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「あれ?一人か?」


 プライベートルームで座ってると、陸ちゃんが元気よく入ってきた。


「うん。聖子と光史は音楽屋に行くって。センとまこちゃんはスタジオにいるよ」


「…元気ないな。何かあったのか?」


 陸ちゃんは、そう言ってあたしの横に座った。


「え?そんなことないよ」


 笑ってみせたものの…

 あれから二週間たった今でも、高原さんの機嫌が悪くて。

 それどころか…家に行くことも拒まれてしまった。



「嘘つけ。こーんなに、眉毛がさがってんぜ」


 陸ちゃんが、あたしの眉を指で押さえる。


 …陸ちゃんは、するどい。

 あたしが悩んでると、いつもさりげなく、こうやって声をかけてくれる。



「実は…ね」


「うん」


「母さんが、見つかったの」


「え?」


 陸ちゃんはキョトンとして、しばらくあたしを見つめた。


「…知花のおふくろさんて、亡くなったんじゃなかったっけ?」


「そういうことになってただけ。生きてるの」


 渡米した時…SHE'S-HE'Sのメンバーには、あたしの事情を話した。



「で?」


「今、ある人のところでお世話になってるんだけど…」


「連れて帰らねーのか?」


「事故に遭って寝たきりだったんだって。それを、ずっと面倒見てくれた人がいて…その人は、母さんを愛してて、あたしみたいな娘がいるなんて思ってもみなかったみたいで…」


「…で、こじれてる…と」


「うん…」


「ヘヴィな話しだな」


「……」


「で?どうする気だ?」


「え?」


「ほっといたって、何も変わんねーだろ?」


「そうだけど…」


「ちなみに…親父さん、このこと知ってるんだろうな」


「…知らない」


「言ってないのか?」


「だって、母さんが自分でどうにかするからって…」


「どこに帰ると思ってんだ。経緯はよくわかんねーけどさ、そりゃ親父さんに説得してもらいな」


「……」


 陸ちゃんの言うことは、最もだ。

 だけど…


「怖いの…」


「どうして」


「その、面倒見てくださった人…」


「……まさか…父親なのか?」


 陸ちゃんは、するどい。

 あたしは黙ってたけど、それは答え以外の何物でもない。


「そっか…確か、父親は知花の存在を知らないんだったよな…」


「母さんも、知られたくないみたいなの」


「でも、このままじゃ前に進まないぜ?」


「そうだよね…」


 窓の外をボンヤリ眺めながら、考える。

 あたしが母さんの娘だと知ってしまった以上、高原さんは母さんといても苦しいだけかもしれない。

 母さんが大切に想ってるように、あたしも高原さんを大切に想う。

 …傷付けたくはない。



「……」


 あたしは、無言で立ち上がる。


「知花?」


「あたし、父さんに話して来る」


「……」


 陸ちゃんは、少しだけ笑うと。


「頑張ってこいよ」


 ハイタッチの構えをした。


「…うん。ありがと」


 パチン。

 あたしは陸ちゃんから勇気をもらう形で…プライベートルームから駆け出した。




 * * *




「………さくらが?」


 父さんの会社に来て、戸惑いながらも母さんの話をすると。

 父さんは驚いてあたしを見た。


「迎えに行ってほしいの」


「迎えにって……知花、ちょっと待ってくれ…」


 父さんはかなり動揺してしまって。


「さくらが…」


 額に手を当てて、外を見渡した。


「どうして…さくらが、その…高原さんの家にいるってわかった?」


 父さんが外を見たまま問いかける。


「……」


 あたしが黙ってると。


「その人が、知花の…」


「お父さん」


 あたしは、父さんの背中にしがみつく。


「…知花?」


「あたし、父さんのこと…大好きよ」


 父さんはあたしに向き直ると。


「わかってるよ…わかってるから、正直に答えてくれ。高原さんが、父親なんだね?」


「……」


 あたしは、無言で小さく頷く。


「…そうか…」


「でも、母さんは…高原さんにそれを秘密にしてるの」


「秘密に?」


「あたしにも、どうしてか分からないけど…」


「……」


 父さんはしばらく黙って外を見つめて。


「…知花」


 あたしの肩に、手をかけた。

 そして…


「さくらのいる所へ、案内してくれ」


 そう言って、ジャケットを手にした。



 * * *



 父さんの運転で高原さんの屋敷に辿り着くと。


「お話があります」


 父さんは、開いたドアの向こうにいた高原さんの目をまっすぐに見ながら言った。


「…どうぞ」


 高原さんは少しだけ面白くなさそうに、父さんを別室に招いて。

 あたしは母さんの部屋に向かう。


「…母さん」


「知花…どうしたの?」


「え…」


 あたしは母さんの姿を見て驚いた。

 初めて会った時は寝たきりで…目もうつろだった。

 何度か通っている間に、少しずつ声を出せたり表情豊かにはなったけれど…

 今、目の前の母さんは、窓際に立って花を見てる。

 まさか…立ってるなんて…


「歩けるの?」


「ええ。なっちゃんが、つきっきりでリハビリしてくれて…」


「つきっきり?」


 そういえば、最近事務所で見かけなかった。


「家に帰るのに…そんなんじゃ、だめだろって…」


「……えっ?」


 え?え?

 高原さん、母さんを…


「知花を驚かせたいって…最後の役目は俺がやるって」


「……」


 高原さんの想いに……胸が締め付けられる。


「母さん」


「え?」


「高原さんを、愛してる?」


 あたしは、母さんの手を取って問いかける。

 すると、母さんは。


「愛してるわ」


 優しい声で、言った。


「どうして、あたしの父親が高原さんだって言わないの?」


「……」


 あたしの問いかけに、母さんは外に目をやって。


「思い出に…後悔しか残らないなんて…辛いよね…」


 って、静かに言った。

 だけどあたしには全部が聞こえなくて…


「え?」


 聞き返してみたけど、母さんはそれ以上何も言わなかった。



「…父さんのことは?」


「もちろん、愛してるわよ」


 …優しい笑顔。

 どちらも嘘には思えない…。



「…今日、父さんも来てるの」


「…え?」


 あたしの告白に、母さんは驚いて。


「な…なっちゃんと、話してるの?」


 って、慌ててる。


「…うん」


「そんな…」


 あたしと母さんが、重苦しい雰囲気になってると。


「さくら」


 高原さんが、ドアを開けて入って来た。


「なっちゃん…」


「荷物はあとから送る。今日…このまま知花と帰れ」


「…どういうこと?」


「他に好きな奴がいる女と、そう長くは暮らしてらんねえよな、知花」


 高原さんは…わざと、笑ってくれた。

 あたしは、痛くなる胸を押えながら。


「…ありがとうございます…」


 高原さんに深く頭を下げる。


「なっちゃん…」


「…いつでも、会えるさ。知花の歌を聴きに来たりしろよ」


 母さんの手を取って、高原さんが歩き出す。


「…さくらを、お願いします」


 高原さんがそう言うと、ドアの所に父さんが現れて。


「…貴司さん…」


 母さんが、父さんにすがりつく。


「さくら…」


 高原さんは、そこから目を反らしてあたしの前に立つと…


「一つ…聞いていいか?」


「…はい」


「…血液型は?」


「血液型?」


 あたしは、キョトンとして、高原さんを見る。

 父さんは、そんなあたしたちを見ながら、ゆっくり母さんと部屋を出て行った。


「Bですけど…」


 あたしがそう答えると。


「高原さん…?」


 突然、高原さんは、あたしを抱きしめた。


「あ、あの…」


「…しばらく…このまま…」


「……」


 高原さんは、涙声になってて。

 あたしは…わけもわからず、そのまま動かずにいた。

 オレンジ色の髪の毛が、柔らかく頬にあたって心地いい…


「…すまない…」


「…いいえ」


 高原さんは、ゆっくりあたしから離れて。


「愛してるよ」


 そう言って、あたしの額に唇を落とした。


 …もしかして…父さん、言ったの?



「さ、行きなさい」


 あたしが顔を見上げると、高原さんはゆっくりとあたしの背中を押した。


「また、事務所でな」


「…はい…」


 深くお辞儀をして部屋を出る。


 …抱きしめられた時…

 初めてのはずなのに、懐かしい気持ちになった。

 胸に手を当てて、その想いを閉じ込める。


 …あたし…良かったのかな…こんな事して…



「…母さんは?」


 車の後ろで父さんが待ってて。


「車の中」


 あたしが車に向かおうとすると。


「知花」


「何?」


「実は、おまえに嘘をついてたことがある」


「……」


 父さんは、あたしの肩を抱き寄せた。


「実は、父さんはA型なんだ」


「……」


 あたしは、父さんを見上げる。


「…母さんは…?」


「O型」


「……」


 継母さんがO型で、麗も誓もO型で、おばあちゃまもO型。

 あたしだけが、父さんの血をもらったのね。って…

 もう、とっくに血の繋がりなんてないって知ってたのに。

 当時、父さんの優しい嘘は…あたしを悲しくさせていた。



「父さん、あたし…今、高原さんに…」


「いいんだ」


「……」


「それに、私とさくらとでは、赤毛が生まれる要素はないだろう」


「あ…」


「たまには、あの人のこともお父さんと呼んで甘えてあげなさい」


「父さん…」


「あの人を、好きだろう?」


「……」


「さくらも、愛した人だ」


 あたしは、父さんに抱きつく。


「ありがとう…父さん」


 あたしがそう言うと。


「今度は、おまえが幸せになる番だな」


 って、父さんはあたしの頭を撫でたのよ…。

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