第4話

 次の日、愛実と俊のカップル説が流れていた。

 男子は、そうなんだ?くらいだったが、女子はかなり興味津々で、昼休みになると、愛実の回りに女子の輪ができた。

 地味メンの俊( 実は地味とは程遠いんだけど )と、やはりごく普通の女子の愛実が、どういう経緯で付き合うことになったか、不思議がられたみたいだ。


「いや、付き合ってないし! 」

「またまたー、じゃあなんで一緒に帰るのよ。夕方、一緒にバス乗ってたって、部活帰りの子が見てるし。どっか一緒に行ったんでしょ? デートなんじゃないの? 」

「それは、ちょっと用事があったから」


 愛実は、梨香の入院を話していいのかわからず、詳しく話せないもどかしさを感じていた。

 同中の子も多いし、もし梨香がこの高校にくるとしたら、話したくないことかもしれないから。


「愛実、ちょっと」


 俊が声をかけてきて、回りにいた女子がキャーと叫ぶ。


「やっぱ付き合ってるんじゃん!ってか、斉藤君、いい声してるんだね」


 肩やら腕を叩かれる。

 愛実は、ポカーンとして俊を見上げた。


「ちょっと借りる」


 俊が愛実の腕を引っ張って、教室から出て行く。


「ちょ、ちょ、ちょっと待て! 」


 なんだっていきなり名前呼びなのよ!

 噂を増長してどうする?


 愛実は、文句を言おうと足を止めた。


「なんだって、いきなり名前なんかで呼ぶのよ! 」

「ダメ? 」


 耳元で甘く囁く俊に一瞬クラッときつつも、愛実は俊を一歩遠くへ押しやって、眉をひそめた。


「勘違いされてるのよ? 私と斉藤君が付き合ってるって」

「いいんじゃない? 」

「はい? 」


 なにを言い出すんだか、この男は?


 愛実は、俊の顔をじっと見る。目が見えないから、表情がわからない。


「いやさ、いつ顔がばれるかわからないし、彼女がいることになってれば、追いかけ回されることもないかなって。彼女役をやってくれると、非常に助かる。というか、お願いします」


 どんだけ女子がトラウマなんだか……。


 トラウマっていえば、愛実はイケメンがトラウマだから、気持ちはわからなくはない。

 少し可哀想な気もしてきて、愛実はため息をついた。


「高校生になったし、ふりじゃなくて本物の彼氏がほしいんですけど。彼氏がいることになってたら、出会いが減るじゃないの! 」

「なら、本当に付き合ってみる?

 」


 俊が一歩近寄ってきて囁く。

 愛実は、一歩下がって俊を見上げた。


「はあ? 冗談はおいといて、もし私に好きな人ができたら? 」


 愛実は、全く信じていなかった。


「冗談じゃないんだけど……、そりゃ愛実に好きな人ができたときは、全力で応援するよ。うん、恋人役も解消するし」

「……しょうがないな。私に好きな人ができるまでだからね。ただし、私に顔をあまり見せないこと。それが条件かな」


 イケメンがトラウマだから、なるべく俊の顔は見たくなかったのだ。イケメンの彼女役だなんて、正直気が重い。

 愛実は、ため息まじりに恋人役を承諾する。


「顔? ……まあ、なるべく努力するよ。じゃあ、愛実って呼んでいい? 俺のことも名前で呼んで」


 愛実はうなずいた。


「話しはそれだけ?」

「あとさ、ちょっと聞きたかったんだけど……」


 俊は、一瞬躊躇ったように口ごもった。


「なに? 」

「梨香……、中学のときイジメられてた? 」

「ああ……、うん……、かもしれない。私もクラス違ったし、ほとんど交流なかったからよくはわからないけど」

「イジメてた奴、北高にきてるわけ? 」

「それ知ってどうするの? 」

「いや、もし梨香が北高にきたらって思ってさ」


 北高はマンモス高校だから、イジメてた子と同じクラスになる確率は低いかもしれないが、梨香がまた高校でもイジメられないとも限らない。俊の心配は理解できた。

 言いつけるようで嫌だったが、もし愛実が言わなくても、誰か同じ中学の子から聞くだろうし、愛実は躊躇いながらも答えた。


「たぶん、六組の沢井泰葉。あとはその取り巻き。少し派手なグループの子達よ」

「そっか、ありがとう。六組沢井な。ちょっと見てくる」

「見てくるって……」


 俊は手を振り、廊下を小走りに行ってしまった。


 一組から五組が北校舎、六組から十組が南校舎に分かれていたので、校舎が違うと接点はあまりなかった。

 一応、前者が理数系、後者が文系に分かれており、入試試験のできで振り分けられているらしい。実際に理数系に行くか文系に行くかは、高二に上がるときに決まるが、だいたいはこのままあがるみたいだから、理数系と文系では同じ高校を卒業しても、見たこともない……ということもあり得るみたいだ。


 さて、偽物のカップルになっちゃったけど、教室に戻るのが億劫だなあ……。


 クラスメイトに根掘り葉掘り聞かれるだろうし、それになんて答えたらいいかもわからない。

 愛実は、屋上で昼休みを潰すことにした。


 梨香ちゃんにラインでもうとう。


 愛実は、ポケットにスマホが入っているのを確認すると、屋上へ上がる階段を上り始めた。


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