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「まさか、ここまでやるとはな」


 高原さんが首をすくめながら、グラスを掲げた。


 グランドロックフェスティバルを終えて、そして来週の帰国を前に、今夜は盛大なパーティーが開かれている。

 それには高原さんも駆け付けて下さって…あたし達の業績を誉めて下さった。



 クリスマスのライヴから…

 朝霧さんの策略で、毎月シングルを発表した。

 その全てに、顔も名前も出さず。

 SHE'S-HE'Sは謎の存在のまま、グランドロックフェスティバルに出演した。


 毎月発表したCDは、じわじわと売れ続け。

 気が付いたら全てがミリオンセラー。

 フェス当日には、客席から歌声が聴こえるほど…覚えてもらっていた。

 …鳥肌が立った。


 ステージ裏では、大御所と言われるアーティストの皆さんが控えてて。


「おまえ、なんてクレイジーなキーが出るんだ!!」


「おいおい…あんな激しいベースを弾いてたのが、こんな美人だなんて!!」


「なんてハッピーなツインギターだ!!」


「どんなすごい奴が弾いてるのかと思ったら、ボーイ!!おまえすごいぞ!!」


「うちのバンドに移籍しないか?本気でおまえのドラムに惚れた」



 それぞれ…勿体ないお言葉をかけていただいた。

 …本当、夢みたい…。



「セン、世貴子さんは?」


「チキンを切り分けてもらうって、並んでる(笑)」


 実はセンの彼女で婚約者でもある長瀬世貴子さんが、なんとオリンピックで優勝された。

 今日はそのお祝いもプラスされて、パーティは大変な盛り上がりになっている。



「知花」


 帰国後、センの結婚式の打ち合わせをどうする?って聖子と話してると、高原さんに呼ばれた。


「はい」


「ちょっとこっちへ」


「?」


 首を傾げる聖子に『行って来るね』と言い残して、あたしはその場を離れる。


 …察しはついてる。

 帰国するにあたって朝霧さんから。


「ナッキーには打ち明けた方がええんちゃうかな」


 って言われた。

 だからきっと…その事だ。



「俺が何を言いたいか、わかるか?」


 別室に入ってすぐ。

 高原さんは腕組みをして、硬い表情。


「どうして産んだ?」


「……」


「千里への、あてつけか?」


「違います」


「じゃあ、どうして」


「…血を分けた家族が欲しかったんです」


「……」


 何度聞かれても…それが一番の理由だ。

 あたしは、実の両親を…知らない。

 愛されていたと実感した家族とは、血の繋がりがない。


 今となっては、血なんて…と思うあたしもいるけど。

 それでも…

 千里と別れて、桐生院から勘当されたあたしにとって…

 あたしの中に宿った命は、このうえなく生きる励みになった。



「…千里に話さないというのは?」


「あたしは、もう千里とは関係ありませんから。だから、子供のことについても認知してもらうつもりもありません」


「……」



 しばらく沈黙が続いた。

 本当は…こんな話、高原さんにとっては面白くないよね。

 あたし…瞳さんに負けませんって豪語したクセに…


「…あの時は、瞳さんに負けませんなんて、えらそうなこと言っちゃって、すみませんでした」


 あたしが小さく笑いながらそう言うと。


「何言ってんだ。もうとっくに瞳より世界に出てるくせに」


 高原さんは首をすくめた。


「そういう意味じゃなくて…千里のことです」


「……」


「瞳さんと、いるんでしょう?元気で頑張ってますか?」


「…そのことだけど」


「?」


「TOYSは解散したよ」


「…え?」


 解散…?


「どうして…解散…?」


「いろいろとな」


「それで…彼は?」


「何もしてない」


 どうして?

 何もしてないって…


「もう、歌ってない…ってことですか?」


「歌ってない。やる気もなくして…そのうち、新人のプロデュースでもするかって言ってたけど」


「……」


 あの千里が?


「知花」


「…はい…」


「千里とヨリを戻すつもりはないのか?」


「…あたし、もう千里に呆れられてますから」


「そうじゃない」


「……」


「あの時…おまえらがアメリカ事務所に移籍になる時、本当はTOYSも候補にあがってたんだ」


「候補?」


「おまえらに関しては絶対アメリカで成功させられる自信があった。だから、会議でおまえらに決定したんだ」


 …そう言えば…

 噂でも聞いた事はあったけど、千里は何も言わなかったし…

 あたしは千里と離れたくない一心で、自分から聞こうとも思っていなかった。



「TOYSには、デビュー当時からアメリカ進出の話が持ち上がってたにもかかわらず、俺は見限った」


「見限った?どうしてですか?」


「千里はいけた。でも、他のメンバーじゃ、コマが足らないんだ」


「……」


「メンバーたちも、そのことに気付き始めた。でも千里は一人で行く気なんかないってつっぱねた」


 千里…


「千里は、それならおまえらに行って一花咲かせてほしいって思ったんだと思う。そしてー…あの頃の知花には、自分が目の上のコブになるってこともな」


「そんな、あたしは!」


「実際、千里に行くなって言われたら、行かないつもりだっただろう?」


「……」


 図星。


「千里はおまえの実力に惚れてたよ」


「…でも、瞳さん…」


「瞳とは、いい距離でつきあってたんだとは思うけど、人生のパートナーとしてはな」


「……」


 あたしは、何も言えなかった。

 千里にそんな気遣いをさせてしまうほどの自分の弱さ。

 頭ではわかってるつもりでも、千里を信じることができなかった。

 こんなあたしに、何も言う資格はない。



「知花なら、千里を…」


「無理です」


 あたしは、きっぱり答える。


「あたし、もう彼とは戻れません」


「……」


「本当に好きだったけど、キッカケは…高原さんが予想されてた通り、偽装結婚だったんです。それで、何人もの人を傷つけてしまいました。なのに…」


 高原さんは額に手を当てて。


「俺は、あれだけの奴を埋もれさせたくないんだ」


 つぶやかれた。


「あいつは、絶対こんなとこで終わっちゃいけない奴なんだよ」


 高原さんの言い分はわかる。

 でも、あたしに何ができるの?



「あたしは…もう彼とは違う道を歩いてるんです。何もできません」 


 うつむきがちにそう言うと、高原さんは小さく溜息を吐いて。


「わかった。悪かったな…こんなこと言って」


 って、言われた。


 あたしが一礼して部屋を出ようとすると。


「今度、おまえの子供に会わせてくれよ」


 って、少しだけ寂しそうな笑顔で言われた。

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