第46話

 学校帰り、俊が愛実の家のリビングダイニングでくつろいでいたとき、愛実のラインがなった。


「愛実、ライン」


 俊は、テーブルの上に置いてあった愛実のスマホを手に取り、二階の愛実に向かって大声で呼ぶ。


「誰? 梨香ちゃん? 」


 愛実は、私服に着替えて降りてくると、スマホを受け取った。


「愛実、買い物行ってくるからね。しばらく帰ってこないから、俊ちゃんごゆっくり」


 愛実の母親は、ニンマリ笑って俊をつつくと、愛実の振り上げた手から逃げるように、小走りで玄関へ向かった。


「全く、母親のくせに! 」


 愛実はラインを開き、俊はそんな愛実を後ろから抱き締めるようにしてスマホを覗く。


「譲君だね。……って、泰葉、バイト来たんだ?! 」


 譲のラインは、泰葉がバイトに来て、今までの彼女からは想像できないくらい、キビキビと仕事をしているというものだった。


「あいつ、バイト中にラインはまずいだろ」


 俊は呆れたように言うと、愛実からスマホを奪ってうち始めた。


「こら、勝手に! 」

「仕事しろってうっただけだよ」


 すぐにラインが返ってくる。


 譲:俊君と一緒なんだ。襲われないように気をつけてね。


 俊がうったって、バレバレだった。いや、ばれるはずだ。

 仕事しやがれ、この野郎!ってうってるし。


 愛実:教えてくれてありがとう。バイト頑張ってね。


 愛実はラインを送りなおし、スマホをテーブルに置いた。


「もう! ダメでしょ」

「愛実もダメ! 俺意外の男とラインしたら。これはお仕置きだな」


 俊は、愛実をお嫁さん抱っこすると、そのままソファーに下ろした。

 お仕置き……というには、優しいキス。自然と目を閉じる愛実の髪を撫でながら、俊は何度も唇を合わせる。

 一回一回のキスの時間が長くなり、俊は軽く愛実の唇を吸った。愛実の頭の芯が熱くなり、恥ずかしさよりも幸福感に満たされる。

 最初は試すように、しだいに大胆に、俊は愛実の舌に自分の舌を絡めた。思わず愛実の口から吐息がもれる。


「……ウン」


 もう、何が何だかわからない。

 今まで知らなかった感覚が、愛実の全身に広がる。


「……イヤじゃない? 」


 愛実は、目をギュッと閉じ、ただ俊の首に手を回した。

 俊は、音をたてて軽くキスする。


「ホント、ヤバイくらい可愛いな。……二階行かない? ダメ?」


 二階! つまり、そういうこと?


 目を開けて俊を見ると、微かに蒸気した頬に潤んだ瞳、たまらなく色っぽい俊が間近にいた。

 あまりの色っぽさに、思わずうなづきかけたその瞬間、ドアチャイムが鳴った。


「……だ、誰がきたね」

「無視して」


 起き上がってインターフォンのほうに向かおうとした愛実を引き戻すと、俊は愛実の唇を激しく吸う。

 その間も、チャイムは何回も鳴った。


「ストップ! 」


 愛実は、精神力をフル稼働させて、なんとか俊の唇から逃れる。


「出ないとダメだから」


 俊を押しやって、なんとか立ち上がると、インターフォンのところへ歩いて行った。


 危険過ぎる!

 意識が飛びそうになったし。

 っていうか、勢いでうなづいてしまうところだった!


 今さらながら、心臓がバクバクしてくる。さっきは無我夢中過ぎて、恥ずかしさなんてのはどっかにいっちゃってたけど、身体の熱が覚めてくるほど、頭はプチパニックになる。

 インターフォンを覗くと、そこには沢井夫婦が立っていた。


「俊君、ちょっと……」


 俊もやってきてインターフォンを見る。


「沢井さん……だな。出るよ? 」


 愛実は、俊のシャツの袖をつかみうなづいた。


「はい? 」

『あの、沢井ですが、お話しよろしいでしょうか? 今日は謝罪に参りました』


 泰葉父が頭を下げながら言う。


「どうする? 」


 泰葉父の後ろで、うなだれている泰葉母は、この間のような狂気は感じなかった。


「ドア開けるよ」


 愛実は玄関へ向かう。俊もその後に続き、鍵は俊が開けた。


「あの、今、母親は買い物へ出ていないんですが」


 泰葉父は、玄関先で持ってきたお菓子の包みを愛実に渡すと、深々と頭を下げた。


「こんな物失礼かとも思ったんですが、どうぞお納め下さい。この度は、妻ばかりでなく娘まで、本当に申し訳ないことを致しました」


 泰葉父は、確かそれなりに大手の企業の重役だったはずだ。それが、高校生相手に頭を下げているのだ。

 見ていてせつなくなる。


「止めてください。気にしてませんから。大丈夫ですから」


 泰葉父は頭を上げる。


「私と和葉は、年が離れた夫婦でして、泰葉は私が年いってからできた子供だったので、甘やかし過ぎました。全て、私の責任です。和葉と泰葉のしたことは、本当に謝罪の言葉も見つからないほどです」


 泰葉母はどこまで話したのか?

 愛実が泰葉母を見ると、泰葉母は力なくうつむいたままだった。


「あの、本当に気になさらないでください。あ、ママ! 」


 そこへ愛実の母親が帰ってきた。


「玄関先で何してるの? 」

「ママ、これいただいて、謝りにこられたって」

「あらま、ここの和菓子大好き。自分じゃ買えないのよね、お高いから」

「ママ! 」


 愛実の母親は、あっけらかんとした感じに笑うと、泰葉母の肩を叩いた。


「あと二年と少し、同じ学校ですものね。よろしくお願いいたします。まあまあ、こんなとこで立ち話しもなんですから、お上がりになれば? 」

「いえ、今日は謝罪に寄らせていただいただけですので、これで失礼させていただきます」


 今度は二人で頭を下げると、そのまま帰っていった。


「あの奥さん、あんなダンディな旦那様がいるのにねぇ」

「ママ! 」

「はいはい、このことは誰にも言いませんよ」


 愛実は、母親にも口止めしていた。どこから噂が広まるかわからなかったから。


「今日の夕飯は酢豚よ。俊ちゃん、食べていきなさいな」

「いいんですか? 」

「ええ、スーパーで美希子さんに会ったから、うちで夕飯食べさせて帰しますって言っちゃったし。できたら呼ぶからね」


 愛実母は、買い物袋と一緒に泰葉父からもらったお菓子の包みを持つと、鼻歌を歌いながらキッチンへ歩いていった。


「二階で宿題でもしよっか? 」


 愛実と俊は、階段を上がって愛実の部屋に入った。


「愛実、さっきの続き……」


 俊が抱きついてこようとして、愛実は俊の両頬を引っ張る。


「宿題! しましょうね? 」

「ひ……ひどい」


 愛実の母親も帰ってきてたし、俊も本気ではなかったんだろうが、沢井夫妻に対して悪態をつきながらも、素直にテーブルに向かう。

 愛実は、そんな俊の隣りで宿題を広げると、俊の頬にチュッと音をたててキスをした。

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