14話 コーヒーとシスコン

 放課後の喫茶店。今日は、外も雨で、部活もなかったので、気晴らしに一人で来てみたのだが……その選択は間違えていた。

「いや、リア充が多すぎるだろう」

喫茶店とは、おしゃれな大人たちがおしゃれな会話でおしゃれに振る舞う、超絶おしゃれ空間とばかり思っていたが、この喫茶店にいたのは、中身のない話をする頭の悪いカップルや、競馬中継を聞くギャンブル中毒の老夫婦などで大賑わい……正直普通に帰ればよかった。

「あぁ……来なきゃよかった……」

「ありゃ?沼田先輩?どうしたんですか?頭を抱えて」

「ん……月夜野……いや、今は、hiyoriか……って!いやいや!おかしくない!?」

「ぬ……沼田先輩!シッ!声が大きいです!」

俺の口を押えた月夜野。いや今は、しっかりとメイクし、普段かけているメガネとは違い、薄いおしゃれメガネにベレー帽から少しはみ出すツインテールのカツラ。

学校での月夜野でなく、今は、アイドルhiyoriの姿であった。まあ、帽子にメガネで目立たないから、騒ぎにはなっていないが。

「……で、月夜野?どうしたんだよ、変装に変装を重ねて、なんかおかしく見えるぞ」

「いえ……撮影の合間の休憩で来たので、変装に変装を重ねてきたのですが……やっぱりおかしいですか?自分でも分かっていましたが……しょうがないです。いつスタッフさんが来るか分かりませんし……」

自分でもおかしいことはわかっていたのか少し恥ずかしそうに頬を掻く月夜野。

「あぁ……新曲だっけ?その撮影か?こんな雨の日にするなんて変わっているな。やはり、変わっているな、月夜野は」

「む……先輩お得意の嫌味ですか?知っていますか、今は、ビルの中にも撮影するための場所だってあるんですよ?目の前のビルです」

月夜野が指さす方には、大きなビルがあったが、何の変哲もないビルが多く、たいして目立っているわけでもない。

「はー、普通のビルの中にはそんなものまであるんだな。月夜野みたいな有名ポンコツアイドルが入るには、もったいない建物だな」

「うわ……久しぶりに会った可愛い後輩にその嫌味とは……流石沼田先輩です。そんなんじゃ、可愛い後輩にも愛想つかされますよ?」

「ほーん、可愛い後輩……そんなのがどこにいるのかね?ワトソン君」

確かに最近、物足りないと思ったら、連日の撮影で、学校を休んでいた月夜野と会っていなかったのだ。後輩いじりができなかったからか、ちょっとした冗談を言ってやるが、月夜野は、少し拗ねた様に頬を膨らませる。

「むぅう沼田先輩の意地悪……ここにいるじゃないですか、私が」

「あんまり褒めると月夜野また顔を赤くなるし、先輩の考慮だよ。それとも、褒めてほしいのか?なあ……日和?」

俺が、いつぞやの帰り道と同じように、格好をつけて月夜野の耳元で囁く。すると、月夜野は、面白いように今度は、顔を赤くし恥ずかしがる。本当に信号機みたいな、からかいがい後輩だ。

「やや……やめてくださいよ、なまえでよばないでくださぃ……」

「うん、月夜野は、からかっていて面白いな、本当に」

「私は面白くないです……沼田先輩の馬鹿。……せっかく会えたのに」

「はん、おバカアイドル()になんか言われたか無いね……ふむ」

ぼそっと言ったことは聞こえなかったが、こうやって月夜野と楽しく話しているとみどりと話した時のことを思い出した。

俺にとって、月夜野は、特別なんじゃないかと聞かれた。

やっぱりそんなことはなかった。

別にこうやって、月夜野と話すのは、つまらない訳ではないが、特に他の奴と話すときと大差は、ないのだから。

「まあ、いいですが……超絶美少女の私は、そんな些細なことでは、怒りませんので」

「それ言っていて恥ずかしくないのか月夜野?」

「一旦カツラをかぶれば恥ずかしさなんてほとんど感じませんよ?仕事ですから」

「その割に、名前で呼ばれて恥ずかしがっていたよな!今!」

「それは、別です!私は、月夜野日和の時だって、hiyoriの時だって、私は、女の子ですよ……全部の恥ずかしさを感じないわけじゃないんですからね」

少し恥ずかしそうに目を伏せる月夜野。この仕草を見てか、俺は、月夜野にドキッとしてしまったのだが、絶対に勘違いだ。久しぶりに見たアイドルとしてのhiyoriにドキッとしただけで月夜野にはドキッとしてない……はずだ。

「な……なんで、沼田先輩まで、顔を赤くしているのですか?」

「してない」

「ふうん……私にドキドキしましたか沼田先輩?しょうがないですぅふふ、最高に可愛いアイドルですもの」

「ち……ちがう……」

ニヤニヤと俺の顔を覗く月夜野だったが、俺は、なんだか、一本取られたような悔しさから、ドキドキを否定しようとして、月夜野の方を向くと思いのほか顔が近くて言葉が詰まってしまった。

「沼田セーンパイ……んふふ。ドキドキしていますか」

「……してないって」

「沼田先輩可愛い」

からかうつもりが、逆にからかわれていた……不覚であった。なんだか、普段喋っている月夜野とは、雰囲気も少し違っているからか少し調子が狂う。

「うるせい……月夜野も、いい加減、その甘ったるそうな飲み物でも飲めよ」

「甘ったるいって……いや、ショートケーキモカブレンドフラペチーノが甘いのは認めますが」

「なんじゃその、聞いただけで胃もたれしそうな飲み物……人の飲むものなのか?」

月夜野の甘ったるいコーヒーの匂いで俺のドキドキも収まってきたが、せっかく俺の飲んでいたコーヒーまで甘くなりそうだった。

「いや、ブラックコーヒーみたいな苦い飲み物を美味しそうに飲む方がおかしいです」

「喫茶店に来たくせして、コーヒー全否定とかおじさん悲しい……これだから、最近の若者は」

「沼田先輩だって、立派な若者ですよ……」

「まあ、そうなのだが」

「でも良かったです。沼田先輩が元気そうで」

突然、俺を見て安心する月夜野だったが、どういう会話の切り口なのか、流石に分からないが、月夜野は、安心しきった顔で甘い液体に口をつける。

「どうしてだよ?お前の前にいるのは、いつもニコニコな先輩だぞ?元気じゃない時があるか」

「いえいえ、先輩って、掴みどころがないじゃないですか?いつもどこかすかした顔でいるくせに今日に限っては、何か考えている様な顔で考えているので」

「別に?何もないが」

本当に何もない、最近の俺の人生は、本当に順風満帆であり、嫌なこと何って一切ない。唯一気になることがあるとするのなら、先日のみどりの態度くらいであるが、悩むことでもない。

「それならいいのですが、そうですね、それなら、私の悩みでも聞いてくれますか?沼田先輩」

「まあ、いいが、アイドルの闇についてなら聞かないぞ」

「いや、確かにアイドルとしての事ですが、前みたいな業界裏話ではなくてですね。単純に今度やる映画のオーディションに出るのですが、どうもひとりでやっても分からないので感想をくれると嬉しいのですが……」

手伝いを申し込まれたのだが、不思議の思ったことがあった。別に俺じゃなくてもその役は頼める相手がいるはずだった。

「老神先生に頼めよ……あの人なんて暇だろうに」

「あはは、おじさんは、なにを見せても返事が返ってこないので、全然ためにならないのですよ……なので沼田先輩!お願いします!手伝ってください!私の手料理も作りますから!ね……かわいい後輩のお願い聞いてください」

「ん……了解?いつどこでやる?」

悪戯に舌を出しお願いと手を合わせる月夜野。別に役に立たない叔父の代わりはいいのだが、このまま乗るのも面白くなかったが、ここでからかってもワンパターンなので素直に了承することにしたのだが、月夜野は、ポカンとしていた。

「はれ……珍しい。沼田先輩が素直にokしてくれるなんて……何か拾い食いでもしましたか?やはり少し変ですよ?」

……この後輩め、一体俺を何だと思っているのだろうか、小一時間ほど問いただしたいがそんなことをしていたら、月夜野の休憩も終わってしまうので、問いただすのはやめた。

「あのな……俺だって、ひねくれている訳じゃないんだからな?どうするんだ、どこでいつやるんだ?十秒以内に答えないなら、この話は、無かったことになるからな」

「わわ……やっぱり沼田先輩は、沼田先輩でした……その!来週の日曜日!お仕事がお休みなのでその時にお願いします!場所は、どちらかの家……というか、うちには、ウルサイ父がいるのでできれば沼田先輩のご自宅にお邪魔したいのですが!」

そう来たか……まあ、どうせ、ウチの休日も社畜の両親は、絶対休日出勤だろうし、紫を一人で留守番させる訳にもいかないので、ありがたいのだが……

「まあ、別にいいぞ?じゃあ、来週な」

「あの?頼んでおいて聞くのも悪いのですが、良いのですがご家族のご事情とか……」

「共働きの両親は、今、丁度デスマーチの最中だからな、それにうちには、小さい妹もいるからな、察してくれ」

「しゃ……社畜なのですね……」

そう、社畜は、辛い。休日なんて言う概念は存在しない。前も、紫の保護者参観の時、仕事で突然いけなくなった両親の代わりに、俺が学校をさぼって行ったこともあるからな……だからなのか、俺の将来の夢は、不労所得に気が付いたらなっていた。

「憐れむな!うちに来ればもれなく、ウチの天使、紫タンと御対面できるのだからな!見よ!この眩いほどの微笑みを!」

「うわぁ……かわいい。先輩がシスコンなんじゃないかとドン引きしかけましたが、この笑顔は、可愛いですね……会いたいです」

俺のケータイにある紫様フォルダから秘蔵の一枚を見せるとあまりの可愛さに、わが妹のご尊顔を見た月夜野の表情は、緩み切っていた。

「だろう!かわいいだろう!」

「超かわいいです!と……マネージャーからですね。すみません、準備が終わったみたいですのでスタジオに戻りますね」

ケータイを覗き、甘ったるい飲み物を飲み干した月夜野は、慌ただしく、机の上のコーヒーカップを片付けだした。

「そうか、じゃあ来週な」

俺が、手をあげ、別れの挨拶をすると席を立っていた月夜野は、俺に振り替えると満面の笑みで笑ってくれた。

「はい!楽しみにしていますね!沼田先輩!」

不意の笑顔にまた、ドキッとしてしまったが、どうせ勘違いだ。そう言い聞かせ、俺も、支度を済ませ、頭を冷やすように冷たく降る雨道を自宅に向かい帰って行った。

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