りの人間がするんだ。「あのいけすかないドブネズミの首をくくれ」と誰かが言えば、おれは首に縄をかけられて、吊るされるんだ』

 ぎょっとする。

『なんてこと! そんなことするわけない。たかが僕が怪我をしたぐらいで――』

 言いかけた言葉を飲みこんだのは、ラジェが「ドブネズミに主を侮辱されても黙っていられるほど、私は寛容にはなれない」と言ったことを思いだしたからだ。

 言葉に詰まったオースターを見て、トマは鼻を鳴らす。

『ほら見ろ。おれの命なんて、あんたに比べればクズみたいに価値がないんだ。あんたもそんなことわかってんだろ』

 オースターは目を見開く。

『クズみたいに、価値がない?』

 トマが投げつけてきた言葉が、頭の奥底に押こめていた古い記憶を波立たせる。


 ――女のあなたには価値などひとつもないのだから。


 その瞬間、オースターは襲いかかる記憶の渦に巻きこまれた。




 あれは、弟が熱病にかかったときのことだ。

 一時的な休戦協定によって戦場から帰ってきた父は、ベッドのうえで死の淵をさまよう弟の姿を見るなり、母を平手打ちにした。その怒りは猛烈で、一晩中、母を悪しざまに罵り、その声は使用人のいない空虚な屋敷に不気味に響きわたった。

 明け方になると、父は何十年分も年をとったようになった。

 軍服をまとったままの背を丸め、バルコニーで夜明けを見つめていた。


 父様、と声をかけた記憶がある。

 父は肩越しにこちらを振りかえり、力なくため息をついた。


「女が残ってもなんの意味もない……」


 そして翌日、父は戦地に戻っていった。

 弟が看病の甲斐なく死んだのは、その一週間後だった。不眠不休で看病をしていた母は、弟の死を嘆くよりも先に、父の次の帰郷を恐れた。

 翌日、母は言った。

「今日からあなたが『オースター』です。わかりましたね?」

 わからなかった。弟を失った寂しさと、母の恐ろしい顔つきばかりが頭を万力のように絞めあげ、理解が追いつかない。

 でも、わたしがオースターになったら、わたしのお名前はどうなるの?

 そう問うと、母はわずらわしげに頬をひきつらせ、答えた。


「女の名など忘れなさい。女のあなたには、価値などひとつもないのだから」



 ――価値はない。男でない自分には。

 その言葉はもうとっくに受け入れたはずだった。今さら傷つくはずもない。

 けれど、自分以外の人間が言うと、こんなにも胸に突き刺さる。

『おれたちに価値があるうちは生かしておく。でも、用済みになったらあっさり捨てる。あんたらはいつもそうだろうが』

 トマのいらだった声に、オースターは我にかえる。

『そんな……』

『下水道に捨てるんだろう。ごみだの、クソだのと一緒くたにして。おれたちにはあんたらが撒きちらす排泄物ほどの価値もないんだから!』

『なんてこと言うんだ、トマ!』

 オースターは激高し、トマの両頬をガスマスク越しに叩いた。

『僕はそんなことしない。クズだなんて思ってもいない。君たちには僕と同じだけの価値があるんだ。だから自分で自分を貶めるようなこと、ぜったいに言っちゃだめだ!』

 ガラス越しのトマの眼差しが怒りに満ちたものに変わる。

『掃除夫と貴族が同じ価値って、正気か? きれいごとぬかしやがって!』

『正気だよ、なにがおかしいの! 掃除夫だろうが、貴族だろうが関係ない。誰がなんと言おうとぜったいに、君には僕らと同じだけの価値があるんだ!』

 トマが言葉をなくす。呆れたような、驚いたような、そんな顔で。

『あんた……どうかしてるぞ……』

『なんだと!? どうかしてるのは、そっち――』

 反論しかけたオースタの思考は、そこで停止した。

 吸い寄せられるようにトマの背後、腐乱死体の奥を見つめる。

『な、なんだよ』

 トマが怯んだように呟いたとき、闇がぞわりとうごめいた。

『トマ、うしろ……!』

 トマがはっと背後を振りかえったのと同時に、死体の頭が爆発したように弾け飛んだ。


 哀れな頭部を木っ端に変えたのは、見たこともない化け物だった。

 鱗も体毛もない、蚯蚓のように滑らかな白い皮膚。

 顔には目らしきものがなく、ただ唾液に濡れた牙の並ぶ裂けた口があるだけだ。


 ぬめり竜、とトマが呟いた。

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