第6話 イルキラ魔兵商会1

 そこはまるで城壁に守られた町のようだった。

 高い塀と、それを取り囲むのは深い湖。

 いや、これは湖というよりも、この建物を護るために造られた堀なのだろう。

 ヴェルム自身、ここに来るのは初めてだった。

 そこから下ろされた橋を渡り中に入る。

 社名リクシーナと自分の名前を言うと中に通される。

 建物は質素一色ではあったが、通された応接室は極めて豪華だった。

 今や希少とされる竜の皮を使ったのであろう壁のタイルや、床に敷き詰められているのは南方にいると言われているサイバルタイガーのものだろうか。

 片隅には説明用なのだろうか、おそらくこの会社の開発した製品が展示されている。

 ここはイルキラ魔兵商会の本部兼研究所。

 数多くの画期的な兵器がここで生み出された、機密の中枢。

 リクシーナとは別の意味で世界各国から注目をされている一大企業の本拠地だ。

 さて、ここからが、勝負となる。

 今回は初めての顧客であり、しかも一大企業ということで、大きな金が動くことが予想され、ヴェルムとしてもかなり大きな商談となる。

 だからこそ、本来なら一人で来たいところだが、メイフィの教育にはちょうどいい案件だとも思う。

 問題は彼女が耐えられるかどうか、だろうか。

 ヴェルムとメイフィが無言で待っていると、ドアが開き、二人の者が入って来る。

 一人は四十代だろうか、歓迎の笑みを浮かべ二人を出迎えてくれるスーツの男。

 もう一人は、研究者の白衣を着た、おそらく二十代の女。

 その女は、地は可愛いのではないかと推測される。

 十分に睡眠させ、穏やかな心地にさせて、通常レベルに髪や服を整えれば、男なら振り返るような女性であると期待できる。

 だが、目の下には隈が目立ち、お世辞にも清潔とはいいがたい白衣、そして何より、精神が穏やかな者ならまずは浮かべないであろう薄ら笑い。

 それが彼女を魅力的な女性から、奈落にまで引きずり落としている。

 他社の社員をそのように評することは非常に失礼ではあるが、その風体はまさに「マッド研究者」のそれだった。

「お待たせしました、お初にお目にかかります。私がイルキラ魔兵商会専務兼開発本部長のキャルハンと申します。こちらが開発部長のレイナです」

 キャルハンが言うと、レイナと紹介された女性が、無言のまま何度も軽く頭を下げる。

 おそらく彼女は人見知りなのだろう。

 それで部長を任されている、という事は相当に優秀なのだろう。

 少なくとも客先に出て来る辺り、社員にすら衝立越しにしか話せないどこかの課長よりは社交的と言えるだろう。

「ご挨拶が遅れました、私、リクシーナ金融社融資営業部次長兼窓口課カスタマー課長のヴェルムと申します。こちらが部下のメイフィです」

「よろしくお願いします!」

 レイナに差を見せつけたいのか、大きな声で言うが、はっきり言って邪魔だ、そのどや顔も含めて。

「それで、ご融資の件ですが、御社は各国に頼めば資金を提供されるのではと愚考しておりますが。何故弊社へ? 弊社としては歓迎なのですが」

 イルキラ魔兵商会は、先進武器の開発分野ではほぼ独占的にシェアを持っている。

 リクシーナから融資を引き出そうとする国も、その理由に「イルキラで最新武器を購入し、戦争に勝つため」を上げることも多い。

 戦争があれば双方が儲かり、そういう意味で間接的な相互関係であるとお互いに認識していたはずだ。

「それが、今回開発している生体術式は、どこか一カ国だけに売るのではなく、各国に売りたいのですよ。出来れば全ての国に。ですから、どこかの国の資金での開発はしたくないのです」

「なるほど。戦争の標準化デファクトスタンダードになされるおつもりですね」

 もちろん、ヴェルムはここに来る前にイルキラの情報は仕入れている。

 開発内容は画期的で、戦争の在り方を根本的に変貌させるかもしれない程だが、非常に開発に手こずっていて、潤沢に資金のあるはずのイルキラにしても傾くほど資金を注いでいるようだ。

 そこまで資金を注ぐ商品、言ってみれば、大企業が命運をかけてもいいと思える、その商品の情報も既に入手している。

 だが、知っているという事実を言えるわけもない。

「それでその融資を行う商品とはどのようなものでしょうか?」

 ここから、勝負の本題に入る。

 向こうはこちらから巨大な融資を引き出したいと思っている。

 こちらはこの巨大な案件を成立させたいと思っている。

 その点においては両者の利害は一致している。

 だが、こちらは本当に融資した金が利子を付けて返ってくるかが極めて重要だ。

 だから、あちらはこの事業がいかに魅力的で儲かるか、そしてこの後提示するであろう担保がいかに価値のある物かをプレゼンするだろう。

 こちらはそのプレゼンを聞き、投資に値するかどうかを判断するのだが。

 当然不都合な情報は隠してくるだろう。

 それを問い詰めて、その上で判断するのだ。

 専務が出てきている以上、このプロジェクトに社運をかけているのは明白だ。

 となると、こちらも全力で見極めなければならない。

 ここで問題となって来るのが、メイフィだ。

 先ほど注意をしたのだが、彼女がそれで大人しくなるだろうか?

「先ほど軽く申したように、弊社独自の生体術式という技術を応用したものなのですが、商品名『傀儡諜報員パペットエージェント』というものです」

「ほう」

「…………っ!」

 メイフィが息を呑むのが分かる。

 あれだけ言ったのに、名前だけでもう反応するとは、先が思いやられるな。

「こちらは敵を自軍の諜報員として使用するような術式が組まれております」

 術式、とはあらかじめ魔力と呪文を封じ込めた道具で、魔法の威力増大などにも使われるが、一般的には誰でも魔法が使える道具と言っていい。

「具体的にはどのような?」

「敵にこの術式で呪いをかけることで、その者を傀儡パペットとしていつでも操ることが出来ます」

「呪い、ですか」

 呪い、という表現はあまりに曖昧であり、それが何を指すのか分かりにくい。

「この場合毒と表現するのが一番かと思います。まあ、物理的な毒ではございませんが、術式の効果を体内に取り込んで、人間の本来持っている魔力の循環機能によって身体全体に拡散します」

「ほう」

「そのような状態になれば完成です。別機より操ることが可能となります」

 つまり、術式を使えば、相手に呪いをかけられ、それからしばらくすればそいつを操れることになるのだろう。

「ちなみに操っている時には本人の意識はなくなりますが、それ以外の時には自立して自分の意志で動きます。そして、操作されていることには気づきません」

「操作中は相手の視線も確認できますか?」

「もちろんです」

「では、視聴覚や痛覚などは?」

 この辺りは重要だ。

 新しい武器の購入を検討する際、必ず国の偉い者が試しに操作したがることだろう。

 だから、売れる、売れないはその操作性にかかっていると言ってもいい。

 一番真剣に質疑をしている最中、メイフィが信じられない、といった表情でヴェルムや専務を見ているのが分かる。

 本当に、世間を知らない奴だ。

 後で、あれをするしかないな、不満を全部吐露させて、全てについて現実を教える教育。

 それは比較的安価に教育できるため、前にやっていた教育法だが、男子社員が辞めたり、女子社員が泣き出したりすることが多発したため、最近は控えている。

 だが、こいつは泣いたり辞めたりするような奴ではないだろう。

「視聴覚はありますが、出来れば痛覚は抜きたいと考えて研究中です」

「それは可能ですか?」

「研究しておりますので将来的には可能かと思います。ただ、完全になくすことは、運動能力に影響を及ぼすと考えられますので全てを抜き取ることは考えておりません」

 これは、逆だな。

 ヴェルムは直感的にそう思った。

 欠点を隠すための条件だ。

 神経を「消さない」のではなく「消せない」のだ。

 おそらくイルキラ側も、痛覚を完全に取り除くことが理想だと思っている。

 その方が売れるに決まっている。

 だが、研究者、レイナあたりから不可能だと言われたのだろう。

 おそらく論理的に不可能であることを説明され諦めて、今度は「あえて残した」と説明を考えているのだ。

 まあ、これに気づかない国家は少ないだろうが、だからと言ってこれを理由に購入を取りやめる国家も少ないだろう。

 留意程度で問題ない。

「分かりました。それで、この呪い、という毒は本人が死ぬまでは恒久的に有効なものでしょうか?」

「それは……まだ開発中ですが、現段階では開発部の魔術師たちからは難しいと言われています」

 専務は痛いところを突かれた、と苦笑する。

 ここが欠点か。

 いや、だが、最大ではないな。

「難しい、とはどのようなことですか? 経年でどのような状態になりますか?」

「自律できなくなります。徐々に動きが困難になり、目も耳も悪くなり、やがて操作しなければ動けない操り人形パペットになります。そうなると、操作をし続けないと敵にばれてしまうことでしょう。ですから、使い捨てになってしまいます。そろそろ、という頃に、敵に操作していたことがばれないよう、自殺させることをお勧めしようかと考えています」

「…………っ!」

 メイフィが立ち上がり、専務を睨む。

「?」

「メイフィ、座れ」

 理由は分かる、人の生死を軽く口にする専務に腹を立てたのだ。

 彼女の家族も同様に殺されて、そこから立ち直り切ってはいないのだろう。

「…………失礼しました」

 メイフィは深呼吸をして座る。

 まあ、メイフィの事は後回しだ。

 この件はどうだろう?

 使い捨ては各国嫌がるだろうな。

 だが、これを戦争の標準化デファクトスタンダードに出来たら、使い捨てである以上、逆に安定収入となりえる。

 戦争の標準化デファクトスタンダードである以上、各国が挙って買い揃えて、中には当社から金を借りる国もあるだろう。

 問題は成功確率だ。

 ある程度のリスクは仕方がないが、他社の大成功には興味はない。

 融資した資金に、利子をつけて返金できる程度の利益があるかどうかだ。

「それで、操縦者側の影響は?」

 使い捨ては仕方がない、と譲歩してもいい。

 敵兵である以上、永久に使う用途もあまりないだろう。

 問題は終身で使うはずの自国の兵、つまり操縦者だ。

 そちらに影響があるなら買い足はかなり鈍る。

 自国民の兵に他国との殺し合いをさせておいて、大切にするも何もないのだが。

 だが、国のトップというものはそんな矛盾を臆面もなく語るものだ。

「特にはありません。強いて挙げるなら、開発中に傀儡パペット側が殺されたり、自殺する時に人によってはトラウマを負う、という程度でしょうか。これにしても戦争では当然あることですし、操縦者は基本、兵士と思われますから問題はないかと」

「そ、その……!」

 いきなり、メイフィが口を開く。

 先ほどからの会話に耐えられなくなったのだろう。

「……そ、その開発中の実験というのは……何人殺したのですか……?」

 口調は穏やかだが、答え如何によっては飛びかかりかけない表情だ。

 さすがにそこまでの事はしないとは思うが、いつでも止められるようにしておいた方がいいだろう。

「さて、何人ほどでしょう……? 数えておりませんが、その素体調達にも資金がかなり必要となりまして、今回の融資の相談と──」

「人を簡単に殺してっ! その数も分からないとか、何言ってるんですかっ!」

 堪え切れなかったメイフィが叫ぶ。

「な、何を言っているのかと言われましても……」

「人を操作して使い捨てにする機械? それを開発したいからお金が欲しい? ふざけるなっ! あんたたちは──」

「メイフィっ!」

「…………っ!」

 普段声を荒げることの全くないヴェルムが怒鳴り、メイフィが言葉を止める。

「戦争というものは一個人の命よりも国益を重視するものだ。それに関与するなら命を消費するのも致し方がないだろう。こちらの会社は正当に金銭取引で人体をご購入されているのだ。何の問題があるのだ?」

「で、でも……っ!」

「お前はリクシーナから給料をもらって生活するのだろう? リクシーナや、その利害関係者の利益のために働け」

 メイフィはまだ何か言いたそうではあった。

 だが、これ以上怒鳴れば職を失いかねないと思ったのだろう、黙って座る。

 もちろん納得した、という表情ではない。

 彼女が何を思っていても構わないが、ビジネスで表に出さないよう教育くしなければ社益にも直結しかねない。

 これまでなら、出来ないことはやらせずにさっさと今の能力で出来る仕事を渡すのだが、彼女に関してはそうも言っていられない。

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