二話 いや、何部?何するん?

 翌日の部室前に俺は、たたずんでぼやいた。

「こ……ここで間違えはないんだよな」

「はい、間違えはないですが何か不安でもあるのですか?沼田先輩」

夕暮れの部室棟の角。月夜野に連れられて来た部室。俺は、てっきり文芸部とか、映画研究部みたいなインドア部活に入部するのかと思っていたのだがそんなものではなかった。

『全部』と荒々しく書かれた半紙が一枚ドアに張り付けられていた。

「いや、この部活はなんだ?書道部か?」

「……全部ですが。書道部ではないです」

「いや、俺が知りたいのは、名前ではなく活動内容なのだが……」

不思議そうに俺を見るのは、カツラを外し、瓶底メガネをかけた月夜野は、不思議そうに俺を見つめる。しかし、俺の質問を聞くと、月夜野は、俺の疑問に答えてくれる。

「あ、そうですね。略称だから分からないのですよね!ここは、『全力で自分のことを自分の為だけに頑張りたい部』通称、全部です!」

「で、なにを頑張るの?」

「……色々?」

怪しすぎる。ここは、本当に部活か!?部員が、説明できない部とか怪しすぎる。戦国峠は、確かに名門校で、部活も多いが、全て、内容自体は、明白だったが、全部は、一切わからない。

「月夜野、俺は、トイレ行く三年後までには、ここに戻ってくるから、部室で待っていて」

「あれ?先輩、ついさっき、お手洗い行ったじゃないですか?さっさと部室に行きましょう!」

俺は、逃げようとしたが月夜野は、許さない。俺の背中を押して部室に押し入れようとする。あまり抵抗すると、昨日の保健室での様に粘り強く説得されることは知っていたので、諦めた。

「うっ、なんじゃこりゃ!」

部室に入ると俺は、あまりにカオスな部室に気を失いそうになった。部室には、数多くのアニメグッズがあったり、ボードゲームがあったりと思ったら、ルームランナーがあったり、ファッション誌が置いてあったりと統一性がなく落ち着かない。

つまり部室の中を見ても何の部活をするか一切わからない。

「あはは、皆さん片付けは苦手みたいで。とりあえず座ってください」

部室には、まだ俺と月夜野しかいないが、月夜野はこの混沌とした部室の椅子と思われる物の上に置いてあったフィギュアを手で払い、座る場所を確保した。

「……で、結局、この部活は、なにをするんだ?」

「あーと、簡単にいえば、みんながみんな好きなことを好きかってやる部活です」

「自習部なんてやっていた俺が言うのもなんだが、なんだそれ?」

「そういわれると困っちゃいます……」

困ったように頭を掻く仕草をする月夜野は、現役のアイドルだけあって、瓶ぶち眼鏡でもかわいいのだがそんなことを考えていると、足音が近づいてくる。

「あ、先輩です!そうですね!先輩に部活の内容を聞いた方が早いですよ!なんたって私より一年長くいるのですから!」

「そりゃそうだろう……」

しかしこの意味の分からない部活に一年居る猛者だ。よっぽどの変人同級生か、先輩が来るのだろう……俺は、覚悟していた。

「はろはろー、のび太ちゃんは、相変わらず来るのが早いねー」

「のび太ちゃんって呼ばないでくださいよぉソフィア先輩!」

部室に入ってきた小柄な金髪ツインテール少女……見覚えがある……ソフィア・クラフト。俺のクラスにいる同級生にして天敵。

月夜野が自分のあだ名に文句をつけているうちに俺は、慌てて、その場にある机に顔をうずめ隠した。秘技寝ているから干渉しないでくれアピール。相手は気が付かない……こともなく。

「あれ?そこにいる人は、新入部員?」

「あ!この人は……って沼田先輩?なんで寝ているふりをするのですか?先輩の同級生のソフィア先輩ですよ?」

誤算だった。そう、一人なら干渉されないが、この場には、月夜野がいて俺をソフィアに紹介する。

「……?ヌマタ……?もしかして、エイジ?」

「ヒトチガイデス」

「嘘ね!なんでエイジがここにいるのよ!あんた、前の勝負まだついてないのよ!戦いなさい!今日は、チェスの決着を……」

「だから断ると!」

ソフィア・クラフト。在日アメリカ人の二世。こいつは、ある日、武者修行と言い、俺にチェスを挑んできたが、なぜか勝利してしまい、因縁をつけられ、ことあるごとにゲームを挑まれるのだが、生憎、手を抜く気は、無かったため勝負を受け、勝ち続けてしまっていた。

それから、面倒くさくなり、逃げまくっていた。

「はん、やっぱりエイジじゃない!あんた、自習部とかいう意味わからない部活に入っていたんじゃないの!」

「この部活の部員のソフィアにだけは言われたくないわ……このキラキラネーム女が……」

「殺すわよ!」

そして、売り言葉に買い言葉、正直こいつは苦手だ。

「月夜野、俺は、こんな咬ませ犬女がいる部活なんて入らないぞ!」

「……えっと、ソフィア先輩と沼田先輩の仲が悪いのはわかったのですが、私的には、沼田先輩がこの部に入ってくれないと困りまして……」

「のび太ちゃんが、この無気力屑勝ち逃げ糞男を誘ったの!?こいつは、やめなさい!本当に糞だから」

「い……いつになくソフィア先輩の口が悪い……」

お嬢様のような見た目から、放たれる汚い言葉は、一部のマニアには、恐らく大うけなのだが俺は、生憎、一部のマニアではない。

このアメリカでは、キラキラネームらしいソフィアという俺の天敵は、口が悪い、それゆえ、周りが良くドン引きするのだが、整った容姿によって補正がかかっているのか、そこまでクラスの評判は、悪くないためあんまり俺は好かない。

「月夜野、そう言う事だ。この負け犬女に口喧嘩で一勝を与えるのは心苦しいが、悪いな、ここらで、おさらばさせていただこう」

「あん!?誰が負け犬じゃボケェ!」

「お前じゃ負け犬そふぃあタン(笑)」

「せ……先輩達の因縁がものすごく気になります……あぅ、でもこれは、なんか凄く修羅場で困りました……ほかの先輩方は、まだ来ないのでしょうか……」

口喧嘩の応酬は月夜野の戸惑いだった。

「今日は、とにかく気分が悪いから帰る」

「ぬ……沼田先輩!?」

このままでは、月野に悪いので俺は、そう言い、部室を出ようと扉を開けて部室を出ようとすると遠くから、大きな声が聞こえて来た。

「あ……危ないよぉ!しょうねぇぇぇん!」

「え……?」

次の瞬間、俺は、大きな声の音源である人と衝突し、先日と同じ衝撃と感触に襲われた。

「いたた……ごめんね少年……あと、オッパイを鷲掴みしている手は、離してくれると嬉しいな。私的には、別に行けれど先輩的な倫理面ではまずいし」

「うわ……、沼田先輩は、よっぽど、女性の胸がすきなのですね……」

「変態」

様々な女性から、色々な痛い目線を浴びる俺、手の中には、大きなおっオッパイと、短いポニーテールの先輩。

「うむ……月夜野より大きいオッパイとは……めずらしい」

俺は、混乱のあまりとんでもないことを口走っていた。もちろん女性陣の反応は、それぞれだが、みんな目は、汚物を見るような視線で合った。オッパイを揉まれた当の本人以外は……

「そうかね?私的には、大きいと邪魔だよ。走ったりすると痛いからワザときつめのブラ付けないといけないし」

「……果歩先輩。とりあえず、どいた方がいいんじゃないですか?沼田先輩は、スケベですよ」

「あ!そうね!妊娠する前に退かないとねー」

「そ……そうじゃなくってですね……」

先輩と思わしき人物は、そう言うと立ち上がり制服についたほこりを払った。この際、先輩の下ネタは、スルーしておく。

「ごめんねー少年、えーと名前は?とっと聞く前に自分が名乗らないとね!私は、渋川井果歩、三年生。将来の夢は……お嫁さん?」

「沼田英二です。二年生の後輩で、将来の夢は、不労所得」

先輩……渋川井先輩は特に考えていなかったのか、てきとうなことを言っていた。マイペースなのだろうか俺のラッキースケベ(一日ぶり二回目)を一番当の本人が気にしていなかったのだった。

「いいねー、不労所得、私も将来の夢それにしよう。ありがとう少年、いい夢ができた!」

「し……渋川井先輩は、俺の夢を認めてくれるのですね!心が広い!そこのギャーギャー喧しい底辺系リア充女子とは、違う!」

凄い!俺は、初めて自分の夢を語って馬鹿にされなかった。昔から、俺は、不労所得を夢に語っており、旧自習部でこの夢を語った時、元部員、太田のガリメガネは、ドン引きし、細山のデブは、現実的でないと笑った。

この時、俺は、こいつらとは、友達になれないなと感じたのだが、今は、違う。

「先輩!」

「少年!」

俺と渋川井先輩は、お互いの両手をがっちりと握り合う。シンクロしていた。

「「目指そう!不労所得!」」

「……ソフィア先輩」

「聞かないで、頭が痛いから……変態と渋川井先輩がこんなに気が合うなんて、私だって想定外の事態よ……」

凡人には理解できなかろう。こうやって楽して稼ぐことを夢にした人って、こういう真面目な高校じゃそういないのだから。

だからこそ、家から近いだけで、この高校で選んだ俺にとって、渋川井先輩は、瞬間にして神に変わった。

「そういえば、少年は、全部への入部希望か?歓迎するぞ」

「はい!渋川井先輩一生ついて行きます!入部するかは、別問題ですが!」

俺は、絶対に渋川井先輩について行くと決めた。渋川井先輩の為なら火の中、水の中。忠誠を誓いそして、互いに強くさらに手を握ったのだが……

「エイジ……あんた、この部活は、私が居るから入らないとか言ってなかったかしら?」

どこかの、空気を読めない負け犬が、吠え面で喚いていた。

「今日は、帰ると言っただけだ。決して全部に入らないなんて言っては、いない」

「屁理屈よ!」

「屁理屈も言えないから、俺に思考ゲームで勝てないんだよ」

「なによ!逃げようとしたくせに!」

「あう……また先輩方が喧嘩しようと……」

月夜野には悪いが、これは、負けられない戦い。引くわけにはいかないのだ……

「安心しろ、のびちゃん。私が、何とかする」

渋川井先輩は、のびちゃん……月夜野は、恐らく瓶ぶち眼鏡というアイテムだけでどっかの有名アニメのポンコツっぽいあだ名で呼び、俺に近づく。

「少年!どうどう」

そして、動物をあやすように、俺の首元を撫でてくれる。その瞬間俺は、不思議と頭に上った血が下りて来た。

「きゃいん!きゃいん!」

「アンタにはプライドがないのかしら」

頭の血がおりすぎて、IQが、下がって行ったがそんなことは気にしない。今の俺には、渋川井先輩しか見えていないのだから。

「……あ、あはは」

月夜野のドン引きだって気にはしない、だって今の俺には……以下略。

「あーははは、修羅場だ!いいね!いいよ!」

と思っていたのだが特徴的な高い声、恐らく男性だろうが、どことなく気味が悪い。

気味の悪い声の主は、月夜野の伊達メガネとは違い本当の眼鏡をかけた、小太りを通り越して、ただの小汚いデブの先輩が笑いながら、窓を開け侵入してきた……ここ、部活棟の最上かいのはずなのだが……

「おお……先輩!相も変わらず気持ち悪いですね!」

「は?先輩?」

俺は、渋川井先輩が小汚いデブを先輩と呼んだ。年齢から言って渋川井先輩は、三年生のはず、つまり本来渋川井先輩の先輩は、卒業しているはずなのだが……

「そうであるぞ!沼田氏!僕は、この全部の部長四年目にして高校三年生!水上ゆびお!最高の同人作家にして、留年貴族である!」

「留年?この学校は、留年したら退学のはず、それになんで俺の名前を知っているのですか?」

そう、俺は、この先輩に会ったことなどないし、自己紹介もした覚えはない。さらに名門高校である戦国峠において、留年は、退学の為、留年生徒など一切見ないはずなのだが、この先輩は、留年しているという、存在が良く分からなかった。

しかし、この先輩は、意気揚々と聞いてもいない自分が足りを語る。

「ふふふ、この高校は、元来子供の能力開発をするために出来た機関。それゆえ学園内での倫理は、破綻し、投薬実験などの非人道的行為が繰り返されていたのだが、僕は、そんな学園に囚われる代わりに、その制度を廃止させ、普通の高校へと正常化させたのだ!故の名誉留年!悔いはないのである!」

「妄想乙糞デブ先輩」

ソフィアは、良く分からない中二設定をばっさり切り捨てるのだが、先輩は、頬を赤くし身もだえる。

「いいよソフィアタン!最高!もっといじめて!」

「うぐ……いつになってもこの先輩には、慣れないわ」

「ソフィアタン!抱いて!」

「消えろ!糞野郎!」

そして、ソフィアにとびかかる先輩だが飛びあがった瞬間、フケが舞い上がる。

さながら、フケをまくボンレスハムは着地前に渋川井先輩の正拳突きによってフケをまきながら登場した窓からギャグ漫画の様に吹き飛び、落下する。

地上から、悲鳴が聞こえるが、その悲鳴に交じって先輩の叫び声が聞こえる。

「流石、渋川井くーん!あいしているぞー!」

……俺は、あまりにカオスな展開に震えながら月夜野に聞いた。

「……月夜野、なんだ、この部活?」

「え?全部ですが?」

「いや、それは聞いた……で、結局この部活は、なにをする部活なんだ?」

困ったように、首をかしげる月夜野は、苦し紛れに一言だけ言った。

「こういう部活?です」

「いやだ!こういう部活には、入りたくない!」

「あー、先輩、良いから待って!」

結局俺は、その後、部室にほぼ強制的な入室を要求されたのであった。

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