第5話 対策室

「それで、秋君が連れ去られるのを見ている事しかできなかったのか」


「・・・はい、申し訳ございません」


「謝らなくていい。問題は容易く侵入を許したうえ、秋君が本部の外へ出ている場面をピンポイントで狙われたことだ。状況と君の証言から考えるに、意識に干渉する能力者だろう」


雨宮秋を目の前で連れ去られた雨宮渚わたしは、暫くして現場に到着した局員らと現場検証後、特安本部ビルの対策室に呼び出されていた。


室内には局長である稲村さんと研究主任他様々な役職・権限を持つ間野さん、そして―――


「やはり、北海道でのスタンピード誘発疑惑も含め、THOFが本格的に動き出した可能性が高いかと」


丁寧な口調と裏腹に、異様に派手な格好をしている総合対策室室長の累渡かさね わたるさん。


今も、先日片羽隊長が対応した魔物襲撃事案を絡めながらまじめに話しているのだが、見た目がレインボーな為、どこかちぐはぐさを感じてしまう。正直、3年たっても、全く慣れない。


「先日のスタンピードか。確かに、発生のタイミング、スタンピードへの対応について、偽勇者が詳細を把握していた節があった点からも、何者かの意思が介在したものである可能性は出ていた。局内の内通者に関してもだ。」


そこで局長は一息入れつつ、机の資料を手に取る。


「THOFのスタンピード誘発疑惑についても、間野君のおかげである程度把握できた。なるほど、様々な種が存在する混合の群れなら、例え人間であっても、集団の頭に為れるということか」


局長の言葉を聞きながら、私も資料のひとつに目を通す。内容は、魔物の群れにに関する研究データ。魔物は狂暴かつ死亡時即座に消滅する性質から研究が非常に困難な対象。


しかし、間野さんが作成したその報告書には、群れの性質ごとの行動パターンからスタンピードの周期、何より、今回話題に挙がっている群れの長決定までのプロセスまで、グラフ付きで説明されていた。


普段、ふざけている面や不摂生な所ばかり見ているから認識が薄れていたが、彼女は特安の研究部門トップを任される逸材なのだ。いつもはそう見えないが。


「ともかく、今回の件はTHOFで間違いないだろう。早急に対策会議を開く。累君、手配を頼む」


「了解しました」


局長に一礼をし、累さんが部屋を出ていく。扉が閉まると同時に、どこかほっとした顔の間野さんが、口を開く。そういえば、お調子者の彼女には珍しく、対策室に来てから一度も話していなかった。


「いやー、ほんと気まずかったー。累さんにはついさっき無理強いしたばっかでしたからー。まさかこんな事態になるなんてー。って、別になぎちゃんを責めてるわけじゃないからねー!」


「あ、はい。大丈夫です。責任は私にあるので」


「何か話か行違っているようなー。まぁそれはともかくー」


間野さんが局長の方へ視線を向けると、彼も分かっていると頷き、こちらへ口を開く。


「さて、秋君を連れ去ったというウェディングドレスの対象、ここではかりに『花嫁』と呼称しよう。彼女についての話に戻そう。ああ、対策会議もあるし、概要は把握している。聞きたいのは、現場で実際にそれを視認した君が感じた印象だ。率直で構わない」


「印象ですか・・・」


僅か数十分前の記憶だ。思い出すことはそう難しくない。


はずだというのに。


「?すいません。詳細が思い出せなくて」


「記憶から消えている、と?」


首を振り否定する。そうではない。雨宮秋に関することのように、『何かを忘れている』わけでは無い。消しゴムで消されたのでも、霞がかっているのでも無い。


「真白に塗りつぶされたような・・・それこそ、ウェディングドレスを着ていた印象ばかりが先行して、それ以外に思考が回らないといいますか・・・」


うまく、言葉にできたか分からない。そな拙いものでも、局長と間野さんは理解したらしい。なるほどと顎に手を当て、数秒目をつむる。


何か分かったのだろうか。


「分かった。情報提供、感謝する。もう下がって貰って構わない。なお、この後の対策会議にも出席を要請する。以上だ」


「は、はい。失礼します」


危ない。少しぼーっとしていた。『花嫁』の能力?が原因だろうか。


ともかく私は、少し慌てながらも礼をし、対策室を後にする。


今回の責任は私にあるというのに。また、重要事項を思い出せないのかと、嫌悪感に苛まれる。


「次だ。次は頑張らなくちゃ」






「間野君の言う通り、渚君に責任は無い。寧ろ、今回の件はある程度想定されていたものだった」


「いやーなぎちゃんには悪いことしちゃいましたかねー。あの子、結構溜め込むタイプですし―」


対策室に残った2人は、手元の資料をぱらぱらとめくりながら、いつもの様に現状確認を行う。


「それにしても『花嫁』って、本当に居たんですねー。最近、魔物で遊んでるから勇者派なんてとっくに潰れたと思ってましたよー」


「そういった軽口はここだけにしておけ。未だに内通者は判明していない。何より、秋君にもれれば、少しばかり面倒ごとになる」


「まーばれたら、即離反もやむなしですからねー。私の印象操作もあくまで、相手の思考の流れを読み取って、誘導と印象の+-を調整できるだけですしー。リカバーには限度がありますから―」


ばれれば、雨宮秋が敵に回るかもしれない。それでも、少し面倒という程度。それが、彼らの共通認識である。


勇者はあくまで手段のひとつ。あれば良いし、カードとしても非常に強い。


でも、それだけ。それだけなのだ。






ゆっくりと目を開く。シミ一つ見えない真っ白な天井が視界に入る。


「ん?」


妙な既視感。こういう目覚めをするときは、決まってクロノがベッドの中に潜り込んでいた。


そして今、体に重みを感じる。熱くなくけれど冷たくもない、丁度いい心地よさ。


つまるところ、人肌の感触。


反射的に、隣を見やる。するとそこには。


「スゥ……………」


寝息をたてる水色髪の猫耳少女、クロノではなく。


見知らぬ女性が眠っていた。


服は着ていない。


自分の様を確認する。


服は着ていない。


「え?」

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