第9話

「愛実! 俊ちゃんと美少女がうちにきたわよ! 」


 母親が、なにやら慌てて愛実の部屋にやってきた。


「美少女? ああ、梨香ちゃんでしょ。俊君の従姉妹よ。今日から登校するって言ってたから」


 愛実は、制服に着替えながら母親に言う。


「従姉妹……。まあ、やっぱり美形な家系なのね。てっきり、愛実を捨てて新しい彼女を作ったのかって……」

「バカなの? そんなことで騒がないでよ」

「あんた、親に向かってバカはないでしょ。だって、俊ちゃんみたいなイケメンが、あんたを選んだこと自体が気の迷いみたいなもんだし、俊ちゃんが正気に戻ったのかって思ったんですもの」

「母親のくせに……」


 わからなくはないが、失礼なことを言う愛実の母親だった。


 このさい、フリなんだとばらそうか?


「愛実ちゃん、私もきちゃった。一緒に学校行こう」

「うん、お待た……せ」


 玄関に出ると、梨香と俊が待っていたのだが……。

 俊の髪の毛が!


「ど……どうしたの?! 顔でてるけど……」


 俊は髪をバッサリ切っていて、イケメンぶり全開だった。

 なんか、俊と梨香が並ぶと神々しいというか、異次元の生き物みたいだ。


「まあ、もう愛実との関係も定着してるし、いいかな? って」


 こうしてスッキリした俊を見ていると、彼女がいるいないは関係ないんじゃないかって思えてくる。


 いようがいまいが、絶対騒がれる!

 そんな俊君の彼女役をしないといけないって、かなり荷が重いんですけど……。


 そこで、ふと思った。


 こんなイケメンが従兄弟の梨香ちゃんは、もしかしたら女子に受け入れられるんじゃないだろうか? 梨香ちゃんと仲良くしたら、俊君とも近づきやすくなる。そうしたら、梨香ちゃんをイジメる女子はいなくなるかもしれない。


 中学時代、梨香をイジメていた泰葉は、超がつくミーハーだ。男子の前と女子の前では態度が違うし、特にカッコいい子の前では、ナメクジかってくらいぐにゃんぐにゃんになる。

 俊が梨香の従兄弟と知れば、確実に仲良くしてこようとするはずだ。


「俊君、それいけるかも。梨香ちゃんのクラスまでついていって、従兄弟アピールしなさいな」

「まあ、送ってはいくけど」

「その無駄にカッコいいのを、梨香ちゃんのために使うのよ! 」

「無駄に……って」


 俊は、ショックを受けたようによろける。


「愛実ちゃんもついてきてくれる? 」

「もちろん行くわよ。本鈴ギリギリまでいるよ。で、何組になったの? 」

「八組」


 八組なら、泰葉とは違うけど、泰葉の取り巻きが数人いたはずだ。でも、愛実の友達も二人いる。


「八組なら、同中の田中聡美と松田和希がいるよ。中三のとき同じクラスで仲良かったの。知ってる? 」

「わからないかも。同じクラスになったことないと思う」

「いい子達だから大丈夫だよ」


 梨香は、少し安心したように微笑んだ。

 三人で並んで登校したのだが、愛実達……いや梨香と俊が通った後の通学路は、ざわつきというより奇声が飛び交っていた。

 一瞬にして、学校中に俊と梨香の噂が広がった。

 数十人が梨香と俊の後をついて歩く。何年何組なのか、どこのだれなのか、それを知るためだろう。


「愛実ー! 」


 クラスメイトの麻衣が走ってきて愛実の横に並んだ。


「おはよう」

「おはよう! ねえ愛実、彼ら誰? 誰なの? 」

「俊君、斉藤俊だよ。女の子は俊君の従姉妹の梨香ちゃん。一年八組に編入するの」


 みな、耳がダンボになって聞いている。

 俊と梨香の名前が伝言ゲームみたいに伝わっていった。


「斉藤君?! 」

「ああ、おはよう、安達さん」

「斉藤君……だ」


 麻衣は俊の声を聞いて、俊だと理解はしたみたいだが、今までの俊のイメージと今の俊が結び付かないようで、かなり戸惑っていた。


「こいつ、俺の従姉妹の梨香。少し身体が弱くてさ、入院したりなんかで、この時期に編入になっちゃったんだ。仲良くしてやってくれな」

「そりゃもちろん。……にしても斉藤君、化けたね。すっごいイケメンじゃんか。愛実は知ってたんだよね? 斉藤君の素顔」

「まあ、そりゃ……ね」

「学校中、大騒ぎになるよ! 」


 確かに麻衣の言った通り、学校につくときには、すでに二人のことは広まっていて、一年八組の前は人だかりができていた。

 その中には、梨香をイジメていた泰葉の姿もあった。

 八組の教室の入り口で、愛実は聡美と和希に手を振った。


「聡美、和希、久しぶり! 」

「愛実、おはよう。なによ、高校に入って、すぐに彼氏作ったって聞いたぞ。この裏切り者! 」

「そうよ。報告もなしで。……というか、この美男美女は? 女の子のほうは同中の斉藤さんだよね? 」

「そう。梨香ちゃん。八組に編入するからよろしくね。こっちの男子は、梨香ちゃんの従兄弟の斉藤俊君。梨香ちゃんのこと心配してついてきたの。梨香ちゃん、聡美と和希ね。いい子達だから」

「よろしくお願いします」


 梨香が俊の後ろから頭を下げる。

 人見知りする姿も可愛らしい。


「美少女ウェルカムよ。中学のときも可愛かったけど、また一段と可愛くなったね。男子達の魔の手から、ちゃんと守ってあげるからね」


 和希がニカッと笑いながら言うと、クラスの男子からブーイングがおこる。


「梨香ちゃんじゃない? 」


 廊下から、甘ったるい声が響き、見ると泰葉が満面の笑みを浮かべて近寄ってきた。梨香は顔を強ばらせ、俊の袖をつかむ。


「あたしぃ、梨香ちゃんとぉ、同中のぉ、沢井泰葉ですぅ。梨香ちゃんにぃ、こんなステキな従兄弟君がいるなんてぇ、全然知らなかったですぅ。一年六組ですぅ」


 秘技、クネクネ!


 上目遣いで、自分が可愛く見える角度に顎を引き、アヒル口を作る。美人寄りの顔をしているが、八割は化粧のおかげである。

 泰葉のねちっこい喋り方と、計算され尽くした笑顔に、騙されるバカな男も少なくはない。男子から見たら、女の子っぽくて可愛いと思うらしいが、これが地の女子がいたら、まじで気持ちが悪い。


 俊を見ると、ヤンワリと微笑み、泰葉を拒絶しているようには見えない。俊もバカな男ということだろうか?


 梨香ちゃんをイジメていた張本人って、知っているはずなんだけど……。


 愛実の非難めいた視線を受けつつ、俊は泰葉に挨拶する。


「どうも。梨香の従兄弟の俊です」

「いやぁん、俊君てば声もステキなのね」


 泰葉の視線が俊をロックオンしている。


「俊君はどこ中なの? 近くの中学でぇ、俊君くらいカッコよかったらぁ、噂になってたはずだけどなぁ」


 なんか、泰葉の話し方を聞いていると、俊のとは違う意味で背中がゾワゾワする。

 泰葉は俊に任せて、梨香と聡美達と教室の中に入った。

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