第2話 メイフィ

 剣と魔法が物を言う時代。

 各国は勢力を更に拡げるため、または、守るべき国土を奪われないようにするため、武力、つまり剣と魔法、そして人の力を競っていた。

 剣の強さはより熟練した鍛冶屋を育成することだ。

 魔法の強さはより深い研究を魔法使いたちにさせることだ。

 人の強さは剣や魔法を使いこなせる者を鍛えることだ。

 それら全てが金の力に帰結する。

 国の強さとはつまり、金の量なのだ。


 大陸を股にかける国際企業、リクシーナ金融社。

 その名の通り、金貸しである。

 金を貸して利息をとともに返済してもらうことで成り立っている、国際的な金融会社だ。

 彼らは担保や事業計画があるなら、たとえ相手がテロリストでも異種族でも融資を行う。

 そして、返済が出来ない場合、たとえ相手が国王であっても、担保を譲り受ける。

 先ほどの王のように、借りておいて返済を渋り、担保徴収を執行しようとすると怒る者は多い。

 だが、彼らはいかなる手段を使ってでも、返済を強要する。

 例え地の果てまで逃げても、武装して要塞に引き込もっても。

 そして、それらを実現しているのが、融資営業部の誇る三つの部署だ。

 一つ目が、ヴェルムが課長をしている、窓口係でもあり、融資相談から徴収までを仕切る窓口課、通称カスタマーだ。

 通常の善良な借主は、彼らとしか会わず、彼らの事しか知らないだろう。

 二つ目は、武装して私兵として戦う兵装課、通称リュークス。

 彼らの統率力は列強国の国軍をも凌ぐレベルで、一人一人が強い。

 課長であるシャムレナは師団長を名乗っているが、実際兵装課リュークスに万の兵はいない。

 だが、彼女は「私たちは万の兵に匹敵する」と豪語しており、だからこそ万の兵をまとめる師団長を名乗っているのだ。

 三つ目、兵装課リュークスよりも更に表に出ない課が、融資営業部には存在する。

 それが諜報課、通称ラクシルだ。

 彼らはリクシーナの目であり、耳であり、知識だ。

 世界中に目と耳を持ち、集めた知識を分析して推論を立てるのが主な任務だ。

 表には出てこないが、極めて重要な部署だ。

 今回の支払いが出来そうにない情報も彼らを通じて入手している。

 これらが一体化した融資営業部を擁するリクシーナ金融社は、強い。

 列強国が攻め入ってきても耐え抜くかもしれない。

 だが、彼らには何の思想もない。

 担保さえあれば独裁国家にも融資する。

 担保がなければ、弱い国を保護する列強国の融資も断る。

 特に交戦中は彼らの融資によって勝敗が決まることも過去にはあった。

 つまり、彼らの意向により世界地図が変わることもあるのだ。

 だが、彼らは世界の覇権に何の興味もない。

 ただ、融資が可能な相手がいるかどうか、なのだ。

 各国からは土地を持たないだけの国家とも恐れられる、一企業。

 その強大企業が今回、領土を保有することになったのだ。


 とある国の、ほぼ自治区と化していた地域。

 そこに現リクシーナ金融社の本社はあった。

 その地下の一室。

 座敷牢ともなっているその場所に、ヴェルムは向かっていた。

窓口課カスタマー課長のヴェルムです。入りますがよろしいでしょうか?」

「どうぞ~」

 室内から、やる気のない若い女の声がする。

 その声を確認してから、ヴェルムはドアを開く。

「いらっしゃい、課長さん自ら来るのは珍しいわね。やっと解放のお時間なのかしら?」

「期限は来週です。どうか今しばらくお堪えください」

 若くして課長になった彼よりも更に三歳は若い女の子に、深々と頭を下げるヴェルム。

 それも仕方がない、彼女は、お客様からの預かり物なのだから。

 この金髪をサイドテールにした少女の名前はメイフィ。

 彼女の父親は世界中に指名手配されている盗賊団銀の神狼シルバーフェンリルの親分だ。

 銀の神狼シルバーフェンリルの構成員は、村一つ分の人口に等しいほどと言われている巨大な盗賊団だ。

 盗みはもちろん、その気になれば小国なら滅ぼせる程の武力まで持つ危険な集団でもある。

 だが、思想や治安に興味のないリクシーナ金融社は、彼らにも融資を行っている。

 彼らにまともな事業計画があるはずもなく、彼らが提示したのが担保であり、そしてその担保が彼女、メイフィなのだ。

 盗賊団が返済をしなかった場合、担保である彼女が社のものとなり、社は彼女を金に換えるため、売り払う事だろう。

 生意気ではあり、まだ十五歳という子供でもあるが、美少女である。

 しかも大盗賊団の親分の娘だ、欲しい団体は数多いだろう。

 また、健康的であるため、魔術実験の素体としても売れるかも知れない。

 ヴェルムは盗賊団に返済がなかったらそうすると既に通知してある。

「それで、今日は何なの?」

「引っ越しをいたしますので、ご準備をお願いします」

「ふうん? ま、捕虜だからあんたらの言う通りにするけど、今度は地上に上がれるのかしら?」

 ダークレッドの瞳を生意気そうに持ち上げ、社が用意したソファに座って脚を組む。

 身体の線がはっきりと出るシャツにミニスカートという格好は、最初、自分の身体を見せつけるものだと、ヴェルムは思っていた。

 見せつける、と言ってもその身体は十五歳相応のもので、彼女が女の子であると分かる程度のものでしかない、というのが感想だった。

「地上かどうかはまだ不明です。わが社は西半島に領地を得たので、そちらに本社を引っ越すことになっております」

「ふうん……ま、いいけど」

 メイフィは立ち上がり、辺りを歩き回る。

 その一切に物音は立てない。

 そう、彼女は父同様、盗賊なのだ。

 足音はしないし、気配も消せる。

 彼女の服装は身体を見せつけるためではなく、衣擦れの音がしないためにあえてそうしているのだ。

「メイフィ様の引っ越しには、細心の注意を払いますので、くれぐれも良からぬ気を起こしませんように」

「大丈夫よ」

 メイフィは再びソファに戻り、ぽすん、と座る。

「逃げたりなんかしないから」

「そう言っていただけると、こちらも安心です」

 もちろん、盗賊の担保が言う事など何一つ信用してはいない。

 これは駆け引きであり、向こうもこちらを油断させようとしているように、こちらも安心すると言って相手を油断させる。

 この女は、父から駆け引きまで教育されているのか、とヴェルムは敵ながら感心したものだ。

 何も知らなかった、この時には。

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