第7話 2年前 後編

2年前。俺が異世界に召喚されたのと同じ時期に起こった事件。


「・・・君の聞きたいことは分かる。が、一先ず説明をさせてほしい。君の欲しい答えもこの中にある」


「大丈夫です。お願いします」


失われた俺の記憶について何かわかるのかもしれない。そんな思いが強すぎたせいか、どうやら気づかないうちに顔に出ていたらしい。


稲村は、俺が落ち着きを取り戻したことを確認すると、続いて間野さんの方へ視線を投げる。


「準備おっけーでーす。いつでも行けますよー」


間野さんの間延びした返事とブイサインを受けて、稲村はゆっくりと口を開いた。


「事件当時、我々特安は今のように公ではなく、政府主導の裏組織の一つとして動いていた」


それは予想通りの言葉。この組織についてそこまでの知識は無いが、異世界帰りの人間が所属していたり、そのものが作った特殊武装を纏った組織など一度知れ渡ってしまえば、その影響は多大になるだろう。その力を利用したい者など星の数ほどいるだろうし。


それに何より、政府による独占が出来なくなる。他の国にも存在するかは分からないが、公にするよりも、管理し独占した方が圧倒的に利益が高い。他国にいないのであれば尚更だ。無意味に、ライバルを増やす必要はない。


「担当業務に関しては今とそう変わらない。非科学的な事象が関連しているであろうモノの解決・回収・保護もしくは破壊。今と違うのは表でこなすか裏で片づけるかのどちらだけ」


彼はそう言いつつ、こちらに向かって部屋に設置されているモニターを見るように指示してくる。


そちらでは、間野さんともう一人の局員がパソコンを操作し、何らかの映像を映していた。


「今から見せるのは2年前、欧州のとある国の山中で起こった山火事について調査していた際の現場映像。その一部だ」


稲村の言葉と共に映像が再生される。


最初に映し出されたのは黒々とした大地。そこら中に炭化した木々が倒れており、それらをどけるように一本の道が出来ている。タイヤ痕もあるところを見るに、この映像がとられる前には、既にある程度の規模の捜索が行われていたのだろうか。


「当初、我々はこの事件に関しては認知こそしていたが、担当の対象外だった。なにより事件現場は海外。日本人の被害者が出れば出動するが、それは当然我々ではない。この道を開拓したのは、事件が発生した国の消防隊とその協力組織だよ」


「では、なぜ特安が出向することになったんですか?」


「その原因は・・・あぁ、もうすぐに映る」


映像の中では、特安とはまた違った装備をした日本人と事件発生した国の人であろう外国人ら数名と合流し、彼らに先導される形で山道を登っていく。


「先ほど話した通り、事件現場から行方不明あるいは死亡者扱いとなっていた方々の遺体が発見された。この映像が撮影されていた段階では、世間的には事件現場跡から日本人遺体が発見されたという扱いだったが」


「世間的には、という事は、日本の上層部では」


「例の件での対象者達であるという事は連絡された段階ですぐに分かった。一般的にはともかく、上層部はその件で持ち切りだったからな」


映像のほうでは、事件現場に到着したらしく先導者達が足を止めその方向を指さす。前を歩いていた局員たちがそちらの方を向き、やや遅れてカメラも指さす方向へ向けられた。


其処に映し出されたのは、崩壊した建物らしき残骸とその中心に存在する大穴。よく見ると壁沿いにコードのようなものがぶら下がっているのがわかる。


その中でも明らかに目を引くのが、大穴の中心に突き刺さっている―――


「え」


思わず声が出てしまう。


何故ならば、それは―――


「渚?」


カメラを持っていた局員も気付いたのだろう。カメラがそれに向かってピンポイントでズームされる。拡大された映像には半透明な棺の様なケースに収められている少女の姿が明確に映し出されていた。


同時にほかの局員達も先導者である日本人や外国人らに事情を聴こうとしているが、彼らは何を言っているのかわからないといった、困惑した様子で首を傾げている。


「これは、まさか」


「この現場に到着してすぐ、特殊なケースの中で保存されていた渚君を発見し、保護した。だが、ケースがあった事に気付いていなかった様でね。一先ず、その場で安否の確認を行おうとケースから彼女を救出したところでようやく渚君を認識したのだ」


思わず渚の方へ視線を向ける。彼女は、自分の身がどのように発見されたかを知っていたのか、何事も無いように映像を眺めている。


「この辺りの事は、彼女には説明してある。何せこの事件で唯一発見された生存者だったからね。我々としても、情報を取得するために、彼女には何度も事情聴取を行った。だが」


「・・・記憶喪失だった」


「そうだ。君の事に関する事。そして、事件当時何があったのか。何故自らはここにいるのか。それらの記憶に関して、きれいさっぱり忘れていた。とはいえ、何も収穫が無いという訳ではなかった」


「と、言うと?」


映像は場面が切り替わり、どこかの一室が映し出されていた。室内では机越しに渚と稲村が向かい合っており、書記としてか、部屋の一角でパソコンに文章の打ち込みを行う局員の姿があった。状況から、渚の事情聴取の場面だろう。


『渚君。君は兄の雨宮秋君の事について何か覚えているかな』


映像内の稲村が低く、けれどどこかあやすような声で尋ねる。


『・・・いいえ。覚えていません』


渚は少しの間考えこむ様子を見せたが、どこかあきらめたように首を振った。


「っ・・・」


事前に言われていた事だが、こうして本人の口から聞くとショックを受ける。まだ、どこか現実を受け入れられない自分がいるのだろう。それでも、今は真実を知るために、向き合わなければいけない。


脳内を冷却し、改めて渚の言葉を反芻する。今の渚の言葉には不可解な点が存在していた。


稲村の話が本当であるとすれば、俺のように行方不明、もしくは死亡扱いになった者の周辺は、彼の事など存在していなかったかのように振舞うという。彼はそれを、大規模な洗脳と言っていた。何かしらの手段を用いて、対象を『無かった』と書き換えたと。


ならば、俺に関する質問に対して、彼女は「知らない」と答えるはずだ。彼女からは、俺は『居ない存在』となるはずなのだから。でも、渚は「覚えていない」と答えていた。なんでと答えた?


考えられる事として一つの予想が浮かぶ。それを口に出すのと、映像内の稲村の言葉が重なった。


『「覚えてない、という事は、があるのか?」』


渚は難しそうに顔をしかめつつ、まだどこか整理しきれていないのか、途切れ途切れに話す。


『分かりません。確かに何か忘れている、という感じはする・・・んですが。正直、それが何か分からなくて。雨宮秋、と聞いた時、何と無く引っかかるものがあったというか・・・』


「一度停止してくれ。それと、渚君。こちらに」


稲村は間野さん達に指示を出し、映像を停止させる。次いで、呼ばれた渚がこちらに駆け寄って来る。


「さて、ここまでの映像と説明で分かったと思うが、渚君はこれまでの事例とは異なり、何らかの方法で洗脳を解いた。あるいは防ぎ、あの事件現場にたどり着いた。洗脳の方法に関しては結局わからずじまいではあったが、彼女とその兄である君がこの一連の事件における糸口を握っているのではないか。そう考えた我々は、あの事件現場を捜索するとともに君に焦点を絞って調査を行うことにしたのだ」


「それで、異世界から帰還してすぐこんな対応を受けたんですね」


「ああ。とはいえ、それだけでは無かったのだがね」


「それだけでは無かった?」


「この資料を読んでくれ」


先ほどとはまた別のファイリングノートが手渡される。だが、その背表紙には何も書かれていない。


「この件は機密中の機密だからね。今回君に見せるのは、この件に君が深く、いや、この件の中心人物の一人が君だからだよ」


表紙を捲り中の資料に目を通す。そこにファイリングされていたのは、煤汚れた書類の数々。中には燃えた跡が残っているもの、完全に黒く染まり読めなくなっているものもあった。


中身の資料は全て、見たこともない言語で記されていたが、俺の持つ〈言語理解〉のスキルによってそこまで苦にはならない。所々暗号化されている部分もあるが、そちらは〈解読〉スキルで対応することが出来る。


ただ、資料のほとんどは膨大な量の実験記録が記されており、たとえ、文章を読めても意味が分からない事が多いのだが。


ふと、読み進めていくうちに頻出する単語に気付く。


「プロジェクト・・・勇者。勇者を生み出す、計画?」


その言葉は多岐にわたる実験記録(内容物や求めている結果等からなんとなくそうであろうと推測しただけだが)の多くに記載されていた。どうやら、この実験の数々は勇者を生み出すためのものらしい。のだが―――


「勇者を生み出す為の計画。俺が中心人物の一人・・・」


「分かったかね」


稲村の声に、思考の迷路をさまよっていた意識が引き戻される。だが、混乱は今も続いたままだ。これらの資料が本当ならば、導き出される答えは、一つ。


「現時点での話だが、我々は君こそがこの計画の―――」


稲村が、その結論を口に出そうとした。その瞬間。


彼ははっと、自らの頭上を見上げる。ほぼ同時に、俺の〈危機感知〉〈敵性感知〉の両スキルが大きく反応する。〈危機感知〉は自らの身に害を及ぼす存在・事象が迫っている事を。〈敵性感知〉は俺に対して敵意を強く抱くものに反応する。その両方が反応したという事は。


「総員、戦闘配置に着け!どのようにやったかは知らないが、我々の防壁を人知れず突破した侵入者がいる!発見次第、報告、応戦。可能ならば即時排除せよ!」


稲村が襟に着けられている小型マイクにに向かって指示を出す。


既に、局内は慌ただしくなっており、間野さんのもとには局員二名が護衛のように周囲を警戒している。渚はこちらにちらりと視線を向けたが、すぐに放し、稲村に対し指示を求める。


稲村は軽くうなずくと、俺をまっすぐと見据える。


「すまないが、説明は一度中断だ。これより侵入者に対応しなければならない。・・・考えようによってこれも君に対する説明、何故特安が公に存在するのか、世界の状況はどうなっているのかに対する答えとなるだろう」


稲村はくるりと背を向け、渚、そして間野さんとその護衛にあたる者たちと共に上階へ向かおうとする。


俺が突然のことで体が止まっていた数瞬。彼は立ち止まり背中越しに問いかけてきた。


「君は別に隠れていてもいいが、より深く、自らの手で知りたいというのであれば、ぜひ手伝ってほしい」


その問いかけに対する俺の答えは、決まっている。この世界に来て分からないことだらけなのだ。少しでも情報が欲しい。たとえ、嘘だとしても―――


「当たり前だ」











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