14

「けっ…」


 最上階の会長室。

 目の前で、高原さんと朝霧さんが呆然とされた。


「報告が遅れまして」


 あたしの隣で千里がきっぱり。


「い…やー、驚いたな」


 前髪をかきあげながら、苦笑いの朝霧さん。


「でも知花が学生なんで」


「ああ、ああ、俺らとメンバーだけの秘密にしろよ。活動しにくいだろ」


 高原さんは投げやりにそう言うと。


「で、いつ、どうしてこうなったわけだ?」


 ソファーにふんぞりかえって…冷たい口調。


「ナッキー、そないぶっきらぼうに聞いたら二人も答えにくいやん。なあ?」


 朝霧さんが首を傾げながら言われて、あたしはうつむく。

 千里は高原さんの向かい側に座ると、真顔で。


「去年知り合って、結婚したいと感じて、知花の誕生日がきてすぐ入籍しました」


 言い切った。


「…知花の前で言いたかないが…おまえ、瞳と付き合ってなかったか?」


 あ…

 だから高原さん、こんなに…


「……付き合ってました」


「瞳は知ってんのか?」


「……」


 高原さんは大きな溜息を吐いて立ち上がると。


「おまえらの事、とやかく言うつもりはないが…千里、瞳との事はきちんとしてくれ」


 冷たく言われた。

 千里はそれに答えず、あたしの腕を取って立ち上がる。


「行くぞ」


「でも…」


 こんな状態のままで…いいの?

 あたしが千里と高原さん、両方を気にしてると…


「千里」


 高原さんの、冷たい声。

 朝霧さんが少しだけ困ったような顔をされてるのが、視界の隅っこに入った。


「…何ですか」


 高原さんは立ち上がると千里の前に立って。


「たいていの事には目をつむる。でも、瞳を不幸にする奴だけは許さない」


 低い声で言われた。

 千里は無言で高原さんを見てたけど。


「先に下りてメンバーに言っとけ」


 あたしの背中を押した。


「でも…」


「いいから」


「…分かった…」


 一人でエレベーターに乗り込む。

 ドアが閉まると、とてつもなく不安に駆られた。


 …大丈夫なのかな…

 あんな高原さん…初めて…



「あ、おはよ。知花、早いじゃない」


 ボンヤリしてると二階でドアが開いて、聖子が乗り込んで来た。

 うっかり八階を押してなかった事に今更気付く。


「聖子…」


「何。何かあったの?」


「千里が…」


「神さんが?」


「結婚してること、高原さんに…」


「言ったの?」


「言ったんだけど…何て言うか…」


 頭が、まわらない。

 そのせいで、上手く言葉が出て来ない。


「落ち着いて」


 あたしの様子を見た聖子は、背中に手を当ててゆっくりと擦ってくれた。


「どうして、言う事になったの?」


「…千里のおじい様が、偽装結婚を疑い始めて…」


「おじいさんが?」


 エレベーターが上がり始める。


「それで、高原さんと朝霧さんに…」


 言葉につまる。

 …さっきの高原さん…怖かった…

 仕方ないよね…

 瞳さんの事、千里…

 …あたし…



「知花?」


 聖子が、顔をのぞきこむ。

 あたしはキュッと唇を噛みしめた後、足元を見つめたまま言った。


「千里…瞳さんと付き合ってたの…」


「…え?」


「だから高原さんが怒っちゃって…」


 意を決したあたしの告白に、聖子は言葉を詰まらせた。

 そうしてるとエレベーターが八階について、あたし達はとりあえず通路を歩く。


「…メンバーにも、言えって言われたの…」


「…結婚してる事?」


「うん…」


「知花、神さんのこと…好き?」


 通路の途中で足を止めた聖子が、少しだけうつむきがちに言った。

 あたしは無言で聖子を見つめる。


「知花が神さんのこと本気なら…別に問題ないんじゃないかな…」


「……」


 聖子も瞳さんのことがショックなのか、いつもより声のトーンが低い。

 …そうだよね…

 聖子にとっては従姉妹…

 あたし、なんだってバカ正直に打ち明けちゃったんだろう…



「おーい、早く来いよー」


 ふいにセンがスタジオから顔をのぞかせた。


「今行くー」


 聖子が顔を上げてセンに答える。

 そして…


「言うの?」


 あたしの目を、真っ直ぐに見た。


「言わなきゃ…いけないんだけど…」


「……とりあえず、スタジオ入ろ」


 聖子に手を引かれながらスタジオに入る。

 言わなきゃ…って考えると、それだけでプレッシャー…。

 重い気持ちのままマイクをセットしてると…



「ちーはーなー」


 陸ちゃんが、あたしの頭を抱えてグリグリし始めた。


「やっ…何ー?」


「下であずまさんがベタボメしてたぜ?俺にも高い声が出たならば!!」


「あーあー、もう。うちの姫をそんな乱暴に扱わないでくれる?」


 陸ちゃんのふざけぶりに、聖子が笑う。

 でも、いつもの笑顔じゃない。

 あたしはー…


「知花」


 突然、背中に聞き慣れた声。

 みんなの視線が、あたしの後ろに集まった。


「…はい」


 ゆっくり振り返ると、千里がドアに寄り掛かったまま低い声で言った。


「言ったか?」


「……」


 答えずに首を横に振ると。


「やっぱりな」


 小さく溜息。


「知花が学生だし、いろいろあって公表できなかったんだけど、俺と知花、結婚してっから」


 千里がきっぱりそう言うと、みんなは黙ったままあたしと千里を見比べた。


「ただ今後の事もあるし、オフレコで頼む。じゃ」


 千里は言うだけ言うと、スタジオを出ていってしまった。


 え…っ?

 こんな状態で行っちゃうの?

 …って…

 あたしの事だものね。

 あたしが、言わなきゃだったのに…



「……」


 言葉が浮かばなくて黙ってると。


「…いつ?」


 センが口を開いた。


「去年…あたしの誕生日がきてすぐ…」


「……」


 今回は、聖子のフォローもない。

 あたしは…


「ま、いんじゃない?」


 そう言ってくれたのは…光史こうしだった。


「めでたいことだし学生だから言いにくいのも確かだし。いろいろ神さんにも都合はあるだろうし。それにしても、すごい人と結婚したもんだな」


 すると、まこちゃんがそれにつられたように。


「神さんって、怖くない?」


 心配そうな顔で言った。


「う…ん、たまに…」


 ずっとおもしろくなさそうな顔してた陸ちゃんが。


「じゃあさ、風呂上がりの神さんとか…寝てる神さんとか…見てるわけだ」


 って、ふてくされたように言って、みんな思わず黙ってしまう。


「おまえ、それって変だぜ?」


 センがつっこむと。


「俺は、ほんっっとに神さんが好きなんだよ。くっそー…やけるなあ…」


 陸ちゃんは本当に悔しそう。


 あたしはあえて何も答えずにいた。

 聖子の気持ちを考えると…


 瞳さんは、聖子自慢の従姉妹で、憧れの人で…瞳さんを裏切った形になってる、あたしと千里。

 聖子はあたしに「おめでとう」なんて言えないと思う。



「さ、練習しようぜ。あ、知花。例の詞は書いてんのか?」


 光史に指摘されて首を横に振る。


「まだ…」


「頑張れよ。いいパートナーがいるんだから、何でも吸収してさ」


 …千里のこと言ってるのかな。


 とりあえず、頷く。

 でも、気分は晴れない。


 晴れない気分のまま…

 あたしは歌い始めた。

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