少女猫心中

繭水ジジ

第1話 飼えません

「飼うことはできません」

 お母さんにそう言われて、わたしはビクッて背中が寂しくなりました。お母さんが丁寧にものを言うときは、たいてい怒っているときだからです。友達のお母さんたちと話しているときも、丁寧な言葉遣いをしているけれど、家に帰ってからその人の悪口を言っています。

 それとわたしは、「飼う」っていう言葉を言われていやになりました。

 みぃちゃんは猫みたいだけど猫っぽくないから、飼うんじゃなくて家族になってほしいと思ったからです。飼うって言葉をみぃちゃんが聞いたらきっと悲しくなると思うので、黙っていようと決めました。

「どうするの?」

 お母さんは意地悪です。

「うちで飼いたい」

「駄目です」

「家族にする」

「駄目です」


 なんど頼んでも、お母さんは意見を変えません。

 わたしは困りました。お母さんにみぃちゃんを見せたらきっと可愛く思って気に入ってくれると思ったけど、会わせたくなくなりました。連れてこなくてよかったと思いました。

「飼いたい」

「駄目です」

 やっぱりなんど言ってもわかってくれません。

 わたしはもう、言葉を失いました。


 お父さんならちゃんと聞いてくれると思って、スマートフォンを見ているお父さんのところに行きました。お母さんはパソコンを開き始めたので、やっぱりちゃんと聞いて考えてくれていなかったんだと思いました。

 だから、少しだけ安心しました。

 ちゃんと聞いていたら、みぃちゃんを駄目なんて言わないと思ったからです。冷静になれば考えが変わるかもしれません。それまでに、先にお父さんを説得しようと思いました。


「お母さんは猫アレルギーなんだ」

 スマートフォンをいじりながら、お父さんはつぶやきました。画面にはアニメの可愛い女の子がいるので、可愛い子が大好きなお父さんならみぃちゃんのことも好きだろうと思って、かきんをするみたいに気前よく「いいよ」って言ってくれると期待しました。

「猫が好きだもんね」

「うん」

「動物が好きなのかな?」

「うん!」

 みぃちゃんは特別だけど、ひとくくりにするならみんな好きです。でも歯がある生き物はこわいので好きではありません。

 そのままお父さんは黙っていたので、きっとどうやってお母さんを説得するのか考えているんだと思います。もしかしたら、みぃちゃんってどんな猫なんだろうと想像して楽しみにしているのかもしれません。

 お父さんはお母さんよりもいろんなことに詳しいので、いつもあまり喋らないけどこういうときは頼りになります。

 みぃちゃんを連れてきたら、お父さんにいちばん先に抱っこさせてあげようと思いました。


「こんど動物園に行こうか」

 動物園には行きたいけど、なぜか返事をすることができません。

 そんな話をしているんじゃないし、子供あつかいをして話をごまかしているみたいに聞こえました。

 それに本当は、動物園に行こうかって言われるよりも、一緒にどこかに行こうかって言われた方がうれしいので、なんかお父さんの言い方だと動物園に行くことが目的みたいなので、そんなに楽しそうには聞こえません。

「動物園はこんどね」

 ちょっと返事が大人すぎたかな、と思いました。

 お父さんは「そうか」と言ってスマートフォンをテーブルに置くと、ソファーの背もたれに腕を広げてわたしを座らせるみたいにぽんぽんと背もたれを叩きました。そういうことはお母さんにしてほしいです。


 わたしが横に座ると、お父さんは足を組んでこっちに体を向けました。

「気持ちはわかるけど、うちはペット禁止なんだよ」

「どういうこと?」

 わたしもお父さんの気持ちはわかります。でもみぃちゃんはペットじゃなくて家族になるんだから、なにが問題なのかわかりません。

「動物を可愛がったり、大切にするのはいいことだよ。でもね、飼う、っていうこととはちょっと違うんだ」

 いったいなにを言いたいのかわかりません。みぃちゃんは猫です。そこいらの動物とは違うっていうことはわかりました。

「僕は猫が好きだし、飼いたいとも思うんだけどね」

「じゃあ、連れてくる」

 もうらちが明かないので、先に話を進めることにしました。

 だいたい最後の「けどね」ってなんだよって思いました。


 上がりかまちまで行くと、暗くてくつがよく見えないことに気づきました。もう夜なのでみぃちゃんがひとりで寂しがっていないかとても心配で、わたしのお腹の上が苦しくなりました。後ろからどたどたと足音が追いかけてきます。

「待ちなさい!」

 わたしは待ちました。でもお母さんはなにもしてきません。待ちくたびたのでくつをはくことにすると、お母さんに肩をつかまれました。

「夜中にどこいくの。猫を連れてきても入れませんからね」

 わたしはくつをはく手をとめました。家に入れてもらえないのは困るけど、暗い外に出ていくのがこわくなったからです。それから家に入れてもらえなくなるのを考えて、もっとこわくなりました。

 わたしを呼びながらお父さんも来ました。

「中で座って、よく話し合おう」

 話し合いというのは、わたしの考えをあきらめさせることだとわかっています。だからいやではあるけど、もしかしたら逆にお父さんの考えをわたしが変えることができる希望もあります。それにお母さんが怒ってからもう十分くらい経つので、そろそろ冷静になったかもしれません。わたしはソファーに座りました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る