28

「アメリカで、成功することを祈って」


「かんぱーい!」


 事務所のパーティールーム。

 今日はあたしたちのために、宴が行われている。

 その会場の色んな面々の中に…千里も…いる。



 あたしと千里の離婚は、あたしたちのことを知っていた人には驚かれたけど。

 もともとそんなに知られてない結婚だったから、特に噂になることもなかった。


 …朝霧さんは、あたしが勘当されたことを秘密にしてくださっている。

 感謝だな…。



「知花、これ食べる?」


 あたしがウーロン茶を手にして立ってると、まこちゃんが料理を盛りつけたお皿を手にやって来た。


「あ、美味しそう」


「このソーセージ美味しかったよ」


「ありがとう。いただきます」


 あたしとまこちゃんがフォークを手にソーセージを食べてると…


「まこちゃん!!どうして知花だけ!?」


 少し離れた場所にいた聖子が、ズカズカとやって来た。


「…聖子、さっきからめちゃくちゃ食べてるじゃん」


「うっ…で…でも!!食べる時は誘ってよー!!」


「ソーセージはトレードしないよ」


「あっ、そんなこと言う?」


 聖子はそう言うと、まこちゃんの食べかけのソーセージにかぶりついた。


「あ!!」


「ふむ。美味美味」


「聖子ったら」


 聖子とまこちゃんは…あたしが退学するまで、三人一緒にお弁当を食べていた。

 理科室で、曲のアレンジをしながらの日もあれば、他愛ない話題をする日も。

 それぞれのお弁当の中身をトレードしたり、食後は三人とも眠くなってお昼寝したり…

 バンドメンバーであり、友人。


 そんな聖子とまこちゃんは、アメリカ事務所の近くにある桜花の姉妹校に転校することになった。



「食い過ぎだろ」


 聖子のお皿を見た陸ちゃんが、目を細めて笑う。


「おかげさまで胃腸は元気で」


「大きくなるぞ?」


「180cm目指そうかな」


「やめとけ…」


 頭のいい陸ちゃんは、桜花の大学を辞めて向こうの大学を受け直し、スキップで二年以内に卒業する。と断言した。

 あたし同様…渡米に悩んでた風だったけど、決断してからの行動は早かった。

 …見習わなきゃ…



「聖子が180になると、知花一人チビッ子になるな」


 そう言って笑うセンは、渡米後は初めて会うお父様と一緒に暮らす事が決まっている。

 センを音楽の道に導いた人。

 浅井 晋さん。

 センには、どうしても夢を叶えたい理由があるみたいで…もしかしたら、今回の渡米を一番喜んだのはセンかもしれない。

 デビューが決まった日、みんなで祝杯をした時のセンの涙を思い出すと、千里への想いに渡米を止めたいと思った自分が恥ずかしい…



「それでなくても陸とセンが並んで知花を隠したりするんだから、聖子はそれぐらいにしとけよ」


 両手に瓶ビールを持った光史が現れて、みんなで苦笑いする。

 普段は寡黙なんだけど…光史は酔うと陽気になる。


 そんな光史は、仲良しの陸ちゃんがアメリカの大学を受けたというのに、『俺、もう勉強はいいや』って、大学を中退。

 まさにバンド一本。

 デビュー後、成功しなかったらどうするの?って問いかけに、『成功しないわけがない』って真顔で答えられて…心強かった。



「おっ、あっちにワインが出てるぜ」


「マジか。行こうぜ」


「光史…もう飲まない方が…」


 成人組の三人がワインに釣られて歩いて行くのを眺めながら、あたしと聖子とまこちゃんはお皿の料理を食べ進めた。



 …結局、しばらくは聖子の家にお世話になった。

 その間に…なかなか届かなかった離婚届に名前を書いて、千里に送った。

 千里のおじい様にも…謝罪の手紙を書いた。

 直接会って謝る勇気のないあたしを、許さないで下さい…と書いて。

 明日、とうとうアメリカに出発。と言う今朝。

 ポストに投函した。



『じゃあ、ここで。俺からSHE'S-HE'Sに一曲プレゼント』


 聞こえて来たのは、高原さんの声とアコースティックギター。

 会場のあちこちで黄色い悲鳴が上がる。

 …高原さんの歌、CD以外では初めてだ…


「前の方行こうよ」


 まこちゃんに促されて、あたしと聖子もそれに続く。


『未発表曲なんで、心して聴くように』


「珍しいなあ。伯父貴が歌うなんて」


 聖子が、あたしの肩にもたれ掛かって言った。


「珍しいの?」


「事務所持ってからは、CDは作ってもライヴしてないみたいよ」


 だからなのかな…

 会場に居る人、みんな目をキラキラさせて高原さんの方を見てる…


『えーと、コードは…』


「コードも覚えてないような曲プレゼントするのー?」


 瞳さんの明るい声の野次に、会場は大笑い。


『ああ、思いだした。じゃ、If it's love』



 タイトルコールの後、聴こえてきたのは…すごく心地いいアルペジオ。

 あたしは聖子ともたれ合ったまま聴き入る。


「……」


 高原さんの声…当たり前だけど、喋る時とは全然違う。

 そして…英語の歌詞だからか、見た目にもピッタリだし…むしろ日本語を喋ってる方が不思議な感じがしちゃう。


 ……って…


 そんな感想…じゃ、ない。


「いい曲持ってるのね…伯父貴ったら」


 サビになって、聖子がつぶやいた。


「…ほんと…」


 あたしは目を伏せる。


 とても…情熱的な歌詞に…簡単だけど素敵な曲…

 繰り返されるサビでは、あまりの感動で涙が浮かんでしまった。

 …If it love…

 愛を……魂を感じる歌…



 高原さんが歌い終わると、大きな拍手がわいて。


「どうして発表しないんですかー!?」


 そんな声が飛び交った。


 高原さんは上機嫌に手を振りながらステージを降りると、あたしたちのそばまで来て。


「期待してるぞ?」


 あたしと聖子、まこちゃんの頭を順にくしゃくしゃっと撫でた。


 親指を突き出して応える聖子と、満面の笑みのまこちゃん。

 あたしは…


「すごく…素敵な曲でした。ありがとうございました」


 そう言って、高原さんに深くお辞儀する。


「知花、口ずさんでたもんね」


「ん?」


「あ、いえ…あの、つい、サビの部分なんてハミングしちゃった」


「覚えやすい曲だろ」


「はい…とても」


 高原さんは優しい笑顔で、もう一度あたしの頭を撫でると。


「明日は遅れずに空港に行けよ」


 そう言って、社員さんたちに囲まれながら離れていった。



「高原さんの生歌、僕、まだドキドキしてる」


 まこちゃんが胸を抑えながら言った。


「…うん。いい歌だったね」


 あたしはステージに高原さんの残像を浮かべながら。

 その歌を…心の中で繰り返した。

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