裏切り者と呼ばれた将軍「魏延」

久保カズヤ@試験に出る三国志

第1話

 扉を開くと、身を焦がす様な熱風に襲われた。

 あぁ、これが、英雄。

 青年の頃から憧れ続けたその人が、今、自分の目の前に座っていた。


「そう固くならずとも良い、楽にせよ、魏延」


 名を呼ばれて、体の芯が燃えるように熱くなった。

 これが、戦に生き、戦で大きくなった、一代の巨人の放つ覇気。


 劉備。三分された広い中華のうちのその一つ、益州の地を手中に収めた英雄の名である。

 例え万の敵に向かい合っても恐れはしない魏延の拳だが、今はじっとりと汗に濡れている。

 小さな一室。身に着ける軽い武具と、一対の剣だけが置かれている、殺風景な部屋であった。


「この度は、ただの部隊長に過ぎなかった自分を、牙門将軍にまで引き上げていただき、大変感謝しております」

「むしろその武芸の腕をもってして、今まで部隊長ごときに任じていた我の不明を恥じるばかりよ。この益州の地を手に入れる為の数々の戦、お主の武功は豪傑を誇る将軍達にも比肩する程であった。だが、魏延よ、この牙門将ですらお前には狭苦しいであろうな」


 仮にも一国の主であるが、その人間性に堅苦しい所は全く無い。まるで血の繋がった兄の様に、非常に砕けた表情で笑っていた。兄と呼ぶには、歳は離れすぎているのだが、それでも魏延はそのように感じた。

 劉備は言葉を続ける。


「今まで久しく忘れていたのだ、血の滾る様な鮮やかな戦というのを。魏延よ、お主を見て、それを思い出した。敵を斬り倒し、ただひたすら前にだけ進む、そんな遮二無二な戦ぶり。まるで若き頃の義弟、関羽を彷彿とさせた」

「それは、あまりに勿体なきお言葉……関羽将軍に比するなど、ただただ恥じ入るばかりに御座います」

「はははっ!それだ、そうやって心では当然だと思っているくせに、礼を尽くして謙遜する姿なぞ、まさに関雲長そのものだ!」


 大口を開けて笑い、頭を下げる魏延の体を無理やり起こさせた。

 まるで子供の様な人だ。それなのに、常に周りを圧倒する様な覇気を出す。魏延も苦笑いを浮かべるしかなかった。


 別に当然だとも思っていないし、本当に劉備軍一の名将である関羽と比べられて委縮する気持ちもある。ただ、確かに、自分の腕にも相当の自信はあった。その気持ちに嘘はない。


「どうだ、戦は、楽しいか?」

「楽しいと、感じたことはございません。ただ、男として生まれた以上、戦場で強くあらねばならないと思っております。天下一の猛将こそが、私の目指す道です」

「ほぅ……我ら蜀軍は、これより『漢中』を獲る。天下へ進軍する為の、起点となる最も重要な地だ。魏延よ、漢中を獲った暁に、お前にここの守備を任せると言ったら、如何にする」


「曹操が天下の兵を挙げて攻め寄せてくるならこれを防ぎ、その配下の将が十万の兵で攻め寄せてくるなら、これを併呑してご覧に入れましょう。全ての戦において先鋒として臨み、天下への道を我が武勇で切り開いて見せまする」


 まるで子供の様に目の輝きを弾ませ、劉備は魏延の手を取り何度も上下に揺さぶった。

「いいぞ、良いぞ!その意気や良し!その武勇をもって、この儂を存分に楽しませてくれ!!」


 これが、後に「蜀漢」の皇帝となる劉玄徳と交わした、最初の会話であった。

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